第十六話「セカイ」(脚本)
〇黒背景
一方。
矢が飛び込んできたのとほぼ同じ瞬間に、雅は教室のドアを開いていた。
〇教室
鈴原雅「逸見!」
何かが飛び込んでくる風切り音。そして、思いきり人が倒れる音。
そして、絶叫。
逸見真友「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
逸見真友が椅子から転げ落ち、床をのたうちまわっている。
顔を抑えて痛い、痛いと繰り返しているあたり、どうやら矢が顔をかすめたようだった。
矢の本体は近くの机に刺さっているし、出血量からして直撃したわけではなさそうである。
だが、まだ安心はできない。
緒方五月が二発目を打ちこんでくる可能性は大いにあるし、ここには辻本先生もいる。
辻本先生が死にもの狂いで真友を殺しにかかってきたら、皆と協力して何が何でも止めなければいけないと雅は思っていた。
確かに逸見真友がやったことは許せない。でも。
鈴原雅(先生や緒方さんを、人殺しにするわけにはいかない・・・・・・!)
鈴原雅「先生、やめさせて!」
辻本先生「!!」
教卓のあたりにいる先生に、雅は声をかけさせた。
鈴原雅「確かに・・・・・・確かに逸見さんがやったことは僕だって許せないよ」
鈴原雅「学校で堂々と戦うこともしないで、嫌いな人をSNSでこっそり攻撃して!」
鈴原雅「そんなの絶対間違ってるって思う・・・・・・でも!だからって先生が、生徒に人を殺させていいの?」
辻本先生「な、何の話?先生は・・・・・・」
鈴原雅「そうやってしらばっくれるなら。窓の外にいる子が、一人で全部やったってことになるけど、先生はそれでいいのか!」
辻本先生「――!」
辻本先生の顔が、悔しげに歪む。外から二発目が飛んでこないばかりか、何やら争う声がする。
〇木の上
「み、見て!木の上で緒方さんが・・・・・・」
「あれ、田無じゃね!?何やってんの」
「ちょ、今持ってたのボーガン!?」
「なんで緒方さんが・・・・・・」
既に、窓の外の状況に他の生徒達も気づき始めていた。
緒方五月が捕まれば、全てが明るみに出る。そして、彼女は明確に言い逃れできる状況ではない。
此処まで来れば、辻本先生も観念するしかないようだった。
〇教室
辻本先生「・・・・・・最後の一撃が、放たれないならそれはそれでと思っていたのよ」
彼女は静かな声で告げる。
顔を抑えて呆然とする真友と、その真友の傷にハンカチを当てている彼女の友人たち。その姿を冷たい目で見下ろしながら。
辻本先生「いじめをやる人間にだって教育を受ける権利がある?冗談じゃないわ。じゃあ、いじめられる子の教育の権利は何処へ行けばいいの」
辻本先生「どうせ、いじめに走って人を傷つけて、罪悪感も抱かない子なんてまともな大人にならないのよ」
辻本先生「だったら、思い知らせてやった方がいいわ。・・・・・・お前達がやっていることは、殺されても文句が言えないってこと」
辻本先生「痛みと恐怖を与えられない限り、実感することなんてないでしょうから」
逸見真友「うっ・・・・・・」
真友は真っ青な顔になって、辻本と窓を交互に見る。
きっと彼女は考えたこともなかったのだろう。自分がしたことが、そこまで誰かに恨まれる行為だなんてこと。
己が正しいと、盲信してきたなら尚更に。
辻本先生「子供も子供だけど、大人もクズだわ。どいつもこいつも、いじめ問題が露呈することを恐れるばかり」
辻本先生「被害者側の口を封じてなかったことにしようとするだけ!」
辻本先生「・・・・・・私も定年まで残り少ないわ。そんなくだらない教育を変えてやろうと思って教師になったけど、現実は残酷だった」
辻本先生「夢を諦めようかと思ったその時、緒方さんが苛められている事実を知ったの」
鈴原雅「それで、緒方さんをたきつけて復讐しようと?」
辻本先生「ええ、あの子を利用したわ。卑怯者と罵りたければそれでいい、あの子は利用されただけだもの」
辻本先生「でも、私が導かなければあの子はもっと浅はかな復讐をしようとして、失敗して、可哀相な結果になっていたはずよ」
それは、事実なのかもしれない。元々五月は復讐するつもりで、辻本先生に相談したのかもしれなかった。でも。
鈴原雅「いじめがあるってことを、学校に訴えるためだとしても。クラスからいじめっ子を排除して、本当の平和を齎す為なんだとしても」
雅は一歩前に進み出る。
鈴原雅「でも、それでも人殺しは駄目なんだ、本当の意味で何一つ終わらなくなっちゃう!」
鈴原雅「僕も・・・・・・僕も前にいじめられてたからわかるよ。いじめっ子どもをぶっ殺したいって何度も思ったから!」
鈴原雅「でも・・・・・・僕にとってはクソでしかないいじめっ子だって、誰かにとっては大切な人間なんだ」
辻本先生「だから、価値ある命だとでも言うの?」
鈴原雅「違う。・・・・・・価値があるかどうかなんて僕にはわからない」
鈴原雅「でも、誰かにとって価値があるってことはつまり・・・・・・復讐したら、復讐し返される覚悟をしなくちゃいけないんだ」
鈴原雅「自分や家族が誰かに同じ目に遭わされても平気なんて、それでもいいから復讐するなんて!」
鈴原雅「そんな悲しい覚悟、僕は辻本先生にも緒方さんにも持ってほしくないよ!!」
辻本先生の目が、動揺したように見開かれる。そうこうしているうちに、窓の外では動きがあったようだった。
ボーガン落ちた!と生徒の一人が叫ぶ。木の上で、智と五月が激しくもみ合っている様子だった。
〇木の上
田無智「生きてる価値とか、そんな難しいこと俺にはわかんねーよ!」
智の声は大きい。だからこそ、その言葉は教室にも――多分他のクラスにも響いただろう。
田無智「でもな。それでも一個だけわかってることがあるんだ」
田無智「マジでお前が逸見のこと、生きてる価値がねえゴミ野郎だって思うなら・・・・・・」
田無智「そのゴミ野郎のために、お前が人生棒に振るのは矛盾してるだろ!」
緒方五月「――っ!」
田無智「小学生だろうとなんだろうと、人を殺したら一生人を殺したってレッテルが付きまとうんだぞ。お前それでいいのかよ!」
田無智「家族もみんなも巻き込むんだぞ!そりゃ、お前が自殺するよりマシな選択かもしんねーけど・・・・・・それでもだ!」
ああ、と雅は思う。きっと、智は気づいていないんだろう。
その実、過去いじめられていて地獄の底にいた雅を救ってくれた一人が、智であったことなど。
本人はただ、自分が思った通りのことをしただけ。心のまま、馬鹿正直にいじめっ子に、雅に向かっていってくれただけなのだろう。
それが特別なことなんて、ちっとも思っちゃいないのだ。それが、田無智という少年なのだから。
だから自分も璃王も、智のことが大好きなのだから。
田無智「俺は馬鹿だけど、一個だけ誇れることがある。それは、すげー友達がたくさんいるってことだ」
田無智「俺が考えつかない名案も、そいつらなら考えてくれるかもしれねー」
田無智「だから、お前が助けて欲しいって言ってくれるなら、俺がそいつらに頼んでやる」
田無智「お前を助ける方法を、一緒に考えてくれって言う!」
田無智「お、俺だって・・・・・・お前の話聞くくらいのことはできるんだからな!」
彼は、自分が完璧でないことを知っている。出来ないことがたくさんあることを理解している。
だからこそ。誰かにできないことがあっても、欠けているところがあっても、それを理由に相手を詰ったりしない。
当然のことだと思って寄り添ってくれるのだ。
そして、友達が増えていく。雅はずっと、そんな智のようになりたいと思っていたのだ。
田無智「一人の声は小さくても、みんなで声を上げ続ければ何かは変わるはずだ」
田無智「校長室だろうが、逸見だろうが、あいつの親の家だろうが一緒に殴りこんでやるよ」
田無智「世界を変えるなら・・・・・・正面から堂々と、胸張れるやり方で変えやがれってんだ!」
ああ、今の自分は。
そんな智に、少しでも近づけているだろうか。
〇教室
鈴原雅「・・・・・・僕が言いたかったことは、全部智が言ってくれちゃった」
雅は真正面から先生に向き直り、告げたのだった。
鈴原雅「先生。世界を変える方法はきっと・・・・・・一つなんかじゃないよ」
辻本先生「鈴原、君・・・・・・」
辻本先生は、俯き。
それ以上、何かを言うことはなかったのだった。