人間でありたかった

綿崎 リョウ

人間でありたかった(脚本)

人間でありたかった

綿崎 リョウ

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〇川沿いの公園
  僕は怪人だ。
  世を忍んで生きる、平和主義の怪人。
  人間とはかかわれない、そう決まっている存在。
  その事を少し寂しいと思うことはあっても、当たり前だと受け入れていた。
  あの人と出会うまでは。

〇川沿いの公園
  彼女と出会ったのは、少し前。
  その日、僕はヒーローを名乗る人間に叩きのめされ、公園の隅にボロボロの状態で倒れ込んでいた。
  誰が見ても酷い状態だったはずの僕、だけど手を差し伸べてくれる人はいない。
  当たり前だ、怪人は人間にとっての敵、害をなす、誰からも蔑まれる存在。
  わざわざ近寄ろうとする人がいないのも、仕方のないこと。
  そんなの当たり前、何とも思っていなかった、はずなのに。
  『大丈夫ですか?』
  だけど、彼女だけは。
  ボロボロになった僕を嫌な顔一つせずに助けてくれた。
  手を差し伸べて、怪人だからと救急車を拒否すると簡単にだけど手当をしてくれて。
  その時、僕は生まれて初めて人の温かさを知った。
  そして単純なことに、彼女の事を好きになってしまったんだ。

〇川沿いの公園
  あの日以来。
  僕は夜になるといつもこの場所に来ている。ここで思い出に浸りながら、彼女の事を想っている。
  でもなぜ、あえて実際に出会った昼ではなく夜なのか。
  答えは簡単だ、人間である彼女に再び出会わない為。
  この場所は好きだけど、彼女と再び遭遇することは望まない。
  彼女は昼間にしかこの公園を通ることはない、夜ならよほどの幸運がなければ出会わない。
  別にいいじゃないか、偶然再会しても。
  そう思っていた時期もあったけど、僕らは相容れない存在だから。
  きっと彼女は僕を拒絶しない、あの時みたいに笑顔で接して、僕に温かさをくれる。
  だけど僕とかかわりを持てば、周囲の人間は彼女の事をどう思うだろうか。
  僕自身だって、もし彼女と再び言葉を交わすことができてしまったら、怪人の本能で彼女に襲いかかってしまうかもしれない。
  平和主義を名乗っていても、僕は所詮怪人だ。
  いくら僕が彼女を好こうが、関係を築こうが、交わることは永遠にありえない。
  だからこのぐらいの距離を置いて、ただ思い出に浸る怪人らしく気持ちの悪い存在でいることは、都合がいいんだ。
かいじんくん「いっそ、忘れてしまえれば楽なのに」
  絶対に忘れられない、僕の大好きな人。

〇川沿いの公園
かいじんくん「はぁ」
  雨のせいか、人の気配のしない公園で佇んでいると、少し寂しい気持ちになる。
  人間に目撃されることのない安心感はあるけど、人の気配をまるで感じないのも少し寂しい、そんないつもとは少し違う夜。
  とはいえ、悪い事だけじゃなくて。
  こういう日は、彼女と出会った、普段は人がいて近づけない特別な場所にいられる。
  普段は人通りがあるから避けているけど、今日この場所に居るのは僕みたいな怪物くらいだろうから。
かいじんくん「怪物、か」
  他所の地域ではそれなりに存在すると聞いたことはあるけど、この辺りでは僕だけ。
  そもそも、はみ出し者である僕らは相いるのは難しいかもしれないけど。
  小さい頃、早く人間になりたいと願った怪人の物語をみたことがある。
  その内容はハッピーエンドだったか、バッドエンドだったか、覚えてないけど。
  確かなのは、ここは幸せな物語の世界じゃない。僕を人間にしてくれる人は存在しないということだけ。
かいじんくん「人間になりたかった、な」
  怪人と人間ではなく、人間同士で出会えていれば。こんな思いをすることはなかった?
  いや、きっと人間同士でも彼女と僕は釣り合わない、恋が上手くいく可能性は低い。
  今みたいに、怪物だからと線引きして不可能だからとあきらめられる方が幸せなのかな。
  人間だとしても、所詮僕は僕、遺伝子は変えられないという事実。
かいじんくん「はぁ」
  なんだか虚しくなってきた、せっかく幸せな気持ちになれる場所にいるはずなのに。
  今日は駄目そうだし、もう帰ろうかな、
かいじんくん「っ」
  人の気配?
  というか、これは。
ひーろーくん「おーおー、やっと見つけたよ害虫君」
  あの日の、ヒーロー。
ひーろーくん「あの日、駆除し損ねちまったからなぁ」
かいじんくん「ぎゃあ!」
ひーろーくん「ははっ、いい声で鳴くじゃないか害虫の癖に」
  ああ、あの日の再現だ。
  殴られて、蹴られて。この男になぶられ続けて。
かいじんくん「ゆ、ゆるして」
ひーろーくん「命乞いしてんじゃねえよ!」
  声が出なくなるまで、徹底的に『駆除』される。
  だけど、あの日と違うのは。
  このヒーローは、本気で僕の事を殺そうとしているという事と
  助けてくれる彼女はいないということ、だ。
ひーろーくん「おらっ、とどめだよ!」
かいじんくん「ぁ、ぁぁ・・・」
  意識が、もう、持たない。
  どうして、どうして僕は怪物になってしまったんだろう。
  人間だったら、こんな目に遭わなかったのに。
  恋を成就できなくても、こんな風に陰で思い出に浸ることはなく、ヒーローに襲われることもなかったかもしれないのに。
  どうして僕は、人間で、いられなかった・・・
ひーろーくん「おっ、死んだかー?」
かいじんくん「・・・・・・」
ひーろーくん「金とか、持ってねえかこんなゴミじゃ」
ひーろーくん「ちっ、せいせいはしたけど、いざこうなると処理とか面倒くせえな」
かいじんくん「(しょ、り)」
ひーろーくん「最後まで煩わせるんじゃねえよ、この害虫が!」
かいじんくん「(これ、いじょう、は)」

〇シックなリビング
  『次のトピックは、先日起きたホームレス殺人事件です』
  『殺人の疑いで逮捕された○○容疑者は、『はみ出し者を駆除をする俺はヒーローのようなものだ』と供述しています』
  『発見されたのは、殺された翌朝だったそうですね』
  『被害者は自らが怪人であるなどと、日ごろ呟いていたそうです』
  『幼い頃に両親から捨てられ、劣悪な環境で育ったという噂もあります』
  『精神的な病気だったのか、他人との交流が少なかったために知る由もありません』
  『我々からすれば、ヒーローと名乗る容疑者の方がよほど怪物のように思えますが』
  『怪人を作り出すのは人間の心、人それぞれが持っているバイアスのようなものが原因なのかもしれませんね』

コメント

  • ストーリーの中盤から、怪人は実は容姿にコンプレックスのあるストーカーかホームレスといった、いわゆる社会的弱者なんじゃないかと思っていたら当たらずとも遠からずでした。自分が何者であるかを決めるのは、結局最後は己の心の持ち方次第なのかも。切なくてやるせないラストでした。

  • 怪人だと思い込んでしまった人の心に何があったかは想像できないけれど…
    傷ついてしまったことから、全てを放棄してしまったのだとしたら、悲しい

  • 自ら怪人の心を持ってしまった人のストーリーという、その斬新さに感動しました。確かに、主人公のように心に傷を負った人は、疎外感や孤独感にさいなまれているのでしょうね。束の間でも、恋というものに出会えたことはマイナスだけでなくプラスだったと思いたいです。

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