暗い話(脚本)
〇アパートのダイニング
優しい悪魔が日々泣いている幸笑に声をかけた
悪魔くん「願いを叶えてあげる」
幸笑は半信半疑ながらも素直に喜んだ
優しい悪魔はしかしと続ける
悪魔くん「悪魔は神じゃない 対価のない願いを叶える力はない」
実に王道な話だね、対価って魂のこと?
幸笑は顔を顰めて悪魔から少し距離をとる
悪魔くん「魂は最終手段さ 君にはそんなに大きな願いは無さそうだしね」
悪魔は続ける
悪魔くん「対価は人によって違うんだ 例えば、ある程度お金のある人間が家を建てたいと願えば、対価は小指の爪の先だけで叶えられる」
悪魔くん「でも、何も持たないホームレスが家を買いたいと願うのなら、足2本は必要だ」
幸笑はそれを聞いて、言った
幸笑「じゃあ私がいつもよりコンビニのスイーツをひとつだけ多く買いたいと願ったなら?」
悪魔は優しく微笑んだ
悪魔くん「小指の爪1枚で十分だよ」
幸笑は爪を近くにあったペーパーナイフで剥いで悪魔に渡した
血が流れて痛かった
でも幸笑にはもうそのことすら分からなかった
次の日、幸笑がコンビニに立ち寄ると250円のスイーツ2つが6割引になっていた
幸笑は喜んで2つ手に取った
それから幸笑は色々なお願いをするようになった
〇怪しい部屋
幸笑「私がいない間、認知症の母さんと体の悪い父さんが心配なの 私が居なくても両親が安全に生活できるようにして欲しい」
幸笑は味覚と嗅覚を失った
次の日から家にはヘルパーさんが来るようになった
〇オフィスビル前の道
幸笑「妹の学費を稼ぎ奨学金とおじさんの借金を返す今の生活で安定した生活費を得るのは難しい 短時間でお金が手に入る副業をしたい」
幸笑は小さい頃からの宝物とプライドを失った
給料のいい副業を手に入れた
〇ラブホテル
幸笑「前から思っていたけど休みなく仕事をするのはとてもじゃないけど身体が持たない 24時間働ける体が欲しい」
幸笑は痛覚と触覚と右目と子宮と腎臓を片方失った
幸笑は強いからだを手に入れた
〇アパートのダイニング
幸笑「毎日が少しだけ幸せになってきたよ あなたのおかげよ悪魔さん 次は強い心を手に入れたいの もう他人の悪口聞きたくない」
悪魔の顔が少し引き攣る
悪魔くん「精神の急成長は出来ない だって君の心は既に壊れている」
悪魔くん「それに、心を焦って強くするとまるっきり別人になってしまう 心はゆっくり治してゆっくり成長させるべきだ」
幸笑はため息をつく
幸笑「じゃあ違うお願いにするよ 悪意が届かない耳にして」
悪魔は泣きながら願いを叶えた
幸笑は怒りのと悲しみの感情を失った
〇ラブホテルの部屋
幸笑「おじさんの借金も返せたしある程度お金も溜まったわ でも最近家族達が私を見て悲しい顔をするの」
幸笑「私の存在が家族の悲しみに繋がるなら、私を忘れて幸せになって欲しい お金は全部実家に残していくわ」
悪魔は舌を噛みながら願いを叶えた
幸笑は家族と爪を全て失った
家族は幸笑を忘れて笑っていた
〇マンションの非常階段
悪魔くん「仕事、1回やめないか?」
そう泣き疲れた悪魔は言った
「なんで?」と、幸笑は本当に分からないとばかりに首を傾げる
悪魔くん「もう、無理をして働く理由もないだろう? 一旦休憩しないか?」
幸笑は涙を流した
幸笑「そう言ってくれたのは貴方が初めて 他人は身を削って働けば働くほど賞賛する 本当は、誰かに休んでもいいよと言って欲しかった」
悪魔くん「じゃあ!」
幸笑「でも、もう無理なの」
幸笑の顔から表情が消える
幸笑「人ですらない貴方1人の助言で多数の人の期待を裏切れない 人はね、1度決めたことはやり通さないといけないの」
〇高架下
幸笑「アイスが食べたい」
歯を1本失ってアイスを食べた
〇マンションの非常階段
幸笑「頭痛がする」
歯を1本失ってアイスを食べた
〇ラブホテル
幸笑「お腹が痛い」
指を1本失って治した
〇ラブホテルの部屋
幸笑「苦しくないのに涙が止まらない」
腕を1本失って治した
〇オフィスビル前の道
幸笑「仕事用のパソコン壊れた」
家のものをほぼ全て失った
〇寂れた一室
悪魔くん「殺風景になったね」
悪魔は気まずそうに言う
悪魔くん「ごめん 僕のせいだ 僕は君を不幸にした 君はあのままでいた方が良かったのかもしれないのに」
幸笑は悪魔を睨んだ
幸笑「あのままでいたらどうせ自殺した あなたに出会えて良かった」
悪魔くん「本当は君を精神科にでも連れていけばよかったのかもしれない 僕は何も知らなかったから君のほぼ全てを奪ってしまった」
悪魔くん「もう君にはほとんど残ってない これ以上、願いは叶えてあげられないよ」
幸笑は首を横に振る
幸笑「そんな事言わないで悪魔さん あなたはちゃんと大切なものを残してくれた」
幸笑は空っぽの部屋に残ったアルバムを手に取る
そこには家族や友人に囲まれてバースデーケーキの前で笑っている幼い幸笑がいた
幸笑「私、明日が誕生日で仕事も唯一休みな日なの」
私に残った全てを対価に、親友に会いたい
その願いを前に悪魔は真っ青な顔で言う
悪魔くん「君の親友は今や有名な歌手だ。君の命だけでは対価にならない ごめん。本当にごめん。僕が至らないせいで」
幸笑はまた首を振ってわらった
幸笑「じゃあどんな対価を払えばいいかな?」
震えた声で悪魔は言う
悪魔くん「君の全てに加えて、君の生きた歴史が対価だ」
なんだそんなことか
ならいいよそれで
幸笑は自分の死を前に笑っていた
〇遊園地の広場
親友「幸笑と会うのは久しぶりね!ずっと会いたかったわ」
幸笑「私もよ」
2人は遊園地にきていた
場所を指定したのは幸笑だった
彼女の心はいつまでも子供だった
大人の振りをしていたのだ
2人は子供のようにはしゃぎ回りながら思い出話や近況を語り合った
幸笑の口から語られる近況はほとんど嘘でできていた
そして悲しいことに楽し時間はあっという間に過ぎる
親友「最後はこれよね!」
幸笑の親友は観覧車を指さした
幸笑はもう最後か、と汚い笑顔を浮かべた
観覧車はあっという間に一周した
特別なことは何も無かった
悪魔は1人、少し離れたところから2人を見つめていた
これが幸笑の幸せなのか
そう思うと涙が出てきた
ずっと叶えられなかった幸せはこんなに普通なんだ
そして、その普通に幸笑はどれほどの対価に持ちえなければならなかったのか
今なら分かる事だが、初めて会ったあの時、僕が願いを叶えずに、自己破産や生活保護を思いつけばなにか違ったのかもしれない
僕は何も知らなかった
親友「今日は楽しかったね」
幸笑「そうだね」
親友「また近いうちに遊ぼうね! 今度はこっちから誘うから!」
幸笑「うん、ありがとう」
数回手を振り背を向けた親友に幸笑は涙を堪えずに膝から崩れ落ちた
幸笑「ありがとう 最後まで願いを叶えてくれてありがとう」
瞬間、上から遊園地の煌びやかな看板が幸笑に向かって落ちた
体は潰れ血が流れ内蔵は飛び出たが、人が駆け付ける頃には死体の痕跡は綺麗さっぱり消えていた
誰かの生きた歴史は消えた
悪魔の僕でさえももう思い出せない
さすが悪魔君。人間を殺すのにいろんな方法があるんだな。優しい悪魔君は彼女の願いを叶えてくれる。人の生きる目的が何なのか考えさせられました。
妙に嬉しくもなり悲しくもなり幸せの定義がわからなくなるような、、、何だか胸が詰まる思いで読ませて頂きました。ストーリーの展開がうまくされていてよかったです。
主人公を客観視すれば、同情心や反発心等が生じるのでしょうが、主人公の主観に身を置いてみるとそれとは別の感覚がもてると思います。この悪魔を真の悪魔とみるか否か、読者に沢山の選択をさせてくれる奥深いお話でした。