悪の非人間証明

戸羽らい

イビル(脚本)

悪の非人間証明

戸羽らい

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〇黒背景
  僕は人間を好きになれない
  人間とは陳腐で、ありきたりで、その一挙手一投足が想像の範囲を超えてくることはない
  当たり前をなぞるだけの肉の塊に、僕の心が惹かれるはずもなかった
  だから、そんな僕が好きになる相手が人間であるはずがない
  彼女はきっと、人間なんかじゃなくて、もっと別の──

〇渋谷駅前
怪人「殺す」
女の子「うぇ・・・」
怪人「殺す殺す」
女の子「誰か助けて・・・」
ゴトウ「そこまでだ、怪人」
女の子「あっ」
ゴトウ「先輩! この子をお願いします!」
スズキ「オッケー」
スズキ「お嬢さん、そこは危ないよ。こちらに来たまえ」
女の子「うん!」
ゴトウ「C級怪人か。これなら俺一人でも倒せるな」
怪人「殺す」
ゴトウ「軽いな。そんなんじゃ俺は殺せないぜ」
怪人「殺す殺す」
ゴトウ「ふん!」
怪人「ころ、こ」
ゴトウ「やりましたよ〜、先輩!」
女の子「わーい! お兄ちゃんすごーい!」
スズキ「無駄のない一太刀だったね」
女の子「ねえ君、何年生?」
スズキ「なん・・・?」
ゴトウ「こらこら、先輩は小学生じゃないぞ」
ゴトウ「確かに子供みたいな見た目してるけど、これでもにじゅうろ──」
ゴトウ「ぐはっ・・・怪人のパンチより重い」
スズキ「四年生だよ。そして、こっちのお兄さんは一年生」
女の子「えっ! お兄さん一年生なの!?」
ゴトウ「確かに配属されて一年目だけど・・・」

〇レトロ喫茶
スズキ「可愛かったね。さっきの子」
ゴトウ「そうですね〜。頬擦りしたいくらい可愛かったっすね〜」
スズキ「やはり君は小さい子が好きなのかい?」
ゴトウ「何言ってんすか。小さい子が好きなんじゃなくて、好きになった人が小さいんすよ」
ゴトウ「あ〜先輩の頭なでなでしたいな〜。あわよくば一緒にお風呂・・・」
スズキ「寝言は寝て言いたまえ」
ゴトウ「ところで、さっき倒したC級怪人、ずっと殺すって呟いてたんすけど、何か人間に恨みでもあるんすかね」
スズキ「鳴き声のようなものだから気にしなくていいよ」
ゴトウ「うーん、でも考えちゃうんすよね」
ゴトウ「幽霊が成仏するじゃないっすけど、本当は怪人も報われる方法があるんじゃないかって」
ゴトウ「・・・どうして怪人は人を襲うんだろう」
スズキ「ゾンビが人を襲うのに理由なんて必要かい?」
ゴトウ「ゾンビはなんか・・・本能だって分かるじゃないすか」
ゴトウ「でも怪人は・・・」
スズキ「怪人は怪人だよ。それ以上でも以下でもない」
スズキ「彼らが人を襲うのに理由なんてないし、特別なバックボーンもない」
ゴトウ「・・・」
スズキ「理由を求めてしまうのが君の悪い癖だね」
スズキ「物事には必ずしも理由が存在するとは限らない。ただ、そういうものであると認識すればいいのさ」
ゴトウ「じゃあ俺が先輩を好きなことも、そういうものだって認識してくれます?」
ゴトウ「この気持ちに理由なんてないッ!」
スズキ「世の中には目を背けたくなる事実もあるものだ・・・」
スズキ「・・・!」
ゴトウ「もしかして彼氏っすか?」
スズキ「んなわけあるか。この仕事に就いてから一度も彼氏などできたことない」
ゴトウ「じゃあ俺が一人目っすね」
スズキ「・・・サヤマ班からの応援要請だ。どうやらA級怪人が出没したらしい」
ゴトウ「A級って・・・まずいじゃないっすか。急がないと」
スズキ「ああ」

〇廃ビルのフロア
タシロ「うわああ!」
タシロ「ゔっ・・・」
怪人「・・・」
ヤマグチ「この強さ、A級どころじゃないぞ」
ムラタ「だとしても、俺たちが倒すしかないんだ!」
ヤマグチ「応援来るまで退避するべきでは・・・」
ムラタ「ならん! 他の班に笑われるぞ!」
「ぐぁっ・・・」
サヤマ「・・・とうとう私だけになってしまったようですね」
怪人「・・・」
サヤマ「仕方ない。この力は使いたくなかったのですが・・・」
サヤマ(怪人形態)「ハァ!」
怪人「・・・君も怪人なんだ」
サヤマ(怪人形態)「話せるのか。私は正確には怪人じゃない。魔術で怪人と同様の力を纏っているだけだ」
サヤマ(怪人形態)「この力も三分間しか持たない。それに、負荷も大きい。さっさと片付けさせてもらうぞ」
怪人「魔術って要するに、手品みたいなものだよね。種と仕掛けは案外、くだらなかったりする」
サヤマ(怪人形態)「ふん。私の力には種も仕掛けもない。あるのは絶対的な信念のみだ」
サヤマ(怪人形態)「参る」
怪人「・・・」
怪人「人間って、信念だとか情熱だとか、そういう言葉で自分を奮い立たすけど、言葉の響きに酔っているだけで説得力がないんだよね」
サヤマ(怪人形態)「あ・・・あがぁ」
サヤマ(怪人形態)「何だその・・・強さ」
怪人「君たちの相手をしていても、僕の心は全く揺れない」
怪人「いつまでこの茶番は続くんだろう」

〇車内
スズキ「怪人にはAからCのランクがある。ランクが上であるほどに力も強く、B以上は特殊能力まで有してる場合が多い」
ゴトウ「A級ともなれば、一つの班じゃ太刀打ちできないレベルのものまでいるんですよね」
スズキ「ああ。一体で班長クラスと同等か、それ以上と言われているな」
スズキ「だがサヤマは班長の中でもトップクラスに強い。そんな彼が応援を要請するのだから余程だろう」
ゴトウ「着きました!」
スズキ「行くぞ!」

〇廃ビルのフロア
ゴトウ「サヤマさん! 応援に駆けつけました!」
ゴトウ「・・・あっ」
ゴトウ「そんな・・・」
怪人「・・・」
ゴトウ「お前がこれをやったのか?」
怪人「つまらないことを訊くね。仮に「違う」と答えたら、君は僕を見逃すの?」
ゴトウ「・・・話せる怪人か。さすがA級と言わざるを得ないな」
ゴトウ「勿論、見逃しはしない。だが、お前にも事情があるかもしれないから話くらいは訊く」
怪人「事情? 何それ」
スズキ「危ない!」
ゴトウ「おわっ」
スズキ「馬鹿。私が援護しなかったら死んでたぞ」
怪人「・・・」
ゴトウ「くそ。意思疎通ができるなら別の道もあるかと思ったが、仕方ない」
ゴトウ「おりゃ!」
怪人「・・・」
ゴトウ「効かない・・・」
ゴトウ「あっ、待て!」

〇地下倉庫
怪人「・・・」
ゴトウ「うおおおお!」
怪人「無駄だよ」
ゴトウ「クソ!」
怪人「今の彼女、君の仲間?」
ゴトウ「・・・あぁ。俺の先輩だ」
怪人「そうなんだ。彼女の腹を突き刺したら、一体、どんな悲鳴をあげるかな」
ゴトウ「この野郎・・・」
怪人「人を殺すのは愉しいよ。喩えるならそうだね、蟻の巣に水を流し込むような──」
ゴトウ「黙れ!」
怪人「・・・」
ゴトウ「どうして・・・どうしてお前らは人を襲うんだ」
怪人「逆に問うけど、何故君たちは僕らを襲うんだい?」
ゴトウ「そんなの・・・平和のために決まってるだろ」
怪人「その平和とやらで、君の心は満たされるの?」
ゴトウ「当たり前だろ。俺には家族や仲間がいる」
スズキ「深追いするな! お前一人じゃ倒せない!」
ゴトウ「好きな人だっている」
ゴトウ「・・・その人たちが、笑顔で暮らせる世の中にしたいんだ!」
怪人「どこかで聞いたようなセリフ。まるで台本だね」
怪人「茶番には付き合ってられないよ」
ゴトウ「ぐはっ・・・」
怪人「やっぱり好きになれないなぁ。人間は」
スズキ「馬鹿・・・」
怪人「君もそう思う? 馬鹿だよね、人間って」
スズキ「・・・」
ゴトウ「・・・まだだ。まだ俺はやれる」
スズキ「ゴトウ!」
スズキ「生きてたのか! 逃げるぞ!」
ゴトウ「俺は逃げない・・・」
ゴトウ「おい怪人・・・お前だって何か、悲しい過去があるんだろ」
ゴトウ「悲しい過去から目を背け続けて、そんな姿になっちまったんだろ・・・」
怪人「僕は元からこうだし、悲しい過去とやらも特にないよ」
ゴトウ「嘘だ・・・そんなわけ・・・」
怪人「君は何か勘違いをしているね」
怪人「怪人には人間が同情できるような余地はないし、僕たちも人間に共感なんてしない」
ゴトウ「そんな・・・」
怪人「僕たちと分かり合えるなんて、ただの君の独りよがり。願望に過ぎないよ」
怪人「あと、そうだね」
怪人「もしかしたら、君たちの「そうあってほしい」といった願望やエゴが、僕たち怪人を生むのかもしれないね」
ゴトウ「嘘だろ・・・」
スズキ「もうやめてくれ」
スズキ「帰るぞゴトウ・・・なんだか、見逃してくれそうな雰囲気だし」
ゴトウ「ぅ」
スズキ「・・・」
怪人「目の前で仲間が殺されたのに、眉一つ動かさないんだね」
スズキ「まあ、これが初めてじゃないからね」
怪人「そうなんだ。初めては僕が貰いたかったな」
スズキ「・・・」

〇地下の避難所
スズキ「・・・」
怪人「・・・」
スズキ「殺さないのかい?」
怪人「うん。殺すのは勿体ないと思って」
怪人「・・・いや、違うな。君の正体を知るまでは殺せない」
スズキ「正体?」
怪人「実を言うとね、僕は君に一目惚れしたんだ」
スズキ「・・・」
怪人「でも、僕が人間を好きになるなんてありえない」
怪人「人間なんてぐちゃぐちゃの肉を薄い皮で覆った、出来の悪い肉まんのようなものだからね」
怪人「豚の餌に恋するのはおかしいだろう」
スズキ「私だって肉まんだろう」
スズキ「この腹を裂いても、血と臓物しか出てこないし、特別な具は入ってない」
怪人「いや、君の中にはもっと、別の何かがある」
スズキ「なら、確かめてみればいいじゃないか」
スズキ「私には抵抗する気力もないし、好きに三枚おろしにでもしてくれたまえ」
怪人「殺さないよ。人間なら殺すけど、君は人間じゃない」
スズキ「君の期待を裏切るようで悪いけれど、私はただの人間だよ」
スズキ「未来から来たわけでも、宇宙から来たわけでもない。吸血鬼でもなければ、幽霊でもない」
スズキ「ただの人間だ」
怪人「ただの人間に、僕が惹かれるわけないじゃないか」
怪人「君自身が気付いていないだけで、君は人間じゃないよ」
スズキ「・・・」
怪人「・・・ならこうしよう」
怪人「僕は君が人間ではないと証明する。そのためなら何だってしようじゃないか」
スズキ「何だってするなら、他の怪人を皆殺しにしてくれないかい?」
怪人「全然良いよ。それで君の非人間が証明されるのであれば」
スズキ「・・・」

〇警察署の食堂
スズキ「・・・」
ヤナセ「あ、スズキさんじゃないですか。先週は大変だったようで」
スズキ「ああ。おかげでまた一人になってしまったよ」
ヤナセ「ゴトウくんなぁ。良い子だったのに・・・」
ヤナセ「くそ〜、S級怪人め。会ったら逃げてやるからな〜」
スズキ「懸命だな」

〇地下の避難所
怪人「そうか。僕は君たちの言うところのS級なんだね」
スズキ「サヤマ班を全滅させているからね。規格外の存在として、A級より上のランクが設けられた」
怪人「ふーん、人間って物事にランクを付けるのが好きだよね」
スズキ「君たちにはそういった概念がないのかい?」
怪人「どうだろう。怪人によるんじゃないかな。僕はあまり、客観的な強さには興味がない」
スズキ「個体名も与えられたよ」
怪人「名前かあ。確かにあった方が便利だね。君にも名を呼んでほしいし」
スズキ「名前は「イビル」」
スズキ「悪の権化の君には、ピッタリな名だと思うけどね」
イビル「イビル・・・」
イビル「良いねぇ。良い響きだ。なんだか、人間の言う、悪いことがしたくなってきたよ」
スズキ「それよりも、私が人間ではないと証明するのだろう?」
スズキ「ならば、君がやるべきことは一つ。怪人を皆殺しにすること」
スズキ「私の中の人間らしからぬ何かを目覚めさせるには、それしかないんだ」
イビル「はっはっは。そうだったね。そうしよう」
怪人「爆ぜろ」

〇地下の避難所
怪人「爆ぜろ爆ぜろ爆ぜろ」
怪人「はぜら」
イビル「おお、これが俗に言う「リア充爆発しろ」ってやつかな?」
イビル「ごめんね。僕たちの愛はそう簡単に吹き飛ばないんだ」
怪人「はぜ」
スズキ「あぁ・・・良いよ。何かに目覚めそうだ」
イビル「うーん。人間殺した方が目覚めそうだけど」
スズキ「人間の死には慣れた・・・いや、飽きたと言った方が良いか」
スズキ「今更人の死体を見せられたところで、私は何も感じないよ」
イビル「良いね。そういうところが好き」
イビル「大丈夫だよ。僕は他の人間たちと違って、君を一人にしないから」
イビル「思いっきり甘えて良いんだよ、ハナコ」
スズキ「下の名前で呼ぶな」
イビル「火が強くなってきたね」
イビル「では、地上でデートの続きと洒落込もうじゃないか」

〇地下の避難所
イビル「君は「人間じゃない」と言われても、嫌な顔一つしないね」
スズキ「そうだね」
イビル「ほら、「人道に反する」とか良く言うじゃん」
イビル「捉えようによっては、人間性の否定に聞こえるかなって」
スズキ「「人間性」・・・ね」
スズキ「それは「善性」とも言い換えられるね」

〇地下の避難所
スズキ「「そうあってほしい」といった願望やエゴが怪人を生む」
スズキ「ならば、君は紛れもなく怪人で、私は紛れもなく人間なんだろう」
イビル「それでも、根っこの部分は同じだよ」
イビル「だって、君は────」

コメント

  • 人間ではない者によって、人間でない証明をされるって不思議な感覚ですね。
    姿形がそうであっても違うのかもしれない。
    でも、他の怪人たちを抹殺するために、そう演じてるのかもしれない。
    興味深い作品でした。

  • この作品が面白いのは、人間ではないかもしれない主人公を人間ではない怪人が人間ではないことを証明しようとしている点。
    本当に人間じゃないのかもしれないし、怪人をせん滅させるための方便なのかもしれない。
    この二人の関係性は非常に魅力的に感じました。

  • きたー、スチル北ー、マイブームでアゲアゲ!
    人間に見えるけど、人間じゃないー。
    えっ、人間じゃないもの同士のラブストーリー…なんだろうか?

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