2 契約(結ぶ)と約束(交わす)(脚本)
〇川に架かる橋
魔女が約束を交わすことはない
魔女は契約を結ぶ
ルカ「俺はルカ。見ての通り──」
三角帽をかぶり、ほうきを手にしている
ルカ「──魔女だ」
ルカ「君の名前は?」
ヒトミ「・・・ヒトミ、です」
ルカ「では、ヒトミ」
ルカ「俺が、君の恋を手伝おう」
〇暖炉のある小屋
2.契約(結ぶ)と約束(交わす)
ユウ「お・・・」
ユウ「お客さんだー!」
シノノメ「これはこれは」
シノノメ「ようこそ、おいでくださいました」
ヒトミ「えっ、あの」
店に入るなり、飛び上がって喜ぶユウと、優雅にお辞儀をするシノノメに圧倒されたのか
ヒトミはまともに声も出ていない
シノノメ「さあ、こちらに」
ユウ「座って、座って!」
逃がしてなるものかと、使い魔たちは彼女を店の中へ案内する
ヒトミ「私、買いものにきたわけじゃなくて・・・」
ユウ「そうなの?」
ヒトミ「ご、ごめんね」
シノノメ「お客さまであることに変わりはありません」
シノノメ「お茶を入れましょう」
シノノメ「ユウ、手伝ってください」
ユウ「はーい!」
ヒトミ「・・・」
ルカ「・・・」
ヒトミ「・・・あの」
ヒトミ「話を聞かせてほしいって・・・」
ヒトミ「どうして、ですか・・・?」
ヒトミ「私、惚れ薬はいらないって──」
ルカ「──君は泣いていた」
ヒトミ「ッ・・・」
ルカ(その涙は、特別なものだ)
ルカ「魔女は、困っている人間を助けるために魔法を使う」
ルカ「俺は、君の力になりたいんだ」
ルカ「さっそくだが──」
ルカ「もう一度、泣いてもらう!」
ヒトミ「・・・えッ?」
ヒトミ「えぇ~ッ!?」
ルカ「さあ! ほら!!」
ルカ「なんと言って振られた?」
ルカ「思い出すんだ!」
ヒトミ「~・・・ッ」
ルカ「ちょっと親切にされたくらいで、舞い上がって・・・」
ルカ「さんざん振り回されたんじゃないのか」
ヒトミ「っ・・・?」
ルカ「なにが「そんなつもりはなかった」だ」
ヒトミ「あの──」
ルカ「恋なんかにうつつを抜かした自分が情けなくて・・・」
ヒトミ「あの~・・・」
ルカ「悶え苦しんだんじゃないのか!?」
ルカ「あげく、ボロ雑巾のように捨てられたんだ・・・」
ルカ「悔しくないのか!?」
ヒトミ「な──」
ヒトミ「なんの話ですか!?」
ヒトミ「私、失恋はしたけど、捨てられてなんかいません!」
大きな瞳が揺らぎ、みるみる涙が湧き上がる
そして、目のフチから次々に<涙のしずく>がこぼれ落ちた
ルカ「いいぞ!」
すかさず、それを手で受け止める
ヒトミ「な、何がいいんですか!」
ヒトミ「このオニ! ひとでなし~ッ!!」
ルカ「透明度が低いな・・・」
ルカ「君の気持ちはこんなものか!?」
ルカ「涙でおぼれてしまう、そんな悲しみの底に、絶望の淵に突き落とされたんじゃないのか!」
ヒトミ「き、傷をえぐるのが魔女のすることなんですか!?」
ユウ「ちょ、ちょっと、何してるの!?」
シノノメ「悲鳴が聞こえましたが・・・」
戻ってきた使い魔たちを見て、とっさに手にした<涙のしずく>を隠す
ルカ(これを見ても<涙のしずく>とは思わないだろうが・・・)
どれも、くもりガラスのようにくすんでいたからだ
ルカ(最初の一粒は、ダイヤよりも輝いていた)
ルカ(ここまで品質に差が出るとは思わなかった)
ルカ(彼女の気持ち、感情によるのか・・・?)
ルカ(だとしたら──)
シノノメ「申し訳ありません、主が無礼を働いたようですね」
シノノメ「お詫びにはならないかもしれませんが・・・」
シノノメ「とっておきの紅茶と」
ユウ「おいしいケーキをどうぞ!」
シノノメが紅茶を、ユウがスミレのケーキを出す
白いクリームの上に、花の砂糖漬けと、結晶化させたスミレ色の砂糖を飾りつけたものだ
ヒトミ「これって──」
ヒトミ「魔法がかかってるんですか?」
さっきまで泣いていた彼女の目が、ケーキを見て明るく輝く
ルカ「ただのケーキだ」
ヒトミ「ただの、なんて」
ヒトミ「食べるのがもったいないくらい、素敵です」
シノノメ「彼は魔女ですから」
ルカ「菓子づくりも、魔女の修行のうちだ」
ルカ「知らないのか?」
シノノメ「魔法薬のほとんどは、台所でつくられるんです」
ルカ「台所こそ、魔女の工房だ」
ユウ「薬を仕込んでても、お菓子つくってるようにしか見えないよね」
ヒトミ「大鍋で煮込むだけじゃないんだ・・・」
ルカ「トカゲのしっぽや、コウモリの羽根を?」
ヒトミ「ご、ごめんなさい」
ヒトミ「魔女と会うのは、初めてで」
ルカ(ん?)
ルカ(ただのケーキに、魔法がかかっていると思うくらいだ)
ルカ(もしかすると──)
ルカ「魔法薬を使ったことがないのか?」
ヒトミ「・・・はい」
微笑みが、どこか寂しそうに見えた
ルカ(彼女は、惚れ薬を使うことを「ウソ」だと言った)
世の中には、魔女のつくる薬がいくらでも出回っている
高校生のおこづかいで買えるようなものもある
インターネットで簡単に手に入れることもできる
ルカ(それなのに──)
ルカ(こんな人間がいるのか・・・)
ルカ(こんな人間だから、なのか?)
──これはチャンスだ
ルカ(俺が“ほんもの”であると証明する、チャンスだ)
ルカ「魔女にできるのは、惚れ薬をつくることだけじゃない」
ヒトミ「?」
ルカ(そう・・・)
ルカ(“にせもの”は、惚れ薬だけじゃない)
ルカ「声が甘くなるキャンディ」
ルカ「爪をバラ色に輝かせるオイル」
ルカ「髪を美しく、長く伸ばす花の冠」
ルカ「どれも、本人が持つ魅力を引き出す処方箋(レシピ)だ」
ヒトミ「魔法のレシピ・・・」
ルカ「魔女はそれらのレシピで、人間の恋を助けてきた」
ルカ(──と、言われている)
ルカ(だが・・・)
ルカ(魔法の薬で恋を叶えることなんて、できはしない)
ルカ(すべて“にせもの”だからだ)
ルカ(魔法で“手伝った”としても)
彼女はまた失恋する
そして俺は<涙のしずく>を手に入れる
ルカ(そうすれば“ほんもの”をつくって、証明できる)
ルカ「魔女として──」
ルカ「俺に、君の恋を手伝わせてほしい」
「!」
ヒトミ「・・・恋は」
ヒトミ「もう──したく、ないです」
ルカ「・・・」
ルカ「・・・は?」
ヒトミ「だ、だって、好きになっても失恋してばっかりで」
ヒトミ「一回も両想いになったことないんです!!」
ヒトミ「もうがんばれません~!」
ユウ「一回もないんだ・・・」
シノノメ「それは・・・なんと申し上げてよいやら」
ルカ「だ、だから、手伝うと言ってるじゃないか!」
ユウ「そうだよ、ルカならきっと!」
シノノメ「口の悪いところもありますが、腕は確かです」
ユウ「恋愛以外の役にも立てるよ」
シノノメ「魔法の薬は、恋を叶えるためのものばかりではありません」
ヒトミ「そうなんですか?」
ルカ「い、いや、俺はあくまで、恋の手伝いを・・・」
ユウ「何か困ってること、ない?」
主を押しのけて、ユウが身を乗り出す
ルカ(失恋してもらわないと、俺が困る!)
ヒトミ「・・・──」
ヒトミ「・・・目に効く薬も、ありますか?」
ルカ「・・・コンタクトレンズのようなものはある」
ルカ「だが、視力を良くしたいならコンタクトの方が安価で、品質も安定している」
ヒトミ「視力が悪いわけじゃないんです」
ヒトミ「時々、なんですけど」
ヒトミ「小さな妖精みたいなものが見えて──」
ヒトミ「避けようとして、転んじゃうし」
ヒトミ「笑顔は、キラキラ光って見えるから」
ヒトミ「すぐ、好きになっちゃうし・・・」
ルカ「・・・」
ヒトミ「なんとかできないかなって、思ってたんです・・・」
ルカ「君は──」
ルカ「生まれつき、魔法を持っているのか・・・」
ヒトミ「えっ?」
ルカ(俺のほしいものを、ことごとく持っていて)
ルカ(そして、いらないと言うんだな)
なら、奪い取ってしまえ
ルカ(──そうだ)
ルカ(奪ってしまえ)
空中に手をかざし、契約書を取り出す
その一端を持ち、彼女に差し出した
ヒトミ「・・・」
おずおずと、彼女が手を伸ばす
指先が触れた瞬間、
魔女と人間、それぞれの名前が紙面に浮かび上がる
ルカ「──契約は成立した」
ルカ「まずは・・・」
〇ハローワーク(看板無し)
ルカ「役所に行く!」
ジェットコースターですね。どS魔女からの役職行き、楽しみ満載でしたー。感謝。