透明色の raison d'etre

いしころ

任務(脚本)

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〇黒背景
???「うわあぁぁん、痛いよ、痛いよぅ・・・!!」
???「あああああああ、嫌だよう、怖い、助けてよ、玄弥にいちゃん・・・!!」
???「しっかりして、まりちゃん!! 目を開けて!!」
???「痛い・・・痛いよ・・・!!」
???「先生、死んじゃやだ!! せんせい、せんせいっっ!!」
???「やめて・・・!!」
???「もうやめて、明日香おねえちゃんっ!!」

〇簡素な部屋
浅葱明日香「っ・・・!?」
浅葱明日香「っ、はぁ、はぁ・・・」
浅葱明日香「またあの夢・・・!!」
  13班への加入を決め、ノーチラスに身を寄せるようになってから数日。
  明日香はあの日以来悪夢に苦しめられ続けていた。
  先程まで聞いていた夢の中の悲鳴が、明日香の耳奥で反響を繰り返す。
浅葱明日香(暗闇の中、みんなの悲鳴だけが途切れ途切れに聞こえる夢・・・)
  ギュッと布団を握る。
  ただの夢であってほしい。
  自分の知らない自分が、少しずつ自分という存在に侵食してくるような感覚。
浅葱明日香「私は、一体・・・?」
  仄暗い思考に絡め取られそうになった時だった。
  コンコンコン、と、跳ねるような軽いノック。
藤哲治「おはよう、明日香ちゃん。 モーニングができたよ、起きられるかい?」
浅葱明日香「っ・・・、はい、ありがとうございます。 すぐに、降りて行きます」
  先程まで頭に渦巻いていた暗い思考を振り払うように、明日香は勢いよく立ち上がった。
浅葱明日香(しっかりしなくちゃ)
浅葱明日香(ちゃんと、自分の足で立たなきゃ)
浅葱明日香(誰が私の家族をあんな目に合わせたのか。 あのドッペルゲンガーが何者なのか。 私は、何者なのか)
浅葱明日香(ちゃんと真実を探すんだ)
浅葱明日香(そのために私は、生きることにしがみついたんだから・・・!!)
  新しい生活に慣れるためにと与えられた数日の準備期間も終わり、今日からは雪乃や圭子と共に13班としての仕事が始まる。
  明日香は手早く着替えると、部屋のドアを開けた。

〇レトロ喫茶
浅葱明日香「おはようございます、藤さん」
藤哲治「おはよう。 さ、モーニングをお食べ。 雪乃ちゃんももうすぐ来るだろう」
浅葱明日香「いただきます」
  甘いバターの香りのするトーストと、芳醇な香りのコーヒーが、鼻腔をくすぐる。
  カランカラン、とドアベルが鳴った。
月白雪乃「マスター、おはようございます。 私もコーヒー頂けますか?」
藤哲治「おはよう、雪乃ちゃん。 お安い御用だよ」
月白雪乃「おはよう、明日香ちゃん。 どうかな、少しでも新しい生活に慣れていけそうかな?」
  ふわりとした笑顔で問いかけてくる雪乃。
  本当に心の警戒を簡単に解いていく人だな、と明日香はしみじみと思った。
  明日香もすっかり、雪乃には気が置けなくなっていた。
浅葱明日香「おはよう、雪乃。 ええ、お陰様でなんとか」
  うっかり気が緩んで呼び捨てにしてしまった時なんて、逆に「仲良くなれた感じがして嬉しい」と言って喜ばれてしまった。
  以来明日香には呼び捨てを頼むほどだ。
月白雪乃「ううん、こちらこそ。 明日香ちゃんが加入してくれて嬉しいよ!! 色々大変だと思うけど、頑張ろうね」
  つくづく、人好きのする性格である。
  明日香は改めて、雪乃に拾ってもらえた幸運に心の中で感謝をした。
月白雪乃「食べながらで良いから聞いてね。 早速だけど、今日から明日香ちゃんには戦闘訓練をしてもらいます」
月白雪乃「確か明日香ちゃん、体質的にテラの練出ができないんだっけ?」
  今までは、この質問をされるとうんざりしていた。
  何もできない役立たずだと見捨てられる事が分かりきっていたからだ。
  でも今は違うと思うことができた。
  雪乃ならばそんなことはしないと前向きに思うことができた。
浅葱明日香「ええ。 だから、異形の使役はおろか、テラを使って作動させるタイプの道具や機械は全部ダメ」
浅葱明日香「でも、昔の燃料式とか電気式とかの遺物なら、練習すれば使えると思う」
月白雪乃「となると、明日香ちゃんに適してるのは・・・」

〇森の中
  森の中で、1つの銃声が響いた──。
赤銅圭子「うっひゃー・・・」
赤銅圭子「ど真ん中撃ち抜いちゃってるじゃん・・・」
赤銅圭子「え、怖っ 才能が怖っっっ!!」
  圭子は、木に括り付けられた手作りの的の真ん中に空いた銃槍を眺めていた。
赤銅圭子「え、あっすー本当に初心者!? 本当に!?」
浅葱明日香「たまたまだってば。 先生の教え方がいいからちょっと上手くいっただけだって」
赤銅圭子「って言ってるけど雪乃せんせー!? これって公安隊じゃ普通なの!?」
月白雪乃「いやいやいやいや!! 練能力での照準操作とか弾の誘導があるならまだしも!!」
月白雪乃「火薬を使ったこの旧式の拳銃で、たった数時間でこんな上達するなんて、聞いたことないよ!」
月白雪乃「いやー・・・テラの練出が必要ないから『扱える』くらいの気持ちで『向いてる』って言ったんだけど・・・」
月白雪乃「まさかこうくるとは、思ってなかったよ・・・」
浅葱明日香「もう、2人とも誉めすぎだってば」
  褒められるのは純粋に嬉しい。
  しかし、銃を初めて握り説明を受けていた時から感じていた強烈な違和感が、嬉しさを打ち消す。
浅葱明日香「それに・・・」
  口に出そうか否かとも逡巡したが、このわけのわからない状態は共有するに越したことがないと判断をする。
月白雪乃「ん?」
浅葱明日香「なんかこう・・・ 本当に銃を触るのなんて初めてなのに、 なんか身体が覚えてる・・・というか・・・」
  初めて見るはずの銃の構造や撃ち方が、説明を聞くよりも少し先に頭に浮かんだ。
  知らないはずの、撃った時の強い反動を、
  無意識に身体がしっかりと受け止めた。
  遠くのものを狙う時、気が付いたら風を読もうとしていた。
赤銅圭子「え、なにそれオカルト!? 怖い!!」
赤銅圭子「それとも、目覚めし前世の記憶ってやつなのかなぁ〜?」
(目覚めし前世はオカルトじゃないんだ・・・)
浅葱明日香「よくわからないんだけれど・・・ やっぱりあの日のドッペルゲンガーの影響、なのかしら」
浅葱明日香「身体が覚えてるみたいな感じで・・・ 正直、気持ちが悪いくらい」
月白雪乃「明日香ちゃんが頼もしい戦力になるってことは、喜ばしいことなんだけど・・・ 確かに違和感は残るね・・・」
赤銅圭子「まぁさ、任務で戦闘にでもなったらまたら何か思い出せるんじゃなーい?」
赤銅圭子「・・・・・・」
赤銅圭子「あっすーって記憶喪失だっけ?」
浅葱明日香「いいえ、そんなことはない。 私は、私を孤児院に捨てた糞親父の顔だって覚えてる」
  明日香を捨てた父親。
  思い出しただけでも腹が立ち、軽い耳鳴りがした。
  眉間に皺が寄りそうになるのをぐっと堪える。
月白雪乃「私も本部の資料で色々調べたけど、明日香ちゃんは別に大きな事故や事件に巻き込まれた記録とかもなかったもんね」
赤銅圭子「えー、じゃもうあれじゃん」
赤銅圭子「ドッペルちゃんの、き・お・く♡」
浅葱明日香「!!」
赤銅圭子「2人が出会ったことで『存在』が混ざっちゃって、記憶の混入が起こった説!!」
浅葱明日香「っ、でも、じゃああのドッペルゲンガーは一体何者でどこから来たっていうの!? なんのために!?」
赤銅圭子「そーれは知らないよぉ。 実際にこの説が合ってるかなんて分からないし、今のところ検証のしようだって無いしね」
浅葱明日香「・・・・・・」
  自分の代わりに『浅葱明日香』として死んだあのドッペルゲンガーの記憶が混ざり込んだとしたならば
  逆に明日香の存在は、今やドッペルゲンガーに成り代わったということだろうか。
浅葱明日香(ばかばかしい・・・ 存在もなにも・・・『私』は『私』、よ)
月白雪乃「今ここで議論しても仕方ないよ。 その辺をこれからしっかり捜査する為にも、今はその『記憶』を有効活用しない?」
月白雪乃「訓練の続き、しよ? 私、的を増やしてから行くから。 明日香ちゃんは先に向こうで準備してて!!」
浅葱明日香「そ、それもそうだよね、うん。 わかった」
赤銅圭子「・・・・・・」
月白雪乃「何か言いたいの、圭?」
赤銅圭子「いんや、別にぃ ただ、雪乃だなーと思ってさ 笑顔のポーカーフェイス?」
月白雪乃「・・・どういうこと」
赤銅圭子「雪乃が追いかけてるあの事件、今まで手掛かりも何もサッパリだったもんね」
赤銅圭子「良かったねぇ いきなり『ドッペルゲンガー』なんていう有力な手がかりが、”たまたま”転がり込んできて!!」
赤銅圭子「どこまでが計算のうちぃ?」
月白雪乃「圭の方が頭良いんだから、どうせ大体のことは予想してるでしょう」
赤銅圭子「いっひひ、買い被るねぇ」
赤銅圭子「ま、前にも言ったかもしれないけどさ、 あたしは何があっても雪乃の味方なので〜」
赤銅圭子「ご心配なくぅ♡」
月白雪乃「・・・どうも」
浅葱明日香「雪乃ー!! こっちは準備出来たよー!!」
月白雪乃「ごめんごめん、今行くね!!」
赤銅圭子「あたしちょーっと野暮用!!」
月白雪乃「あ、コラ!!」
月白雪乃「・・・もう」
  風が木々の葉をざわつかせる中、明日香は雪乃と共に射撃の訓練を続けた。
  銃の反動を上手く流しての連射、素早いマガジンの交換。
  明日香は自分の知らない動きを『思い出す』ごとに、自分の存在が薄れていくような錯覚を覚えた。
  その言い知れない不快感を振り払うように、明日香は森の中で銃声を響かせ続けた。

〇入り組んだ路地裏
  数日後
  夕方、とある路地裏にて──
月白雪乃「今日からは、明日香ちゃんにもパトロールに加わってもらおうかなって思います」
  いつもの射撃訓練のあと雪乃に呼び出された明日香は、突然訪れた本番に鼓動が跳ねるのを感じた。
  遊撃隊の班員として裏社会に足を踏み入れ日陰に潜む人々と関われば、あのドッペルゲンガーの手掛かりも見つかるかもしれない。
  期待と不安が入り混ざる。
  明日香は、ホルスターにしまった銃をそっと握った。
浅葱明日香「私は何をしたらいい?」
月白雪乃「まずは、この地域で見回りをしながら、喧嘩とか小競り合いみたいな小さな事件を解決していこう!」
月白雪乃「毎日全部の場所を見回りってわけにもいかないけど、そういう小さな事件とかが大ごとにならないようにするのがメインだよ」
月白雪乃「遊撃部隊はたまに厄介な案件を本部から押し付けられるから、その前にしっかり場数を踏んでおいた方がいいかなって」
  緊張気味の明日香を宥めるように、雪乃が微笑む。
浅葱明日香「わかった。 やれることから始める、ありがとう」
月白雪乃「じゃあ早速まずは・・・」
月白雪乃「圭、遊んでないでこっち来て。 探知するから」
赤銅圭子「別に遊んでたわけじゃないよ〜ん ただどれだけ上手に落ちてたゴミを積めるか、チャレンジしてたんだよ」
月白雪乃「ほら、探知、するよ」
浅葱明日香「探知?」
  そういえば、と明日香はふと思い出す。
  出会ってから何日も経つが、明日香は圭子が真面目に何かをするところを見たことがない。
  知っているのはヘラヘラとふざけたり茶々を入れたりして雪乃に怒られる姿ばかり。
  圭子がどんな能力を持つのかも知らなかった。
赤銅圭子「ええー、明日香ちゃんの前でやるのぉ? 雪乃のエッチ♡」
月白雪乃「もう、馬鹿なこと言ってないで」
浅葱明日香「・・・?」
赤銅圭子「ま、つまるところ、あたしと雪乃の相性が抜群ってことよ 身体のねぇ〜」
月白雪乃「け・い!!」
赤銅圭子「うっひゃー、怒った怒った!! あながち間違いでもないってのにねぇ」
  そう言いながら、圭子は雪乃の方へ手を差し出した。
月白雪乃「もう・・・」
  雪乃はその手を取ると、そっと握り自分の額へと持っていき、静かに目を閉じた。
赤銅圭子「あっすー、雪乃の能力、覚えてる?」
浅葱明日香「えっと・・・ 蛇の異形で、持ち物を調べたり脈拍を調べたり出来る、だっけ?」
赤銅圭子「そそ。 もう少し一般的に言うと、テラで水型に干渉してその『波』を読むことが出来るんだよ」
赤銅圭子「でも、それが発揮できるのは自分ないし異形が触れてる範囲だーけ。 異形はあくまでもただの補助だしね。 ところがどっこい!!」
赤銅圭子「こーしてあたしと手を繋いだ状態であたしが地面をこーするとっ・・・!!」
浅葱明日香「わっ!!」
  圭子が地面を強く踏み付けると、ドンという衝撃音とともに軽い揺れが発生した。
月白雪乃「・・・・・・」
赤銅圭子「地型が得意な”超”天才練能師のあたしが地面を伝わる波を集めて、繋いだお手手から雪乃に『波』をパスしちゃう。 すると〜?」
月白雪乃「っ!!」
赤銅圭子「半径5km圏内くらいだったら、雪乃はパスした『波』を読んで、地形やら人の気配やら異形の有無やらを、感知できるってわけさね」
浅葱明日香「すごい・・・!!」
  今まではテラの練出能力と言っても、一般人が普段使う機械を起動させるための簡易なものくらいしか見たことがなかった。
  体内のテラを『出す』だけなら、特殊体質の明日香を除く誰もができることだ。
  しかし、それを上手に『練って』地水火風それぞれの型に干渉させるのは至難の業で、そこまで上手く操れる人間はなかなかいない。
  公安隊に所属する雪乃が優秀なのは分かるが、圭子がそれに引けを取らない実力の持ち主であることに、明日香は素直に感心した。
赤銅圭子「よせやい、照れるぜぃ」
月白雪乃「2人とも、前言撤回。 多分今日はちょっと大変かもしれない」
月白雪乃「北の方で不自然にテラが固まってる場所があった・・・ 多分、異形」
月白雪乃「しかも、一体じゃない。 明日香ちゃん、私と圭子が前に出るから、 できるだけ安全な場所から銃で援護をお願いしてもいい?」
浅葱明日香「り、了解! ・・・でも、異形に実弾って効くの?」
赤銅圭子「きくきく。 何かを核にして『異形』としての実体をもって存在するようになった時点で奴らもこっち側だから、心配御無用!!」
月白雪乃「圭、明日香ちゃんを連れて来て。 私は『異形(バディ)』と一緒に先行する!!」
  雪乃はそう言うや否や、驚くべき跳躍力で一足飛びに見晴らしの良いビルの上へと飛び上がった。
浅葱明日香「!?」
赤銅圭子「あー、明日香ちゃん、あーゆーの見るの初めてか」
浅葱明日香「え、何、今の!? 雪乃が突然飛んでいった・・・」
赤銅圭子「体内のテラを操作して、一時的に身体能力上がるんだよん。 公安隊が一番最初に訓練で身につける能力だね」
浅葱明日香「え・・・ 私本当に大丈夫かな・・・」
赤銅圭子「だいじょぶだいじょぶー! あっすーにはドッペルちゃんから引き継いだ『記憶』があるさ⭐︎」
赤銅圭子「ほら、あたしらも早く雪乃に追いつこ!! 向こうに車停めてあるから〜」
浅葱明日香(訓練と同じように・・・!!)
  車は、路地裏を出てすぐの道に停めてあった。
  圭子の黄色い車は、明日香の予想通りボコボコに凹んでおり、ドアミラーも片方が無くなっている。
  一抹の不安を抱えながら乗り込む明日香。
  直後、容赦なく踏み込まれたアクセル。
  ガリガリと嫌な音を立てながら、車は猛スピードで発進した。

〇廃倉庫
月白雪乃「はああっ!!」
  拳銃型のテラツールを用いて、氷の弾丸を敵へ撃ち込む。
異形(不定型)「キシャアアアアァーー!!」
月白雪乃「っ、次から次へと・・・!!」
月白雪乃「!? まだ中に3体・・・ いや、もう少しいる──!!」
赤銅圭子「雪乃、おっまたせー!! よいしょーっ!!」
異形(不定型)「シャアアアア・・・!!」
  地中から現れた岩の棘が、異形を容赦なく串刺しにして散らす。
異形(不定型)「イイイイイイ」
  乾いた銃声が轟き、異形の核を撃ち抜いた。
異形(不定型)「マアアアアア・・・」
月白雪乃「明日香ちゃん、ナイス!!」
浅葱明日香「良かった、ちゃんと撃てて」
赤銅圭子「私への労いはぁ?」
月白雪乃「2人とも、助かったよ。 さっきバディで中を調べたけど、どうやらあと少なくとも3体は居るみたい」
赤銅圭子「うげー なに、ここに使用済みテラでも不法投棄されたの??」
月白雪乃「可能性はあるよね。 でも今はそんなことより、あいつらが人の住んでるエリアまで行ってしまわないようにする方が先決!!」
赤銅圭子「あいつら異形は、人間に憑いて精神食い荒らしてくるからねぇ」
月白雪乃「明日香ちゃん、私と圭が先に入るから、後ろからさっきみたいに援護よろしく!!」
浅葱明日香「了解!!」
月白雪乃「行くよ、圭!!」
赤銅圭子「ほいさ〜」
  2人が廃倉庫の方へと駆けて行く。
浅葱明日香「・・・あれ?」
  ふと、何かが視界の隅でチラついた。
  慌ててそちらに目を向けると、そこには廃倉庫の壁の穴から外へと抜け出した一体の異形が。
浅葱明日香(まずい!! このままじゃ見失って、誰かが襲われる・・・!!)
  雪乃や圭子に知らせようとしたが、2人はとっくに倉庫内へと突入したのだろう、姿が見当たらない。
  代わりに、断続的に衝撃音や何かが割れる音が中から聞こえてくる。
  突然、孤児院で見た惨劇が脳裏にフラッシュバックした。
浅葱明日香「────っ!!」
浅葱明日香(私が行かなくちゃ・・・!! また誰かが、傷付く・・・!!)
  明日香は自分を奮い立たせるように拳銃をしっかりと握り直すと、ゆっくりと深呼吸をしてから地面を蹴った。

〇倉庫の裏
浅葱明日香(どっちに行った・・・!? まだそう遠くへは、行ってないはず・・・)
  倉庫の裏手は、明日香が想定していたよりも入り組んでいた。
  うずたかく積み上げられた廃材や壁に塀。
  隠れられる場所が多すぎる。
  チリチリと、緊張が肌を刺激する。
  明日香は銃が得意とは言え、まだ少し離れた動かない的を上手に撃ち抜けるだけだ。
  動く敵を移動しながら撃つのは全然違う。
  しかも、相手が襲ってくるとなるとさらに難易度は跳ね上がる。
  ガサッ
浅葱明日香「っ!!」
  草の擦れる音が緊張の糸に触れ、反射的に発砲した。
浅葱明日香(違うっ・・・!! 落ち着け、落ち着け・・・!!)
  日が沈み始め、あたりが徐々に暗くなる。
  焦りが、銃を握る明日香の両手をじっとりと湿らせる。
浅葱明日香(焦るな、落ち着け・・・ ゆっくり、敵の位置を、さぐって・・・)
異形(不定型)「シャアアアアッッ!!」
浅葱明日香「しまった・・・!!」
  完全に背後を取られていた。
  急激に縮まる距離。
  引き金を引いた拳銃が、ガチンッと嫌な音を立てた
浅葱明日香「ジャムった、こんな時にっ・・・!!」
  すでにもう、テラが渦巻く禍々しい異形の内側さえもが良く見えてしまうくらいの距離。
  明日香は奥歯を噛んでその光景をただ眺めていた──
異形(不定型)「ガアアアアアアアッッ!?」
  横一閃。
  炎が空間を焼き切ったかと錯覚をした。
  ほんの一瞬の出来事だった。
浅葱明日香「えっ・・・!?」
  熱が冷め蒸気が晴れた時、明日香はそこに1人の人間が立っていることに気がついた。
  フードを被り、細長い筒のようなものを背負ったその後ろ姿。
浅葱明日香「────!! お前はっ・・・!!」
  あの日、孤児院へ行く途中でぶつかった人物と同じ後ろ姿。
  手には一振りの、日本刀。
  家族の亡骸に多く残されていた切傷。
  包丁一本でそうなるとは思えない程の惨状。
  走ってきてぶつかったのに一瞥もくれず去って行く、不自然さ。
  身体がカッと熱くなった。
  音が聞こえなくなり、頭は不思議なほどにシンと冷える。
浅葱明日香「あなた、何か、知ってるよね・・・!?」
  予備の拳銃ならセーフティを素早く外し、躊躇いなく銃口を向けた。
浅葱明日香「何をしたの、あの孤児院で・・・!!」
  ゆっくりと、その人物が振り返る。
浅葱明日香「あの日あの場所で、何をしたっ!?」
  引き金にかけた明日香の指は、少しも震えなかった。

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