第十話「ソウサク」(脚本)
〇黒背景
情報が少ない以上、推測でしかないことでもある程度決め打って動くしかない。
確かにいじめは許しがたいことだが、それでも生徒に危害を加えるようなやり方に賛成することはできないのだ。
殺すなんてもってのほかである。
綺麗事と言われるかもしれないが――悪いことをした人間がいるのなら、
その人間には生きて、ちゃんと反省して罪を償って貰うべきだと智は思うからだ。
だからもし、緒方五月か辻本先生が逸見真友を恨んでいたのだとしても。それだけのことを彼女がしたのだとしても。
逸見真友が自分の行いを反省も後悔もしないまま死んだら意味がない、と思ってしまうのである。
それは、智だけの独特な考えなのだろうか。
〇住宅街
学校から歩いて五分とかからないところに緒方五月の家はある。
ならば、とりあえず五月の家に行ってみるべきでは?というのが智の提案だった。
意外にも、璃王が真っ先に賛成してくれたのである。
ただし、二手に分かれること、を条件とした上で。
神楽璃王「万が一、俺達が緒方の家に行っている間に、学校で何かあったら困るからな」
ちらり、と来た道を振りかえって璃王が言う
神楽璃王「念のため、雅には六年三組の教室の付近で待機していてもらうってことで」
田無智「ああ、そうだな。何かあったらスマホですぐ連絡してくれるだろうし」
五月が住んでいる場所はわかっている。学校の裏手、閑静な住宅街にある一戸建てだ。
ほぼ門前払いされたとはいえ、一度智はお見舞いに行っているから知っているのである。
田無智「なあ、心配して何度か緒方にメールとかしたことがある、みたいなこと言ってたよな?」
智は璃王に尋ねた。
田無智「だったら、緒方に一度メール送ってみたらどうだ?探りを入れる意味でもさ」
神楽璃王「さっきLINE送った。学校が大変なことになってるんだけど知ってる?みたいなかんじで」
田無智「さすが璃王、早いな」
神楽璃王「でも、未読スルーされてる。本当に携帯見てないのかもしれないけど」
田無智「・・・・・・そうか」
智がいじめに気付かなかった理由として、トラブルになる前から五月が何度か学校を休んだことがあったというのも起因している。
体が丈夫ではない、というのは本当なのだろう。
だとしたら今も本当に風邪を引いて寝込んでいる可能性もあるし、学校に行かないなら純粋に昼間で寝ていてもまあおかしくはない。
未読スルー、というだけで様子が変だと言い切ることはできないが。
〇一戸建て
田無智「ここだ」
彼女の家の前に到着した。入口の前でうろうろしながら、智は様子を伺う。
田無智「って、来るって言ったのは俺だけどさ。また門前払いかもしれないぜ。前はそうだったんだし」
神楽璃王「そうかもな。でも、家にいるかいないかだけでも確認しておいた方がいいと思ってる」
田無智「何でだ?」
神楽璃王「・・・・・・ちょっと疑ってることがあるからさ。もう少し確証を得てから話すけど」
田無智「?」
よくわからないが、璃王には璃王の考えがあるのだろう。
智はチャイムに指をかけ、“押していい?”と璃王に尋ねる。
本人が頷いたので、チャイムを押してみることにした。
ぴんぽーん、という軽い音が響き渡る。家の中で何度か反響している様子だった。――が、音沙汰なし。
もう一度押す。が、数十秒待っても、中で物音ひとつ聞こえる気配はなかった。
田無智「あれ?親御さんも出てこないな。前に来た時はお母さんが家にいたのに」
神楽璃王「いや、時間も曜日も違うだろ」
智の言葉に、呆れたように突っ込んでくる璃王。
神楽璃王「確か、水曜日以外はパートに出てるって言ってたはず。お父さんも普通に印刷会社勤務って言ってたかな」
神楽璃王「とすると、この家には緒方本人以外いなくてもおかしくないんだけど・・・・・・その本人もひょっとしていないか?」
神楽璃王「確か二階があいつの部屋だったと思うんだが」
田無智「おっけ。じゃあ俺確認してみるわ」
神楽璃王「え」
そういうことなら話は早い。あっけにとられる彼をよそに、するっと塀を乗り越える智。
そして、庭の木にするすると上った。木登りは幼稚園の頃にはもうマスターしている。
まあ、何度か墜落して親にはこっぴどく叱られているけれど。
神楽璃王「凄いな、猿並か」
田無智「うっせ!」
もう少しマシな例えはないんかい!と思いつつ智は木のてっぺんへ。そしてそこから、ベランダへとひょいっと飛び降りたのだった。
まるでヒーローじゃん自分!と自画自賛する。やってることは不法侵入だとは言ってはいけない。
〇女の子の一人部屋
田無智「んー?」
そして、部屋の中を覗きこむが。
田無智「・・・・・・いない?」
シンプルで物も少ない、二階の部屋。多分ここが五月の部屋だと思う、のだが。
ベランダの窓から見たところ、誰かがいる様子はなかった。
ベッドも盛り上がっていない。
一応ベランダの窓を引っ張ってみるが、さすがにそちらも鍵がかかっていた。――やはり、留守なのだろうか。
〇一戸建て
田無智「おい、緒方の奴いないぜ。もう一回チャイム押してみてくれよ」
神楽璃王「・・・・・・わかった」
璃王がもう一度チャイムを押す。その間に、智は入ったのと同じルートでベランダを脱出した。
が、智が木から降りた頃になっても、家の中で物音がする気配はない。居留守を決め込んでいる、ようには見えなかった。
田無智「やっぱり、誰もいないのか?学校休んで、あいつはどこに・・・・・・」
神楽璃王「まさか・・・・・・」
璃王が険しい顔で何かを言いかけた、その時だった。
〇住宅街
ドゴオオオン!
凄まじい音が、すぐ近くで木霊する。ぎょっとして二人は顔を上げた。
明らかな爆発音。聞こえたのは、学校の方だった――。