第九話「スイリ」(脚本)
〇学校のトイレ
三人の間に、沈黙が落ちた。
この書き込みをした相手が、本当に緒方五月かその関係者かどうかはわからない。
ただ、書き込みがあったのがほんの一週間前であること、いじめというキーワードを出していること。
それから加害者の性別を女、と明言していることがどうにも引っかかってしまう。
田無智「・・・・・・まさか、本当に緒方のやつが?」
智の声が、自分でも驚くほどひっくり返っていた。信じたくない、そんな気持ちが滲んでいる。
神楽璃王「わからない。仮に本当に緒方五月のいじめが絡んでるんだとしても、本人がやってるとは限らない」
神楽璃王「本人を助けたい、別の人間の仕業ってことも」
璃王が首を横に振る。
神楽璃王「そもそも、放送室のやり方を見ていると・・・・・・本人よりも先生が絡んでる印象が強い」
神楽璃王「とすると、本人は無実、なのかもしれない。万が一先生で、緒方の件が関係していた場合、容疑者は絞られてくるけど」
鈴原雅「だよね。流石に緒方さんとまったく面識がない人がこんなことするとは思えないし」
田無智「わかんないぜ。今時はSNSだけでこっそり繋がってるってこともあるかも」
鈴原雅「あー、その可能性もあるか。そうすると、担任や教科担任だけに絞るのは危険か」
〇黒背景
ただ、と全員が顔を見合わせる。
同じことを思い出したからだ。怖い、厳しいと大評判の辻本先生に――あの緒方五月は結構懐いていたな、ということを。
担任の河合先生よりも喋っているのをよく見かけたような気がするのだ。
若い男性教師の河合先生と違って女性なので話しやすかった、というだけなのかもしれないが。
〇学校のトイレ
田無智「今日、辻本先生は学校に来てたよな」
記憶を辿りながら、智は言う。
田無智「で、標的の可能性がある・・・・・・逸見真友も今日は来ている」
鈴原雅「そして緒方さんは今日もお休み、だね」
田無智「辻本先生が仮に犯人、だとしてさ。先生が教室で、逸見のやつをさくっと殺すってことはできると思うか?」
こういうことを考えるのは、自分よりも璃王と雅の方が向いている。
それが向こうも分かっているので、彼等も少し考えた末に答えたのだった。
神楽璃王「意外と難しい気がするな」
鈴原雅「僕も同意。先生が立ってるのは教卓で、逸見さんは今窓際の一番後ろの席だったはず」
鈴原雅「ナイフでこっそり刺す、とかはちょっと現実的じゃないし・・・・・・」
鈴原雅「みんなこの状況でピリピリしてるだろうから不審な動きをしたらすぐ怪しまれるよ」
鈴原雅「いくら辻本先生が大人でも、小学生の他のみんなに止められたら犯行は断念せざるをえないと思う」
田無智「だよ、なあ?」
それに、教室に爆弾を仕掛けて、というのも難しいだろう。
これが無差別殺人犯なら話は別だが、あの書き込みの通りなら犯人の狙いは逸見真友ただ一人である。
爆弾なんか使ったら、どう調整したって他の生徒を巻きこみかねないではないか。先生がそんなことをするとは思えない。
〇教室
「一番後ろの席っていうなら、背後のロッカーに何か仕掛けて・・・・・・ってのは?
ボーガンみたいなやつ!」
智が言うと、ミステリードラマの見すぎだろ、と璃王に呆れられてしまった。
「俺達の教室のロッカー、蓋も閉まらない形状だろ。もっと言うと、逸見のすぐ後ろは掃除用具入れだ。
朝こっそり掃除してる生徒もいるし、誰がいつ開けるかもわからないところにトラップなんか仕掛けられるかよ」
「あー、それもそうか。誤射すると怖いもんな」
「誤射しなくても、仕掛けてあるのがバレるだけでアウトでしょ」
うーん、と三人とも考え込んでしまった。
あの殺人予告とも受け取れる書き込みから、多少緒方五月の件が関わっている確率は高くなってはきたが。
それも確証を得られる範囲ではない。辻本先生もだ。
実際は、全然違うクラスで起きたトラブルが起因しているのかもしれないし、
本当に爆弾で無差別テロを仕掛けてくるという可能性もゼロではないだろう。
と、そこまで考えた時に、智は気が付いた。
〇黒背景
『警察に連絡してはいけません、その時も爆破しマス。
私の要求は、追ってまたお知らせしますのデ、皆さんは絶対のその場を動かないでくだサイ。命令に従わなければ、全員死にマス』
〇放送室
あの言葉通りなら。犯人は、また何らかの要求や犯行声明を出すつもりではあるのだろう。
ところが、放送室はリアルタイムで犯人が喋っていたものではなかったし、
現在犯人自身の要求でどの教室も生徒や教員が出入りできる状況でなくなってしまっている。
仮に辻本先生が犯人だった場合も、教室からは出られない。
一体その状況で、どうやって次の犯行声明や要求を皆に伝えるつもりでいるのか。
SNSに書きこみをするのか、それとも関係者に直接電話?
いや、SNSに書きこんだら皆が気づかない可能性があるし、
電話何かしたら教室や職員室の別の人に気づかれないはずがないのだが──
それとも、どこかしらで犯人は自分の正体を明かすつもりでいる?
神楽璃王「犯人は、この状況でどうやって次の要求を学校側に伝えるつもりなんだろうな」
同じことを璃王も疑問に思ったようで、首を傾げている。
神楽璃王「追って伝えますってことは、そのうち何かアクションを起こすだろうけど。それを待ってから動いた方がいいのか?」
鈴原雅「どうだろう。それに、いくら教室を出るなって言ってもいつまで制御できるかな」
鈴原雅「六年生ならある程度言うこと聞くだろうけど、一年生だったら泣いてパニックになっちゃう子もいるよ?」
鈴原雅「誰かそのうち飛び出してきちゃってもおかしくないけど」
神楽璃王「それは思った。いくら犯人が要求しても、生理現象は制御できないから誰かトイレに行こうとしてもおかしくないしな・・・・・・」
正直、手詰まりに近い状況だった。これ以上、調べられることは何もないのだろうか。
犯人が要求を出すまで待っている、以外の選択肢はないのか?
田無智「・・・・・・なあ」
考えた末。智は口を開いたのだった。
田無智「確か緒方の家って、学校のすぐ傍だったよな?」