読切(脚本)
〇学校脇の道
グロロヴェルトの朝は早い。彼は爽やかな日差しが差し込む朝、日課としている散歩に出かけていた。
グロロヴェルト「ああ、今日も良い天気だなぁ。 白ちゃんが起きるまでまだ時間があるし、今日はいつもと違う散歩ルートを試してみようかな?」
優しい風を浴びながら、グロロヴェルトは微笑む。こんな何でもない幸せな毎日が続けば良いと、彼は心から思っていた。しかし──
「やぁ、グロロヴェルト君」
運命はいつだって、彼の望まない来訪者を連れてくる。それでもかけられた声に振り返ってしまう程度に、彼は素直な男だった。
グロロヴェルト「あのう、どちら様ですか?」
悪魔卿「ああ、挨拶が遅れて済まない。 私は悪魔卿。君と同じ怪人だよ」
悪魔卿「今日は君をスカウトに来たんだ。君の能力を以てすれば、世界征服も大虐殺も容易い。この世界に、我々こそが真の人類と知ら──」
グロロヴェルト「あ、申し訳ありませんが、お断りします」
悪魔卿「え?」
グロロヴェルトの言葉に、悪魔卿は信じられないものを見る目で彼を見回した。今まで、悪魔卿の誘いを断った怪人などいない。
特にグロロヴェルトのような「人造怪人」はそうだ。彼のような産まれ方をした怪人は大概、人間への憎悪を剥き出しに生きている。
悪魔卿「ぐ、グロロヴェルト君。どうしてだい。 君は人間に復讐したいと、そう思ったことはないのか? 人間が憎くはないのか!?」
悪魔卿の言葉に、グロロヴェルトは間髪入れず「はい」と答えた。彼は人造怪人でありながら、人間を憎んでいない稀有な怪物だ。
グロロヴェルト「僕は、白ちゃんと静かに楽しく暮らせたらそれで良いんです。世界征服とか大虐殺とか、そういう血生臭いことは苦手で・・・・・・」
悪魔卿「あ、あきらちゃん、とは・・・・・・?」
グロロヴェルト「雪代白ちゃん、僕の恋人であり、僕を此の世に生み出してくれた天才科学者でもあります」
悪魔卿はグロロヴェルトの言葉に、驚愕するばかりだった。自分を怪人として生み出した人間に恋をするなんて──
人造の怪人は、異なる命を受け入れることのない愚鈍な人間達に暴力と差別を受けるものだ。
それだけではなく、怪人側からも差別されることは珍しくない。自分達より劣った人間によって「造られた」事実は、それほど重い。
だというのに、目の前の怪人は実の創造主を愛しているという。あまつさえ、二人で幸せに暮らせれば良いと、甘い夢を見ている。
悪魔卿には信じられなかった。人間も、人間を愛する怪人も。信じられない者ならば、自分の矜持の為に壊してしまうしかない。
悪魔卿「成程、可哀想に。 君は虚ろな器として生まれたんだね。 その科学者の役に立つ為に、愛を語る欲望に操られているんだ」
悪魔卿「ならば私が助けてあげよう! 手始めにキミを作ったという雪代白の首を君に捧げてあげるよ。そうすれば、君も目が覚めるはず──」
グロロヴェルト「それは、僕の彼女であり母である白ちゃんを傷付けるということですか?」
悪魔卿の言葉に、グロロヴェルトが分かりやすく激昂する。彼は既に戦闘の構えを取っており、悪魔卿に対峙していた。
グロロヴェルト「白ちゃんを傷付ける相手は、例え同胞だろうとも許さない。少し痛い目を見せるけれど、けして死なないでね」
白ちゃんが悲しむからと、グロロヴェルトは静かに零す。悪魔卿はそれに激高し、両腕から炎を上げてグロロヴェルトに襲い掛かる。
悪魔卿「ならば、今此処で死んでもらおう! 怪人に愛を与える人間も、人間を愛する怪人も、我が計画には不要だ!」
グロロヴェルトに向かって円状の炎が飛ぶ、しかし、グロロヴェルトはそれを掌で受け止め、炎は刹那に鎮火してしまった。
悪魔卿「な、んだとっ・・・・・・!?」
グロロヴェルト「僕の皮膚は、この程度の炎で火傷を負わない。白ちゃんが僕の為に作ってくれた、調再生能力を持つカバースキンだから」
そして、と、グロロヴェルトは背中の鞄から武器らしきものを取り出す。悪魔卿は一瞬身がまえるものの、彼が取り出したのは──
それはハート形でピンク色の光が灯るライトであった。女児用玩具だろうそれに、悪魔卿は度肝を抜かれ、その次には激昂した。
悪魔卿「貴様、私を馬鹿にしているのか!? 私は悪魔卿、全ての怪人を統べる貴き者! 貴様なんぞ、今すぐに我が炎で」」
グロロヴェルト「ラブリン♡ハート♡アタック!!!」
グロロヴェルトがライトを振り下ろす。瞬間、ライトから強い光線が放たれ、悪魔卿の心臓を貫いた。
悪魔卿「がっ、はっ・・・・・・!?」
グロロヴェルト「こんな出会い方じゃ無かったら、君とも友達になることも出来たかもしれない、けれど・・・・・・僕は白ちゃんとの生活を守りたい」
倒れ込む悪魔卿。しかし、怪人にとって、この一撃は致命傷にはならない。グロロヴェルトは勿論、元から命まで取るつもりはない。
一応は日陰に悪魔卿を置いてやり、グロロヴェルトは散歩を続ける。そろそろ、彼の恋人である白が目を覚ます時間であった。
〇L字キッチン
グロロヴェルト「ただいま、白ちゃん! って、まだ起きてないかな?」
グロロヴェルトは元気よく家に帰り、そうしてキッチンに向かった。二人の朝食を作る為である。
グロロヴェルト「僕のはスペシャルドリンクで~、白ちゃんのはふわふわパンケーキかな~♪」
歌うようにキッチン用具を手に取り、慣れた手つきで食事を作るグロロヴェルト。そんな彼の背後から、にじり寄る一人の影が。
雪代白「・・・・・・グゥ」
グロロヴェルト「あ! 白ちゃんおはよう!」
彼の背後から現れたのは、白銀の髪と真紅の眼を持つ女性、雪代白だ。白はグロロヴェルトに近寄り、彼の小指をそっと握った。
雪代白「おはよう、グゥ・・・・・・おかえりなさい・・・・・・今日は、危険な目に合わなかった?」
グロロヴェルト「んーと、悪魔卿って人にスカウトされたけれど、断ってきちゃった!」
明るく答えるグロロヴェルトに、白は安堵したように彼の背中に額を押し当てる。彼は赤面しながらも、白の為の朝食を完成させた。
グロロヴェルト「はい、白ちゃん! 俺特製のパンケーキだよ! 朝ごはんにしよう!」
目の前に置かれた分厚いパンケーキに、白は普段の無表情に僅かな変化を見せる。グロロヴェルトは、この瞬間が一番好きであった。
雪代白「グゥ、ありがとう・・・・・・ 頂きます・・・・・・」
白が席に座り、パンケーキにフォークを伸ばす。が、次の瞬間、キッチンの窓から大きな破壊音が聞こえた。刹那、現れたのは。
ゼノビクト「ギャハハハ! 今日こそ俺との決着をつけてもらうぜグロロヴェルト! そして白を嫁にもらうぜぇ!」
騒々しい笑い声と共に、怪人ゼノビクトが現れた。彼はグロロヴェルトを捕まえる為、闇の組織が作り上げた傑作品だった。
しかし傑作品にありがちな話で、ゼノビクトは純粋にグロロヴェルトとの戦いを求め、その上で、白に横恋慕を始めたのだ。
グロロヴェルト「だーかーらー! 白ちゃんは僕の恋人だから君のお嫁さんにはならないの! そろそろ分かって!」
雪代白「私の恋人は・・・・・・グゥだけ・・・・・・」
ゼノビクト「何だよ、つれねぇしラブラブだな! まぁ、俺的には三人で一緒に暮らすってのも良いと思ってるけどよ!」
グロロヴェルト「駄目だって」
雪代白「駄目・・・・・・」
つれない二人に、ゼノビクトは分かりやすく落胆する。そんな彼を見て、グロロヴェルトは床に散らばった硝子を片付けつつ言う。
グロロヴェルト「3人で結婚するのは認めないけど、朝ごはんぐらいなら食べさせてあげるよ? 白ちゃん、良い?」
雪代白「それなら・・・・・・良いよ・・・・・・」
ゼノビクト「良いのか!? ありがとう!」
二人の了承に、ゼノビクトは子供のように喜ぶ。ある意味で無邪気な彼を眺めて、グロロヴェルトと白も仕方なしと微笑んだ。
〇おしゃれな居間
食事が終わった後、三人はリビングで本を読んでいた。ゼノビクトに至っては、本を開いた瞬間に大いびきをかいて寝てしまったが。
ゼノビクト「ぐご~・・・・・・ぐご~・・・・・・」
グロロヴェルト「ふふ、ゼノビクト、すっかり寝ちゃったね」
外は暑いが冷房の利いている部屋だ。グロロヴェルトはゼノビクトが風邪を引かないよう、薄いタオルケットをおなかにかけてやる。
そんな甲斐甲斐しい様子を見ながら、白はグロロヴェルトに対して、ほんの少し悲しげに問う。
雪代白「グゥ。私に造られたこと、後悔してない?」
グロロヴェルト「えっ!? いきなり、どうしたの?」
驚くグロロヴェルトに白は続ける。彼を作り出したことは、自分のエゴではなかったかと。
雪代白「父と母が『あの事件』に巻き込まれた淋しさから、私は貴方を造った。でも、決して死なない人間を欲した私は、貴方を怪人にした」
雪代白「それは許されること・・・・・・? 貴方の人生を、私のエゴの所為で、つらく険しい道にしてしまったのに・・・・・・?」
グロロヴェルト「それは違うよ!」
グロロヴェルトの言葉に、白は驚き目を見開く。彼は白を抱き締め、続く愛の言葉を重ねる。
グロロヴェルト「白ちゃんが僕を作ってくれたから、僕は世界を生きる幸せを知った。白ちゃんを愛する幸せを知った。僕は生まれて幸せなんだ」
グロロヴェルト「だからね、白ちゃん。 これからも僕と、一緒に幸せに暮らそう」
グロロヴェルトの言葉に、白は赤面した。真直ぐな愛の言葉はけれど、白の涙を吹き飛ばし、彼女に明るい微笑みを浮かべさせた。
雪代白「・・・・・・分かった。 ずっと・・・・・・一緒に・・・・・・ 幸せに、なろう」
ゼノビクト「ううん・・・・・・俺も・・・・・・ 幸せになりたぁい・・・・・・」
いびきの間にそんな寝言を零すゼノビクトに、二人は楽しげに笑った。三人で暮らすことも、悪くはないと思うほどに。
グロロヴェルト「でも、ゼノビクトはお婿さんというより息子だよね」
雪代白「そう、だね・・・・・・ 私と、グゥの、子供・・・・・・」
なんとなく照れてしまう二人のことなど露知らず、ゼノビクトはすやすやと健やかな寝息を立て続ける。
こんな日常が、何時までも続いていく。
グロロヴェルトとその愉快な仲間達の幸せな日常に、終わりはないのであった。
ほのぼのとした日常っていいですね。
グゥちゃんの作ったパンケーキ美味しそうです!
怪人として生まれたからといっても、別に人間を憎む必要はないんですよね。
見た目と中身が違いすぎるキャラクターの最たるものでした。だからこそ、その「優しさ」だけでどう戦うのか、彼女をどう守っていくのか、強く惹きつけられました
ひたすら純愛で優しくて温かい世界が広がっていました。人種を超えた愛、突然思いがけない展開で息子のような存在、家族ができたこともとっても微笑ましかったです。