第六話「ヤミ」(脚本)
〇学校のトイレ
田無智「・・・・・・いじめ?」
発見した、この学校の裏掲示板らしきもの。見つけたものは少し前のログだったが、それでも智を驚かせるには充分だった。
六年三組は、自分達のクラスである。
だが、そこでいじめがあったという話は聞いたことがなかった。
一カ月ばかり休んでいる生徒はいたが、先生は本人が病気になってしまって療養していると言っていたのだ。
風邪が治ってはぶり返しての繰り返しで、それで学校に来られないと。だから不登校という認識もなかったというのに。
休んでいる少女の名前は、緒方五月《おがたさつき》。
確かに掲示板に書いてあった通りの、非常に大人しい少女である。
鈴原雅「あーうん・・・・・・噂は、あったんだよね」
雅が渋い顔で言った。
鈴原雅「緒方さん、休み時間も一人で本読んでるタイプだったでしょ?それでも時々、クラスでも陽キャ系の女子に話しかけられててさ」
鈴原雅「話してる内容はわからなかったけど、なんか緒方さんの顔がこわばってるなあって思ってて」
田無智「そいつらにいじめられてたってことか?」
鈴原雅「そこまでは。でも、緒方さんが学校の裏掲示板で叩かれてるらしいって話はちらっと聞いてたかな」
鈴原雅「まさか、小学校の掲示板にヲチ版なんて吐き気がするようなものがあるとは思ってなかったけど」
田無智「マジかよ・・・・・・」
ヲチ版、というのは。
掲示板の中でも特に“嫌いな奴をみんなで叩く”“嫌いな奴に関する愚痴を言う”ことを主流とした掲示板であるらしい。
アニメの掲示板、特定の仕事の業界の掲示板、芸能人やらスポーツ選手やらWEB作家たちやら──
とにかくありとあらゆるところで、そういう掲示板は存在しているという。
そういうところで、匿名で誰かを叩いてストレスを発散する。想像しただけで陰湿で、気分が悪くなる代物だったが。
田無智「そういう噂があったなら、何で俺に言わなかったんだよ」
智としては、納得がいかない。
田無智「いじめするような奴なんか、俺がぶっ飛ばしてやるのに!」
神楽璃王「馬鹿、だから言わなかったんだって」
嗜めて来たのは璃王である。
神楽璃王「これが、男子同士の喧嘩だったらまだ話は早かったよ。いじめっこをぶっ飛ばせば解決したかもしれないさ」
神楽璃王「でも、女子同士のいじめで、しかもそれが学校で行われてないってなると殆ど俺達にはお手上げなんだ」
田無智「なんでだよ!」
神楽璃王「じゃあ訊くけど。緒方さんが苛められてるって分かってて、いじめ主犯もわかってるとしよう」
神楽璃王「緒方さんをいじめるな!ってお前は主犯に言いに行くよな?」
神楽璃王「あるいは、いじめられてる現場を見かけたら間に入って止めようとするよな?」
田無智「当たり前だ、見て見ぬフリなんかできるか!」
神楽璃王「それが逆効果になることもあるんだって」
神楽璃王「・・・・・・男女って厄介なんだよ。傍から見ると、お前が緒方さんを好きだから庇ったように見えるんだ」
田無智「はあ!?いじめを助けるのに、恋愛って関係ねーじゃん!」
神楽璃王「俺もそう思う。でも、思わない奴もたくさんいるんだ」
それってつまり。緒方五月が、智と恋愛関係にあるのでは?みたいな噂を立てられて、からかわれてしまうこともあるということか?
なんだそれ、と智は眉を跳ね上げる。到底納得できるものではない。
鈴原雅「いじめってそういうものなんだよ。悔しいことだけど、燃料を与えると余計燃えちゃうんだって」
鈴原雅「智が派手に庇うと、それだけでいじめが悪化する可能性もある」
鈴原雅「いじめられた子が簡単に先生を頼れないのもそういうこと。告げ口した!って言われて悪化するから」
過去、自分も実際にいじめられた経験のある雅の言葉は重い。
鈴原雅「それに、SNSいじめってもっと難しい」
鈴原雅「さっきの雑談掲示板なんかまだ大人しい方だけどさ、それでも誰が書きこんでるか全然わからないでしょ?」
鈴原雅「そりゃ、弁護士とかに開示請求して貰えばわかるようになるんだろうけどさ、子供が簡単にできることじゃないし」
田無智「そりゃそう、だけど」
鈴原雅「智のことだから、緒方さんがヲチ版とかで叩かれてるのを見たら“そんなことやめろ!”って書きこんで止めようとするんだろうけど」
鈴原雅「それこそ逆効果なんだって。誰が書きこんだのかわからないってことは・・・・・・」
鈴原雅「緒方さんが自分で自分を庇う発言を書きこんだわけじゃない、って証明する方法もないってことなんだ。自演って言うんだけど」
田無智「え」
鈴原雅「自分で、自分を庇うような発言したらさらに叩かれる」
鈴原雅「いくら智が“自分は緒方さん本人じゃない”って言ってもそれを証明する方法なんかないんだよ」
鈴原雅「掲示板の上で智が“自分は田無智だ”って名乗り出て、かつ現実のクラスでも自分が書きこみましたって宣言すれば話は別だけど」
鈴原雅「・・・・・・その場合は、さっき璃王が言ったことと同じことが起きる。結局、恥かくのも傷つくのも緒方さんなんだよ」
田無智「そんな・・・・・・」
鈴原雅「そう、だからああいうところに書きこまれても、反応しないで火が自然に落ち着くのを待つしかないの。いじめっ子達が飽きるまでね」
なんて理不尽な。智は言葉も出ない。何故、正しいことを正しいと言うこともできないのだろう。
それって結局、彼女が一人で我慢するしかないということではないか。
神楽璃王「誰にも見られない場所で、こっそりエールを送ったり励ますことはできるだろうし」
神楽璃王「・・・・・・実のところそれは俺も雅もやってるけど。でも、それくらいなんだよな、できることなんて」
納得していないのは、璃王も同じだろう。その顔が、忌々しそうに歪む。
こんな事件を起こすような人間の心当たり。
学校に恨みを持つ者はいないか――と思って情報を探した結果、知ってしまったのは思いもよらぬ人間の闇だった。
自分のクラスにそんなことが起きていたなんて、と思うと智は悔しくて仕方ない。同時に、今まで何も気づかなかったことも。
田無智(このいじめって、今回の騒ぎと関係あるのか?確かに、緒方五月なら学校を恨む理由はあるってことなんだろうけど)
それと、もう一つ。
田無智「いじめの主犯のHって、誰だ?うちのクラスにHのつく苗字の女子、三人しかいないし」
田無智「しかも優等生系っていうと一人しか思いつかないんだけど」
神楽璃王「うん、彼女で当たってると思う」
このクラスで成績トップは璃王だが(ただし体育はあまり良くないが)。その璃王の次点として名前が挙がる生徒がいる。
逸見真友《へんみまゆ》。
現在ピリピリしていると噂の、中学受験組の一人でもあった。