第2話「夜の訪問者」 (脚本)
〇英国風の部屋
第2話
「夜の訪問者」
ローズ「連れ出すって・・・どうやって?」
ローズ「というか、どうしてあなたがここにいるの?」
ローズ「あ、もしかしてこの屋敷で働いてるとか?」
ローズ(住み込みで働いてるなら、こんな時間にこんなところにいてもおかしくないわよね)
少年「・・・そうだね」
私はドアノブを捻る。
ガチャガチャ
ローズ(やっぱり開かないわ)
ローズ(この扉の向こうに彼がいるのに・・・)
少年「静かにして、ローズ ここにきてることがバレたらまずいんだ」
ローズ「あ・・・そうよね ごめんなさい」
少年「ところで君 ここにきてから食事をとってないって聞いたけど、本当?」
ローズ「え? ええ・・・」
ローズ「ハロウズ家の人たちに与えられたものなんて食べたくないの」
少年「食べないと死んじゃうよ」
ローズ「それでもいいの こんな生活、もう死んでるのと同じじゃない」
少年「それじゃ僕が困るな 君を助けられなくなる」
ローズ「それ、本気で言ってるの?」
少年「ああ」
少年「君の15歳の誕生日 必ず君をここから連れ出すよ」
少年「だから、それまで待ってて」
ローズ「・・・本当に? 信じていいの?」
少年「もちろん」
ローズ「・・・わかったわ」
ローズ「ありがとう・・・ 私、あなたを信じて待ってる」
胸にあたたかな希望の光が灯る。
私にはもう
優しく見守ってくれるお父様も
愛ある小言を言ってくれる
お母様もいないけど──
ローズ(彼だけは私の味方なんだわ! 大好きな彼だけは・・・)
ローズ「ねえ ここを出たら約束通り私と結婚してくれる?」
少年「君が望むなら」
すべてを失った私に残されたもの。
それは彼のくれた希望──
この恋と、未来の約束だけだった。
〇英国風の部屋
それから、皆が寝静まる頃になると彼は私の部屋を訪ねてくるようになった。
少年「今日はちゃんと食べた?」
ローズ「ええ」
明るい展望を持ち、お腹が膨れてくると、今度は外のことが気になってくる。
ローズ「ねえ、あなたは何か知ってる?」
ローズ「どうしてこの家の人たちがうちを襲ったのか・・・」
少年「ローズは知らないの? ハロウズ家とメイウェザー家の対立を」
ローズ「え?」
少年「有名な話だよ」
少年「王家とゆかりの深いハロウズ一族と、代々優秀な武人を輩出してきたメイウェザー一族の王宮での対立は」
ローズ「そ、そうだったの?」
少年「そこに王権争いが絡んで、ついに武力衝突に発展したんだ」
少年「それが少し前の、君の家が襲われたあの事件さ」
ローズ「お、王権争いにどうしてうちが巻き込まれるのよ?」
ローズ「うちは王族でも何でもないわよ?」
少年「この国には今、二人の王子がいるだろ?」
少年「これは彼らの代理戦争なんだよ」
ローズ「代理戦争?」
少年「君のお父さんは第一王子派」
少年「ハロウズ家当主のフィリップ・ハロウズは第二王子派だってことは貴族の間じゃ有名みたいだけど・・・」
少年「本当に知らなかったの?」
ローズ「知らなかったわ・・・」
何も、知らなかった。
ローズ(だから身に降りかかるすべてのことに振り回されるしかなかったんだわ)
ローズ(自分のことなのに 何が起きているのかも知らずに)
ローズ「知らないって恐ろしいことね・・・」
ローズ「私、ここを出たらもっといろんなことが知りたいわ」
ローズ「自分の目で世界を見てみたい」
ローズ(そんなこと今まで考えたこともなかったけど・・・)
少年「情勢が落ち着いたら旅に出るのもいいかもね」
ローズ「それ、素敵ね!」
ローズ「ここを出て、あなたと夫婦になって 二人で広い世界を回れたら──」
ローズ(そんな未来が待ってるなら、この屈辱の日々もなんとか耐えられるわ!)
〇空
1ヶ月後
ローズの誕生日前夜
〇英国風の部屋
ローズ(明日は待ちに待った誕生日)
ローズ(やっとこの生活ともおさらばできるのね!)
フィリップ「久しぶりだな ローズ・メイウェザー」
ローズ「あなたは!」
フィリップ「私はフィリップ・ハロウズ この屋敷の主人だよ」
フィリップ「今日はおまえにいい話を持ってきてやったぞ」
ローズ「いい話? こんなところに閉じ込めておいて何言ってるのよ!」
フィリップ「ふっ 血の気の多い娘だ まあ落ち着け」
フィリップ「──おまえを息子の妻として迎えよう」
ローズ「!?」
ローズ「な、何言ってんのよ!! そんなの承知するわけ・・・」
フィリップ「おまえの意思は関係ない」
フィリップ「息子がおまえを気に入ったそうでな」
フィリップ「生き残ったメイウェザー家の娘であるおまえを我が一族に取り込んでおけば、メイウェザー派のやつらへのいいけん制にもなる」
フィリップ「我が家門にとっても悪い話ではない」
ローズ「ふざけたこと言わないで! 勝手に決めないでよ!!」
フィリップ「勝手だと?」
フィリップ「ふん おまえの命運などとっくに私の手の中だ」
フィリップ「式は三日後だ」
フィリップ「それまでにせいぜい心の準備をしておくんだな」
ローズ「ちょっと・・・」
ローズ「ば・・・」
ローズ(馬鹿にしてるわ!!)
ローズ(結婚ですって!? あんなやつの息子と!?)
ローズ(冗談じゃないわ!!)
ローズ(あり得ない 絶対にあり得ない!!)
ローズ(想像しただけで吐き気がするわ!!)
ローズ(でも・・・ こんな扱いもあと少しの辛抱よ)
ローズ(だって、明日になれば彼が迎えにきてくれるんだから!)
何も絶望することはない。
だって私には
彼のくれた希望があるんだから!
しかし──
〇英国風の部屋
翌日
ローズの誕生日 深夜
ローズ(どうして・・・?)
ローズ(どうしてきてくれないの?)
一日中待っていても、彼は現れなかった。
〇空
その後も彼が私の部屋に現れることはなく──
〇空
とうとう結婚式当日を迎えてしまった。
〇英国風の部屋
メイド「ローズ様! 大人しくしてください!」
ローズ「嫌よ! やめてって言ってるでしょ!」
私はウェディングドレスを払いのける。
メイド「それなら仕方ありませんね」
ガシッ
ローズ「な、何するのよ!」
メイドが背後から私を押さえ込み、
湿った布を鼻と口に押しあててくる。
ローズ「むぐっ!?」
ローズ(何これ!? 薬の臭い・・・?)
ローズ(なんだか意識が──)
バタッ
〇貴族の部屋
「ん・・・」
〇貴族の部屋
気がつくと、私は見知らぬ部屋のベッドの上に寝かされていた。
ローズ(ここ、どこ?)
ローズ(あ! 服が変わってる)
ローズ(これ・・・ウェディングドレスよね? 外ももう暗いし・・・)
ローズ(結婚式はどうなったの?)
???「気がついたか」
薄明かりに照らされて、ぼうっと人影が浮かび上がる。
サイラス「ずいぶんよく寝てたな」
ローズ「誰・・・?」
サイラス「俺はサイラス・ハロウズ 今日、おまえの夫になった男だ」
ローズ「!!」
サイラス「覚えてないか? まあそうだよな」
サイラス「薬のせいで生き人形のような状態で 結婚させられたんだから」
ローズ(やっぱり私、結婚しちゃったんだ この男と・・・)
ローズ(私は大好きなあの人と結婚して── 広い世界を見にいくはずだったのに!)
憎い──
この男が、憎い!
サイラス「そんなに睨むなよ」
サイラス「おまえは運がよかったんだぜ」
サイラス「あの事件で生き残り、我が家に保護され、ハロウズ家の跡取りである俺の妻になった」
サイラス「おかげで今後の生活も安泰だ」
ローズ「勝手にさらってきておいてありがたがれっていうの?」
サイラス「そう怒るなよ ま、その威勢のいいところも嫌いじゃないけどな」
サイラス「とにかく、おまえにはその対価を払ってもらうぜ」
ローズ「対価?」
サイラス「妻の役目を果たしてもらう この意味わかるだろ?」
ローズ(い、嫌よ・・・ この人はお父様たちを殺した仇の息子なのよ!)
ローズ(そんな相手と寝所を共にするなんて・・・)
しかし、ここには私を守ってくれる人は誰もいない。
両親は死んでしまったし、あの少年も助けにはこない。
ローズ(嫌なら自分で何とかするしかないんだわ・・・)
ローズ(私が自分の力で──!)
私は目だけで辺りを見回し、部屋にあるものを確認して、頭をフル回転させた。
サイラス「さっさと脱げよ それとも脱がしてほしいのか?」
ローズ「・・・明かりがついたままじゃ嫌だわ 消してくれる?」
サイラス「ふん 仕方ないな」
サイラスは燭台(しょくだい)の火を消そうと、私に背を向ける。
ローズ(今だ!)
私はベッドの近くに置いてあった足台を持ち上げ──
サイラス「ぐぁっ」
サイラスの後頭部を殴った。
倒れた彼の頭から、どくどくと血が流れる。
ローズ「はぁ、はぁ・・・!」
ローズ(し、死んだ?)
ローズ(死んだわよね・・・きっと こんなに血が出てるんだもの)
ローズ「・・・ははっ」
乾いた笑いがこぼれる。
ローズ「当然の報いよ──!」
口から出た声は、まるで私じゃないみたいに冷たかった。
ローズ(・・・って、言ってる場合じゃないわ)
ローズ(早く逃げなきゃ! 誰かに見つかる前に──)
???「ローズ!」
ローズ「え?」
この声は──
開いた扉の前に立っていたのは──
殺した夫によく似た顔の少年だった。
ローズ「え・・・?」
彼は部屋の惨状を呆然を見つめて、
少年「・・・ローズ?」
──愛するあの人の声で、私を呼んだ。
第2話「夜の訪問者」終
第3話に続く