糠星に聖なる願いを

眞石ユキヒロ

二人だけの世界(脚本)

糠星に聖なる願いを

眞石ユキヒロ

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〇ダブルベッドの部屋
三ツ森ツカサ「祐護さんはさ、今、自分が生きてるって思うか」
  白星が帰ってから一週間が経った日の夜。
  浮かない表情のツカサがそんなことを口にした。
見藤祐護「何の話?」
三ツ森ツカサ「祐護さんはここで俺と一緒に生きてるかって話」
  ベッドに座る俺を見おろすその目にはいつにない真剣さがみなぎっている。
  一週間前に言われたことを思い出す。
見藤祐護「ここで生活してると、生きてるのか死んでるのかわからなくなるときはあるかな」
見藤祐護(かなり要領を得ない質問だけど、ここに来た頃の自分と同い年ぐらいだった白星に影響されてるのか?)
見藤祐護(それとも『ツカサがいなくなったら死ぬ』みたいに思われる顔してるのかな、俺)
  ツカサは腕を組んで、俺から視線を外して眉間にしわを寄せた。
見藤祐護「言っておくけど、ツカサといるのは嫌いじゃないから。 ただ、まぁ……えっと……」
  ツカサの険しい表情が一切変わらなくて、言葉に詰まる。
三ツ森ツカサ「俺といるのは好きって言ってもいいんだぜ。 ……おやすみ」
  見透かすような笑みを見せたツカサが、俺に背を向けた。
  俺は笑みを返すこともできないまま、ベッドに倒れた。

〇黒
見藤祐護(白星がやってきた影響は、俺の心にもかなり大きく出ている)
見藤祐護(もしもあの年の頃、アスタリスクから元いた場所に帰れていたらどうなっていたんだろう)
見藤祐護(家族がいなくなったことを、受け入れて生きていけたのだろうか)
見藤祐護(そしたらあの人はアスタリスクに残ってたのかな。あの人にならツカサを託せるかな?)
三ツ森ツカサ「なにそれ、最悪」
  無限の暗闇にツカサの姿が浮かび上がった。
三ツ森ツカサ「祐護さんは俺に会わない方がいいの?」
見藤祐護(それは嫌だ!けど……)
三ツ森ツカサ「嫌だけど、なんだよ? ……何が言いたいの?」
  ツカサが俺を上目遣いに見上げて、蠱惑的な笑みを浮かべた。
三ツ森ツカサ「言いなよ、本当の気持ちを」
  ツカサの両手が俺の頬を包んだ。温度がない。
見藤祐護(やめてくれよ、そんな、俺は……。 俺は、俺が、ツカサを、好きなら)
見藤祐護(俺が好きなら、一生一緒にいられるのかよ……。 生きていてくれるのかよ……!)

〇ダブルベッドの部屋
  目覚めるとアスタリスクの暗い朝だった。
  明かりをつける気にはなれない。
見藤祐護(最初に母が死んだ。 追うように弟が死んだ。 ここで一緒に暮らしたあの人はいなくなった)
見藤祐護(みんな、俺の好きな人だった。 俺の大切な人だった)
見藤祐護(アスタリスクに来る人達は結局みんな帰っていく。 ツカサ、ツカサは……俺の……)
  考えれば考えるほど、動けなくなる。
見藤祐護「……今はやめよう」
  他人の運命なんて、考えてどうにかなることじゃない。
  俺は仕方なく部屋の明かりをつけた。

〇高い屋上
  朝の時間の星空の下で洗濯物を干す。
  なんとも奇妙な文章だが、一日中夜のアスタリスクではこれが事実として存在する。
見藤祐護(あの人がいなくなってからだ。ずっと夜になったのは)
三ツ森ツカサ「祐護さん、こっちは干し終わったから手伝うよ!」
  二人同時にかごの中の洗濯物に手を伸ばして、同じものを掴んでしまう。
見藤祐護「ご、ごめ……」
  慌てて手を引っ込める。
三ツ森ツカサ「祐護さん、元気ないな。 いつもなら引っ張り合うところなのに」
三ツ森ツカサ「……大丈夫だよ、祐護さん。 俺が絶対!絶対!ここで祐護さんを幸せにするから」
  ツカサが手の中に残った洗濯物をピンチハンガーにつるす。
  背が低めなツカサの、ピンチハンガーを見上げる姿勢は、いつもちょっと苦しそうに見える。
見藤祐護「ここじゃなければ太陽の光もあるし、身長伸びるかもしれないのに?」
  ぽろっと、言葉がこぼれた。
  ツカサが顔だけをこちらに向けて、俺をにらみつけた。
三ツ森ツカサ「ふざけんなよ、こっちは真剣なんだからな」
見藤祐護「俺も真剣だよ。 ツカサ、ここから出て行きたいと思ったこと、ないの?」
見藤祐護「もっと他の景色が見たいとか、もっと色んな人と出会いたいとか。 そういうのはあってもおかしくな……」
三ツ森ツカサ「祐護さんは俺に出て行ってほしいの?」
  ツカサの表情が切なげに歪む。
見藤祐護「そんなんじゃないって!ツカサのことは嫌いじゃな……」
三ツ森ツカサ「祐護さんって時々どうしようもない鈍感野郎だよな」
  洗濯物を吊す作業を続けるツカサに習って、俺も無言で洗濯物を吊す。
  風はなく、ピンチハンガーの揺れる音だけが漂っていた。

〇森の中
見藤祐護(一通り家事が終わったはいいけど、さっきから事務的な会話しかしてないな)
  自分がしくじったのはわかっている。
  ツカサへの誠意を見せるため、一週間前に話題に上ったガーデンテーブルをここに設置した。
  パラソル付きの立派なヤツだ。
  今日は何を淹れるかも自分で選んだ。カモミールだ。
  ……淹れるのはツカサの役目だけれど。それはそれ。
  そうじゃないと寂しいから、そうしてほしい。
見藤祐護(鎮静効果があるっていうし、ツカサもこれで気持ちが落ち着くかもしれないよな)
見藤祐護(ツカサが落ち着くのと、俺が誤解を解けるのかはまた別問題かもしれないけどさ……)
  ガーデンテーブルに肘を乗せてあれこれ考えていると、ティーセットの載ったトレイを持つツカサが庭に出てきた。
  テーブル上のオイルランプにぼんやり照らされたツカサの表情に笑顔はない。
三ツ森ツカサ「あのさ、どうしようもない鈍感野郎の祐護さんにはっきり教えてあげるけどさ」
  テーブルにトレイを置いて、ツカサは椅子に座る俺に頬ずりした。
三ツ森ツカサ「俺は身長を伸ばしてこういうことがしたいの」
  耳の穴に吹き込まれた言葉を飲み込むことが恐ろしく感じられた。
見藤祐護「こ、高身長になって見栄を張りたいんだと思ってたけど?」
三ツ森ツカサ「怒っていいか?」
  両手で頬を包まれて、強制的にツカサの方を向かされた。
  ツカサの顔が近づいてくる。
見藤祐護「ツカサのことは嫌いじゃないけど……」
三ツ森ツカサ「それはもういいって! ……そうじゃなくて、もしも祐護さんがここから……」
  ツカサは何かを言いかけて結局口をつぐんだ。
三ツ森ツカサ「やっぱ、いい」
  ツカサの両手が俺の頬から離れて、熱だけが残った。
  気持ちを落ち着かせるためにカモミールに手を伸ばす。
見藤祐護(こんな時でも、ツカサの淹れてくれたものは変わらずおいしいんだな)
見藤祐護(……変わらずそばにいてくれるなんて、あるのかな)

〇L字キッチン
見藤祐護「ツカサは来月誕生日だけど、欲しいものってある?」
  夕食のニジマスを口に運びながら、なんとか話題を明るい方向に持って行く。
  ツカサの表情が固まり、箸が止まる。
三ツ森ツカサ「何でもいい?」
見藤祐護「叶えられることならね」
  懇願するように頼りなげに眉尻を下げて、ツカサが小さく口を開いた。
三ツ森ツカサ「祐護さんに、ここからいなくならないでほしい」
見藤祐護「十五年もここで過ごしてきて今更いなくなるわけないでしょ」
三ツ森ツカサ「じゃあなんで今更、俺にここを出て行きたくないかなんて聞いたんだ? そんなこと言われたら、疑っちゃうじゃん……」
三ツ森ツカサ「祐護さん、本当は俺と一緒にいるの嫌なの?って」
三ツ森ツカサ「ここから出て行きたいのか?って」
  俺の手の中から箸が落ちた。
  そんなつもりじゃないと言いたい。そう言えばますます誤解させるだろうから、言えない。
見藤祐護(もっと、もっと、なにか……言うべきことが)

〇ダブルベッドの部屋
三ツ森ツカサ「俺といるのは好きって言ってもいいんだぜ」

〇黒
三ツ森ツカサ「言いなよ、本当の気持ちを」

〇L字キッチン
三ツ森ツカサ「祐護さんが俺を嫌いでも、ここにいたくなくても、俺は……。 俺は祐護さんと、ここで、ずっと……」
見藤祐護「好き、だけど」
三ツ森ツカサ「ん?んん?」
  ツカサが目を丸くした。
見藤祐護「ツカサとの生活は好き、だよ」
三ツ森ツカサ「もう一回、言ってもらっていい?」
  涙目のツカサにパッチポケットから取り出したボイスレコーダーを向けられた。
見藤祐護「……ちゃんと聞こえてたでしょ?」
三ツ森ツカサ「あと一回言うくらいなら簡単だろ? 一回言えばほぼ永遠になるんだし」
見藤祐護「なんか怖いから撤回していい?」
三ツ森ツカサ「ごめんって!永遠に覚えとくから! ……祐護さん、ありがと」
  ツカサがボイスレコーダーを置いてニジマスにかぶりつく。
見藤祐護(言っちゃった……言ってしまった……。 この場合言えた、なのかな?わからないな?)
見藤祐護(ツカサが喜んでるからいいのかな? 喜んでるツカサを見ると俺も幸せだから良いんじゃないかな?)
  笑顔のツカサとは反対に、よくわからないことを考えて現実逃避する俺だった。

〇ダブルベッドの部屋
  ツカサの部屋でコントローラーを持ってソファに座って、テレビに向かう。
  テレビ画面にはポップなコースを走る、これまたポップなキャラクターが映し出されている。
  アスタリスクに地球の電波などは届かないが、電波やネット環境に依存しないゲームなどは問題なく遊べる。
  元の世界では手が届かなかったというツカサは、ここに来たばかりの頃は「ゲームってどんなの?」と控えめにアプローチしていた。
三ツ森ツカサ「あっ!アレほしいアレ! こないだ読んだ雑誌に載ってたヤツ!三人の超能力者がテロ組織に戦いを……!」
  今ではゲームでの対戦中に、こんなにも堂々と要求してくる。
見藤祐護「18歳以上推奨って書いてあったでしょ!ダメだから!」
三ツ森ツカサ「18歳以上推奨であって!18歳未満閲覧禁止じゃないじゃん!」
見藤祐護「なんか変な影響あったら俺が困るから!」
三ツ森ツカサ「変な影響って、何!?」
見藤祐護「わからないけど!ダメだから!……って、ああっ!」
  俺の操作するキャラクターが、前を走るツカサのキャラクターからの妨害を受けてコースアウトした。
三ツ森ツカサ「じゃあ、このレースに勝ったら俺が祐護さんの一生をもらう!」
見藤祐護「勝手に変な約束取り付けないでよ!」
  ツカサのキャラクターはコース復帰した俺のキャラクターからの様々な妨害をものともせず、スーッとゴールに逃げていった。
  コントローラーを投げ捨てて立ち上がったツカサが、俺に覆い被さるように抱きついてきた。
  ソファの肘掛けに倒れそうになるが、なんとかツカサの体重を支える。
三ツ森ツカサ「へへっ、祐護さんもらっちゃった!」
見藤祐護「言っておくけどさっきの約束、承諾してないからね」
三ツ森ツカサ「いいよ、ここなら時間はかけ放題だから。 少しずつもらってけば、最終的に全部になるし!」
  無邪気な声音がなぜか恐ろしくて、『どうやって』という疑問を差し挟めなかった。

〇ダブルベッドの部屋
見藤祐護(『五月十日、来訪者なし。 ツカサに誕生日のリクエストを聞く。』)
見藤祐護(『全部、簡単に承諾できる内容ではなかった。 引き続き、何がいいかは聞いていくつもりだが、どうなるやら。』)
見藤祐護(『今日の紅茶:紅茶じゃないけどカモミール』)

〇ダブルベッドの部屋
見藤祐護(ツカサも俺に嫌われてないかとか俺が出て行かないかって、不安に思ったりするんだな)
見藤祐護(振り返ると、ここ最近は自分のことばっかり考えてたな、俺)
見藤祐護(ツカサの願いを全部叶えるとかは絶対無理だけど……。 何が望みかを聞くことは、怠らないようにしないと)
見藤祐護(ツカサは俺のそばからいなくならないって、少しずつ信じよう)
見藤祐護(……今度こそは、いなくならないって)

〇神殿の門
  そして六月五日、ツカサの誕生日前日。
見藤祐護「ど、どういうこと!?」
三ツ森ツカサ「祐護さん、馬がいるところで大声出しちゃダメ。 あと近づくのは左の斜め前から。後ろからは絶対ダメ」
見藤祐護「わかったけど、本当にどういうこと?」
キャロルアスター「こっちだってわかんないよ!」
  人間の言葉をしゃべる馬が、アスタリスクに現れた。

次のエピソード:渡したいバナナ(前編)

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