殺意の向き先(脚本)
〇ホームセンター
リヒト「やめろおぉぉぉ――ッ!!」
<硬質>を蹴り飛ばす。
盛大に骨が折れる音がしたが、今はそれどころじゃない。
サツキ「り、リヒト・・・」
リヒト「今は、逃げるぞ!」
サツキを抱きかかえ、ホームセンターへ移動する。
〇更衣室
更衣室に入り、ベンチにサツキを寝かせ、ロッカーを倒してバリケードを作る。
サツキ「リヒト・・・ごめ、アタシ・・・」
リヒト「大丈夫だ、絶対に助けてやるから!」
傷口を抑えるが血が止まる気配はない。
当たり前だ。右肩から右胸の一部がごっそりと失われている。
傷口は深く、恐らく肺まで到達している。
どう見ても致命傷だった。ひゅうひゅうという荒い呼吸がそれを物語っている。
サツキ「リヒト、ごめん・・・アンタの、助けにって・・・」
サツキ「・・・足でまといに、なって・・・」
リヒト「今は喋るな! 治療に――」
サツキ「・・・最後なんだ、聞いて・・・くれ・・・!」
サツキ「・・・アタシは、もうダメだよ・・・分かってるんだ・・・だから、聞いてくれよ・・・」
リヒト「・・・ダメだ、上手くいけば間に合う」
傷口から押さえつけながら首を振る。
サツキ「・・・ずっと、好きだったんだ、リヒトのことが」
サツキ「リヒトを置いて、逃げ出して・・・後悔した・・・もう、会えないって・・・」
サツキ「だって、変異種だから・・・リヒトが死ぬって思ったら・・・伝えなきゃって・・・」
リヒト「・・・うん」
サツキ「・・・生きてて、よかった・・・」
サツキの体が震え出す。
サツキ「・・・リヒト、このまま、死なせて・・・お願い・・・」
リヒト「嫌だ、サツキは死なせない!」
<硬質>に噛まれたサツキは、既に感染している。
それならゾンビ化まで命を持たせられれば――
サツキ「・・・──や──だ・・・」
部屋の外がうるさい。追いついてきた<硬質>がドアを殴りつけているらしい。
か細い声を聞き漏らさないよう、顔を近づける。
サツキが抱き着いてくる。
サツキ「・・・ゾンビは、いやだ・・・」
サツキの切れ切れとした言葉に、どうしようもなく傷ついた自分がいた。
サツキ「・・・最後に、わがまま・・・いい?」
リヒト「・・・もちろん」
サツキ「・・・すきって、いって、ほしい・・・嘘でも、いいから・・・」
こんな状況なのに、サツキは恥じらう乙女のように、幸せそうに言う。
リヒト「・・・好きだよ、嘘じゃない・・・」
リヒト「食べちゃいたいくらいに・・・好きだ」
サツキ「はは・・・うん、あたしも・・・」
サツキ「・・・うれしい、ありがとう・・・」
サツキ「・・・リヒ──・・・あいし──・・・」
腕が落ちる。
血にまみれたサツキの顔は、どうしようもなく美しかった。
〇黒
──何でこんなに悲しいんだろう
相手は家畜だ。
ただの餌だ。
そう思うようにしたはずなのに――
ゾンビになってから、人を好きにならないことにした。
人々がゾンビに対して物理的なバリケードを張るように、俺は関わる人たちに精神的なバリケードを張ったのだ。
ゾンビは、人を食わなきゃ生きていけない。
だから俺は、人間を愚かな家畜として、騙して、襲うことで生き永らえてきた。
その内、狩りにも慣れてきて、調子に乗った俺は食料の安定供給を目論んでコミュニティに潜入することにした。
──共食いをするようになったのはそれからだ。
核を食べる際、ゾンビは本能的な忌避感を覚える。
いや、そんなレベルじゃない。
猛烈な拒絶反応だ。
それでも、彼らを殺すくらいなら、こっちのほうがよっぽどマシだったのだ。
様々なコミュニティに顔を出し、彼らと交流する中で、俺は段々と人間を殺せなくなっていった。
だって、見てしまった。
こんなゾンビ映画みたいな世界で、明日をも知れない状況でも、優しく生き続けられる人がいると知ったんだ。
口下手で、人付き合いなんて苦手なはずなのに、立派なコミュニティを築いた人がいた。
見ず知らずの子供たちを見返りもなしに受け入れた人がいた。
担任だからなんて理由で、三十名以上の子供たちの世話をする人をいた。
幼いのに親と引き離されても、明るく振舞い、励まし合って生きる人がいた。
大切な家族のために、命を賭して捜索を続ける人がいた。
──こんな俺を好きだと言ってくれる人がいた。
好きにならないなんて無理だった。
ずっと憧れていた世界だったんだ。
それでも時折、どうしようもない飢餓感に襲われたから、嫌いなれる人だけを襲った。
殺して、小分けにして、冷蔵保存すれば、その分だけ時間を稼げる。
そうしたら、いつか誰かがゾンビ化した自分を元の姿に戻してくれる。
そう思って我慢してきた。
〇更衣室
――大切な人の命が、こぼれ落ちていく。
リヒト「・・・ごめん、愛してる」
その事実に、耐えられなくなった俺は、サツキに口づけをした。
〇更衣室
変異種 硬質「ギャヒ――」
バリケードが崩れると同時、<硬質>は狩場に飛び込んだ。
それでも警戒は怠らない。いくらか腹が満ちたことで、<硬質>は冷静さを取り戻していた。
獲物を奪った憎い『同種』だが、その強さは本物だ。
圧倒的に不利な状況だったにも関わらず、三十分以上粘ってみせた。
タイミングよく餌が飛び込んでこなければ、『空腹』というどうしようもない理由で、縄張りを譲らざるを得ないところだった。
変異種 硬質「・・・ギィ」
警戒していた<硬質>だが、更衣室には敵はおろか獲物の姿もないことに気付く。
更衣室をくまなく探索し、血液が滴り落ちる窓を見つけた。
変異種 硬質「ギギ・・・」
──逃ゲラレタ!
しかも奴は、よりにもよって自分が仕留めた獲物まで持ち去っている。
到底、許せることではない。
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