第一部 エピローグ(脚本)
〇物置のある屋上
<硬質>を倒し、周辺ゾンビの掃討を報告すると、ホームセンターの住人たちが一時避難先から戻ってくる。
リヒト「随分、広くなったね。今、二十人くらいだっけ?」
サトル「・・・久しぶりの犠牲者だからな・・・」
リヒト「また変異種が現れるかも知れないから脱出する、か・・・」
リヒト「正直、思い付きで保護区を目指したところで上手くいくとは思えないけどね」
里中家から提供された保護区への逃走ルートだが、経路上にはいくつかゾンビの密集地帯を抜ける必要があった。
改造した車両といえど大量のゾンビに囲まれると移動は困難になる。
それにゾンビが多いということは、変異種との遭遇率も上がるということだ。
サトル「リヒトのおかげで、予防薬が変異種にも有効なことが分かった」
サトル「これを上手く使えば、大抵のピンチは切り抜けられるだろう」
リヒト「無理だね。正直、脱出組はゾンビに怯えて逃げ出すだけの烏合の衆だ」
脱出は困難を極めるに違いない。サトルという優秀な統率者なしに、乗り越えられるとは到底思えなかった。
リヒト「大方、どこかの変異種に襲われて、散り散りになってやられるのがオチじゃない?」
サトル「・・・せめてもう少し、予防薬の活用方法を研究できれば・・・」
リヒト「でも、もう俺たちに出来ることはない。そうでしょ?」
サトル「・・・それなんだが、リヒト」
リヒト「まさか、サトル。あいつらが逃げ帰ってきたら受け入れるつもり?」
脱出組の面々は思いとどまるよう説得したサトルを臆病者だなんだと散々に罵ったらしい。
サトル「ああ・・・だから、リヒトも・・・」
リヒト「オーケー、分かったよ・・・見かけたら手助けくらいはしておくよ」
サトル「・・・すまないな、助かる」
リヒト「ま、出来る範囲でしかやらないけど」
サトル「それはもちろんだ。リヒトの命が優先だ」
手を振って応える。サトルは冷静沈着なリーダーだが、それ以上にお人好しだ。
サトル「それに、サツキのこともすまなかったと思っている」
リヒト「何が? 俺は、サツキのおかげで生き残れたんだよ?」
サツキは避難場所へ移動後、俺を助けるためにサトルたちに黙って単独行動したそうだ。
俺はサツキの名誉のために、彼女が持ち込んだ感染予防液により、<硬質>を討伐できたということにした。
実際、<硬質>は感染予防液のおかげで仕留められたわけだから、まるっきり嘘ではない。
ただし、この無駄に察しの良いリーダーまでは騙し切れなかったというだけで。
サトル「・・・なあ、リヒト。サツキは、最後、幸せだったか?」
リヒト「・・・分からないよ、俺には」
サトル「そうだな、栓のないことを聞いた。忘れてくれ」
メンバー「──サトルさん、ここの仕掛けなんですけど・・・」
サトル「すまん、もう行く」
リヒト「うん、防衛力強化、頑張って」
サトル「ありがとう・・・『彼女』のことを頼む」
リヒト「全部、お見通しかよ」
俺が行った苦肉の策にも、この男は気付いているようだ。
リヒト「本当に、敵わないよな・・・」
踵を返し、コミュニティを後にした。
〇更衣室
――大切な人の命が、こぼれ落ちていく。
リヒト「・・・ごめん、愛してる」
その事実に、耐えられなくなった俺は、サツキに口づけをした。
こじ開けた口内に『ソレ』を流し込む。
――瞬間、サツキの体がびくびくと蠕動し始める。
サツキ「んぶギ、グェェ──」
弓なりの背中、瞳孔は開き、白い肌が蒼黒く変色していく。
それはゾンビ化する際の典型的な症状だった。
──サツキは死にかけていた。
同時に半ばゾンビと化している。
ゾンビ化が完成するより早く、心臓が止まってしまうという状況だった。
だから、俺は咄嗟にゾンビ専用の回復アイテムを使ったのだ。
核である。
ゾンビの生命力の根源ともいうべき小さな結晶。
ゾンビとしての生命力さえ残っていれば、人間としては死んでしまっても、ゾンビにはなれるのではないか──
俺の目論見はうまくいき、サツキは一命を取り留めることになった。
人間としてではなく、ゾンビとして――
〇地下室(血の跡あり)
サツキ「ギ・・・ガアアァァ!!」
柱に括りつけられたサツキ・・・かつてサツキだった物は、威嚇するように声を荒げた。
血走った獣のような視線、垂れた涎、むき出しの感情。
俺はその口に手を突っ込み、無理やりに核を飲み込ませる。
リヒト「もうちょっと食べて」
本能的なものか、首を振って拒絶するサツキ。
サツキ「グオゥ、グアアァ──」
頭を掴み、口を開けさせて、強制的に栄養補給を行う。
飢餓状態を脱したのか、サツキが落ち着きを取り戻す。普通のゾンビみたいな虚な状態。
ゾンビは飢餓状態が続くと凶暴化する。空腹ゲージが限界を迎えればその機能も停止してしまう。
リヒト「・・・ごめんね、いつか治すから」
研究が進めば、ゾンビ状態を治療する方法が見つかるかもしれない。
それまで俺はサツキの存在を地下に隠し、定期的に栄養補給することで生かし続けることにしたのだ。
リヒト「・・・もしも二人で人間に戻れたら・・・その時は・・・」
そこまで言って、息を吐いた。
自分でも調べてはいるが、あの日から三カ月経っても治療法は分かっていない。
それどころか、手がかりさえ掴めていない。
当然である。俺はただの変異ゾンビだ。
ただの経済学部の学生で、医学部でもなければ研究職を目指していたわけじゃない。
知識もなければ設備もない。そんな状況で成果を出せるほど医療とは容易いものじゃないだろう。
〇ビルの裏
いつもの定点狩りで、ゾンビ共を殺していく。
リヒト「あは、どうしたの? せめて抵抗くらいしたらいいじゃないか!」
心臓を抜き取られたゾンビたちは、すぐさま物言わぬ骸へと帰っていく。
昨日からずっとゾンビ狩りを続けていた。
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とても面白かったです。主人公の観察者のような立ち振る舞いが、今まで見てきたゾンビもののどれとも似ておらず、オリジナリティのある作品になっていました。主人公の残酷な面を隠さずに見せることで、サツキを失ったシーンの切なさがより際立っていました。最初から最後までグイグイ読み進めることが出来ました。第二部も期待しています、ぜひ読みたいです!
冒頭から演出に引き込まれました。世界観も作り込まれていて、キャラもセリフも演出も非常に完成度が高く、面白かったです。先の展開も予想できず、次々に意外な展開もあり、最後までノンストップで楽しめました。主人公のリヒトは冷淡で残酷な一面もありつつ、たまに優しさも見えて、複雑な感情の持ち主で、とても魅力的です。ここまでが第一部でしたが、ライカのことも非常に気になります。是非続き読んでみたいです。