〇教室
みずき「ねぇ、陽太。 机の中に こんなものが入ってたんだけど・・・」
　　幼馴染のみずきが
　　そう言いながら俺に見せたのは、
　　告白の呼び出し状だった。
　　俺が昨夜書いて、
　　今朝みずきの机に入れた。
陽太「な、何だよ、それ」
　　悲惨な点数の答案用紙が
　　親に見つかった時のような気分だ。
　　喉の奥がはりつき、妙な声が出てしまう。
　　心臓が早鐘を打ち、
　　全身から嫌な汗が噴き出した。
陽太（指定した時刻は今日の放課後なんだが、 まさか今ここでお断りか!?）
　　こんな10分間の休み時間に。
　　繰り返される日常の中であっさりと
　　記憶の彼方にかき消されてしまいそうな、
　　ザコ休憩時間に！
陽太（どうする、 今ならジョークで間に合うか？）
　　みずきの手にある呼び出し状に、
　　俺はチラチラと目を走らせる。
　　さっと取り上げ破いて笑い飛ばせば、
　　キックの一発くらいで済むかもしれない。
陽太（みずきとの、 今のぬるま湯のような関係を 崩さずに済むかもしれない）
　　そう思い、彼女の手にある紙を
　　奪い取ろうとした時だった。
みずき「呼び出されたのは今日の放課後なの。 陽太、ついて来てくれない？」
陽太（・・・は？）
　　みずきは訴えるような瞳を
　　こちらへ向けている。
陽太（え・・・？ これ書いたのが俺だって、 コイツ気付いてない？）
　　確かに俺は自分の名を書かなかった。
　　俺とみずきとの間なら、
　　筆跡ですぐに分かると思ったからだ。
みずき「ついて来てくれるよね？」
陽太「いや、ほら・・・、 こういうのはやっぱりさ・・・」
みずき「お願い、陽太！」
陽太「・・・・・・・・・・・・」

〇空

〇教室の外
陽太（で、こうなったわけだ・・・）
　　放課後、
　　俺は自分の指定した場所に
　　みずきと共に立っていた。
陽太「な、なぁ、みずき。 もう15分くらい待ったのに来ねぇじゃん」
　　2人きりで
　　校舎裏にたたずみ続ける俺たちの姿を、
　　知り合いの誰かに見られたらと思うと
　　気が気じゃない。
陽太「きっとイタズラだったんだよ、 もう帰ろうぜ」
みずき「ううん、もう少しだけ待ってみる」
みずき「ひょっとすると掃除当番かもしれないし、 先輩か先生につかまってるのかもしれない」
陽太（お前につかまってんだよ！）
　　全力でツッコミたいのを、何とか堪える。
陽太（だが、どうするこの状況・・・）
　　考えた挙句、俺は１つの賭けに出る。
陽太「あ、あのさ、みずき・・・」
みずき「何？」
陽太「もし、呼び出したの実は俺～・・・、 って言ったらどうする？」
みずき「あひゃっひゃっひゃ！」
陽太（なぜ笑う！）
　　だめだ、完全に心が折れた。
　　今日、ここでみずきに告白するだけの
　　強靭なメンタルは持ち合わせていない。
陽太（もう、こいつなんか放っておいて、 帰ってやろうか）
　　だが俺が姿を消した後、
　　来るはずのない人間を
　　みずきがいつまでも待ち続けたら・・・。
陽太（傷つくだろうし、 笑いものにされたら可哀想だな）
　　そう思うと立ち去ることも出来ない。
陽太「なぁ、みずき・・・。 その呼び出し状さ、 果たし状だったらどうするよ？ 危険だから帰った方が良くね？」
みずき「果たし状・・・」
　　みずきはおもむろに
　　俺に向かって身構える。
みずき「じゃあ、バトルの練習でもしておこう。 かかって来い、陽太！」
陽太「あほ」
　　告白しに来た奴が、
　　好きな女が幼馴染の男とバトってるの
　　見たら百年の恋も冷めるだろう。
陽太（・・・まぁ、 呼び出したの俺なんだけど）

〇空

〇教室の外
みずき「ねぇ、これ書いた人さ」
　　みずきは指先で呼び出し状を弄ぶ。
みずき「私の知ってる人かな？」
陽太（俺だよ！）
　　心の中で叫びつつ、俺は目を逸らす。
陽太「知るわけないだろ、そんなの」
みずき「ふぅん・・・」
　　みずきは壁際に寄ると、
　　コンクリートの上に腰を下ろした。
みずき「もし、知っている人でさ、 普段仲良くしている人だった場合さ、 何で告白しようと思ったのかな」
陽太「?」
みずき「だってその場合、 すでに仲は良いわけじゃん？」
みずき「普通にしゃべったり、 楽しい時間を過ごせてる間柄なら、 わざわざ告白する理由って何だろうと 思って」
陽太「そりゃ・・・付き合いたいんだろ？」
みずき「付き合うって、何？ 友達関係と何か違うの？」
陽太「違うだろ、全然」
みずき「そう？　例えば？」
陽太「・・・デートしたいと思ったんじゃねぇの」
みずき「陽太と私は付き合ってないけど、 たまに２人で出かけるよね？」
陽太「それは・・・、荷物持ちとか、 予定していたのに来れなくなった友達の 代役とか、そういうやつだろ？」
陽太「そうじゃなくて、ちゃんとしたデート」
みずき「じゃあ、 ちゃんとしたデートって何だろう？」
陽太「映画行ったり、２人で腕組んで歩いたり、 食事したり・・・」
みずき「私と陽太、割とそんな感じだよね？」
陽太「だから・・・」
　　俺は空を仰ぐ。
陽太「お前が他の男に取られんのは 見たくねぇと思ったんじゃね？」
陽太「あと、キスがしたくなった、とか・・・」
みずき「うっわ、陽太、やっらし！」
陽太「な・・・っ、やらしくねぇよ！」
陽太「お前が友達付き合いと 男女のお付き合いの違いは 何かって聞くから、答えてやったんだろ！」
みずき「陽太も考えたことある？ 誰かにキスしたい、って」
陽太「・・・まぁ、なくはない」
みずき「陽太、やっらし！」
陽太「やらしくねぇ！」

〇空

〇教室の外
陽太「な、なぁ、 いくら『放課後』つったって、 遅すぎんだろ」
　　空は既に茜色に染まっている。
陽太「こんな時間になっても 姿を現さないってことは、 きっと来ねぇよ。 いい加減、帰ろうぜ」
みずき「そだね」
　　みずきは素直に立ち上がると、
　　スカートについた砂をぱっぱと払った。
陽太（良かった・・・。 このままみずきが、 相手が現れるまで待つと言ったら、 どうしようかと思った）
　　ほっと息をつき、
　　荷物に手を伸ばした時だった。
みずき「陽太がどんな気持ちで 私に告白しようとしたか、 分かったことだし」
陽太「・・・・・・は？」
　　時が止まる。
　　みずきは悪戯っぽい笑みを浮かべて
　　俺を振り返った。
みずき「これ」
　　みずきは呼び出し状を出して見せる。
みずき「陽太の字でしょ？」
陽太「そう、だけど・・・」
陽太「って、お前ぇ!!」
　　俺は勢いよく立ち上がる。
陽太「俺からだって分かっていながら、 とぼけてたのか!? 俺をからかったのかよ！」
みずき「からかったわけじゃないよ、 ただ・・・」
　　みずきの唇が呼び出し状に軽く触れた。
みずき「これまでずっと幼馴染してた陽太が、 どうして急に私に告白しよう なんて考えたのか、分からなくて・・・」
　　みずきの茜色に染まった頬に
　　長い睫毛が影を落としている。
みずき「こっちが本気でOKしても、 陽太の方はイタズラのつもりだったら ショックじゃん。 だから・・・」
陽太「・・・・・・・・・・・・」
　　一歩近づきたいけれど、
　　今の関係が壊れるのが怖い。
　　そう思っていたのは俺だけじゃなかった。
陽太「・・・イタズラじゃねぇよ」
みずき「良かった」
　　みずきがふわりと笑った。
みずき「で？」
陽太「で、って何だよ」
みずき「いや、告白するんでしょ？　私に」
陽太「は!?」
みずき「さぁさぁ、ばっちこい！」
陽太「ふざけんなよ！」
　　この状況から
　　どんな顔で何を言えというんだ。
陽太「帰んぞ、みずき！」
みずき「え～？ ちゃんと陽太の口から愛の言葉聞くまで 帰れないな～」
陽太「・・・・・・っ！」
　　俺はみずきに向き直り、
　　その柔らかな両頬に手を添える。
みずき「えっ？ あ、ちょっ・・・いきなり!?」
陽太「・・・・・・・・・・・・」
　　空の色よりもさらに朱いみずきの頬。
　　焦って目を泳がせる彼女に、
　　俺は迷わずヘッドバットを食らわせた。
　　◆END◆