log.2 新領域 (脚本)
〇岩の洞窟
恐らくは──未知の領域へ続く通路。
寂野は周辺を警戒しながらも、足取りを緩めない。
遥か昔──
召喚初期の頃は、モンスターを恐れ鼠のように同じ道を巡るだけだった。
今となってはひたすら前に進むのみ。
油断ではない。
足踏みこそが最大のリスク──帰還を無限に遅らせる愚行だと理解しているのだ。
風を切る音。
遅い──と、寂野には考える余裕がある。
金属の矢が中ほどから折れ、洞窟の壁に弾かれる。
叩き落とした──と、敵が判断した時、既に黒いコートは間近でなびいている。
ゴブリン「ギ!?」
吉里寂野「やめておけ」
固まる緑色の小鬼──ゴブリンに、短く語りかける。
話せるわけではないが、10回に1回ほどは意思が通じる場合があった。
吉里寂野(そういえば──ドクターが以前、話の通じるモンスターについて仮説を立てていたな──)
〇岩の洞窟
ドクター「見た目が似ているだけで、モンスターと先住者(ネイティブ)は組成から違うんだよ」
ドクター「氷と水晶は透明の結晶だが、当然全く別の物質だ。 同じように、先住者とモンスターには外見以上の差がある」
博士(ドクター)──
ダンジョンの研究のために、最後の5人になるまで残っていた、指標連合(マークス)屈指の変人だった。
吉里寂野「つまり、話せるモンスターはそもそもモンスターではなく、形の似た別の生き物だと?」
ドクター「そうなるね。というよりも、モンスターとは先住者を参考に作られた敵対存在──文字通りゲーム的なモンスターそのものだと思うね」
吉里寂野「思う、か。 実証主義なあんたらしくないな。 もっと研究しよう、実験しようと言い出すかと思ったが」
ドクター「興味が無いのさ。 ワタシの目的はこのダンジョンの技術を元の世界に持ち帰ることだ。 モンスターは持っていけないからね」
ドクター「マッドサイエンティストなんて呼ばれていたが、これでも人類の平和的な発展を願っているんだ」
ドクター「それに──」
吉里寂野「それに?」
ドクターの歯切れが悪くなったのは、その時が初めてだった。
異様なまでの自信と傍若無人さを持つあの男が──
ドクター「・・・そうだな。君ならば大丈夫だろう。 他言無用にしてくれ」
吉里寂野「かまわないが。 そこまでの話なのか?」
ドクター「ワタシの仮説が正しいとすれば、恐らく先住者(ネイティブ)とは──」
〇岩の洞窟
ゴブリン2「ゲアッ!!!!」
流石に、考え事が過ぎたようだった。
奥にいたゴブリンが、妙に近代的なボウガンを構える。
吉里寂野「よせ。俺はお前たちが使える資源を持っていない」
軽く手を上げる。確かに、重たそうな荷物はどこにも無い。
この状況で敵意を見せない相手。知性があるなら多少は戸惑うだろう。
──だが、引き金に指をかけるのはあくまで怪物。
破壊の本能だけを持つ、意志なき道具だった。
ゴブリン2「ギギ、ガッ!!」
矢が飛ぶ。人間一人殺すには十分な運動量が、寂野の胸に突き立とうとする。
閃光を発し、鉄のボルトが砕け散った。
たあん、と耳を貫く発砲音が、洞窟に木霊する。
いつの間にか、寂野の手には無骨な機械が握られていた。
ガバメント、と仲間たちは言っていたが、それがどういう意味だったのか、武器にも英語にも詳しくなかった寂野には分からない。
ただその製造法、威力については完全に理解していた。
それが目の前の敵を排除する、最も簡単迅速確実な手段だということも。
吉里寂野「会話は無理か・・・。 残念だ」
ゴブリン2「ギェッ!!」
ゴブリン「ガッ!?」
特別なことは何もない。ただ当たる攻撃を避け、敵が射線に入れば撃つ。
まるで舞うように、敵の”処理”を繰り返す。
十秒足らず。薬莢の落ちる音がまだ反響している。
すでに生命体と呼べるものは寂野のみとなっていた。
感傷を抱くことはない。あまりにも長い繰り返しの、その一回だった。
寂野は死体に目を向けることもなく、通路を先へと進む。
かなり──────長い時がたち
視界が開けた。
〇海辺
広がる空間。波の音。潮の匂い。
吉里寂野「海か・・・」
珍しい、というほどではない。ダンジョンには時々こういった広い領域がある。大海も山脈も、幾度となく歩いてきた。
それでも、やはり自然というのは心を落ち着かせるものがある。
生物としての郷愁を呼び覚ます力があるのだろう。
最後にゲートを求めて、寂野は新たな領域へと一歩を踏み出す。
「動くなっ!」
足元の砂が飛び散り、遅れて銃声が轟いた。
吉里寂野「──今度は話が通じそうだな」
面倒な現実を打ち消すように、寂野はつぶやき、足を止めた。