デスゲームで皆を帰した俺は、ただ一人ダンジョンを探索する

娑婆聖堂

log.1 最終帰還者(脚本)

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〇謎の施設の中枢
  重く塞がれた部屋だった。
  立ち上る光だけが、砂漠の天の川のように、ゆくべき場所を指し示している。
  二人の旅人が、光の方向へと向かっていた。
  一人は高度な技術が使われているだろう、機械式のスーツを纏った少女。
  もう一人は、使い込んだコートを無造作に羽織る男。
  対照的な二人の表情もまた、真っ二つに分かれている。
  
  
  ──少女は泣いていた。
紫鳳浄花「ねえ、寂野。もういいよ。 もうゲートなんていらない!!」
  怒っているような、泣いているような声。男はただ、静かに反論する。
吉里寂野「順番は決めていたはずだ。指標連合(マークス)結成の時、俺は最後に出ると言った」
紫鳳浄花「何時の話よ!あれから何年経ったの!?」
紫鳳浄花「最後の十人から五人になるまで何千日?そこから二人になるまでその倍以上・・・二人で歩き回って・・・その倍の倍・・・」
吉里寂野「それでも見つかった」
紫鳳浄花「これが最後かも知れないのよ!?あったとしても、一人ぼっちで何十年、いえ、何百年さまようつもり!?」
  浄花はとうとう足を止めた。後ろから追いついてくる寂野にすがり付く。
紫鳳浄花「もういいよ。前の基地に戻ろ?皆が残してくれた物資があれば、何千年だって平気だよ」
紫鳳浄花「先住者(ネイティブ)たちだって、あなたと再開できたらきっと喜ぶよ。二人で生きていくなら、何の不自由もない・・・」
吉里寂野「『全員を元の世界へ帰す』。 それが指標連合(マークス)の規約だ。俺たちが作った──」
紫鳳浄花「そんな昔の話!二人だけになってからの方がもう長いんだよ!?」
吉里寂野「俺が、フェリクスが、キムが、マンサが、ウンヨウが──お前が。 俺たちが帰した、帰せなかった人間たちが決めた約束だ」
  思い出が去来する──
  忘れるはずもない。幾度となく危機を乗り越え、時に傷つけ合い、そして再開を約束した友たち─
  ダンジョンに召喚された何万もの人々を帰す。
  理想に燃えたあの日々は、紛れもない青春だった──
  
  だが、時間が経ち過ぎた。
紫鳳浄花「分からない、怖いよ・・・。ずっとここで過ごしてきて、元の世界に戻ってどうするの? そもそも、元の世界なんて残ってるの?」
吉里寂野「その不安は皆が乗り越えてきた。 ドクターも言っていただろう。俺たちの時間は止まっている」
吉里寂野「恐らくは元の宇宙に引っ張られて── 戻った時には十秒と過ぎていないはずだ」
  もう数百万時間前に終わったはずの議論だった。
  それでも少女の震えは止まらない。
紫鳳浄花「分かってるでしょ・・・。お互いずっと一緒にいて、知らないことなんてもう無いよ」
  涙が寂野のコートを濡らす。
紫鳳浄花「あなたと離れたくない・・・。 私は弱いままだった・・・。いつも偉そうなことを言って、結局あなたに助けられてばかりで・・・」
吉里寂野「お前は強かった。最も多くの人を救い、元の世界へ帰してきた」
紫鳳浄花「もう無理だよ・・・」
吉里寂野「皆を帰すんだろう── お前が帰れないと、俺も帰れない」
  沈黙がしばらく続いた。寂野は静かに待った。
  いつの間にか────浄花の涙は止まっていた。
紫鳳浄花「・・・帰って来てくれる?どんなに大変でも、諦めずに」
吉里寂野「必ず」
紫鳳浄花「分かった。 ────行こう」
吉里寂野「ああ」
  寂野の口の端が、ほんの僅かに上がる。
  二人は歩き出した。今度こそ、足を止めずに。

〇電脳空間
  光の中は、転送準備のための通信が飛びかっていた。
  一つのゲートが送れるのは一人。それが数少ない、説明されたルール。
「転送開始まで、あと120秒」
  滑らかな、ただそれだけの、感情のない機械音声が響く。
紫鳳浄花「・・・寂野。私、あなたのことが本当に好き」
吉里寂野「分かっている」
紫鳳浄花「何百年も使ったからね。ニブチンめ」
吉里寂野「・・・口に出さないそちらの方にも問題がある」
紫鳳浄花「なによ。最後だっていうのに。生意気!」
吉里寂野「最後じゃない」
紫鳳浄花「・・・ええ・・・そうね」
「転送まであと十秒」
  浄花は呪いを投げかける。
  果てしない祈りのこもった、一生に一度のおまじないを。
紫鳳浄花「必ず帰って来て。 ──何千年経っても。どんなに苦しくても──どんな障害も跳ね除けて、私の所へ戻って来て」
吉里寂野「必ず戻る。 元の世界へ──愛するお前の元へ」
  笑顔が焼き付いた。
  
  視界は影を失い、全てが虚数の向こうへ飛び去っていく────

〇謎の施設の中枢
  光を失った部屋は、もはや宇宙の真空よりもガランドウとしていた。
  寂野は甘い記憶を胸の深くに沈める。
  
  ──思い出さないように
  
  ──忘れないように
  目を開いた寂野は、決然と一歩を刻んだ。
  
  それは無限に続くかも知れない旅路への、怒りの挑戦状だった。

次のエピソード:log.2 新領域 

コメント

  • 「最後じゃないだろ」のセリフが、彼は本当にゲートを見つけ出して、帰ろうとしてるんだなぁって思いました。
    一人残された彼はが、無事ゲートを見つけることができますように…。

  • 愛するもののために何があっても帰りたいとの願いが果たして届くのか、今後彼にどんな試練が待ち受けているのか、とても続きが気になります。

  • 必ず帰るってよく映画で言うとフラグになりますが、帰れないからこその必ず帰るって言葉の重みを、なんだかひしひしと感じました…。

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