脳を探す男(脚本)
〇安アパートの台所
その男は、自分の脳みそを探していた。
冷蔵庫の野菜室をしばらく漁った後で、
脳を探す男「・・・ここには、ない」
男は、察した。
そして、窓を見上げた。
〇空
月の代わりに、子宮が浮かんでいた。
脳を探す男「・・・・・・」
男は子宮を見上げたまま、台所で胎児のように丸まって、胎児のように眠った。
しかし意識は覚醒したままだった。
夢も見なかった。
胎児の夢を見るには、彼は大きくなりすぎていた。
〇安アパートの台所
脳を探す男「ああ・・・」
脳を探す男「俺は何をしているんだろう?」
男は、震えていた。
こうしてじっと身を屈め、あの恐ろしき子宮が地球の反対側に移動するのをじっと耐えた。
もう少しすれば空はより深い闇で染まり、本物の月が灯りだすだろう。
脳を探す男(月はいい。まるで自分の脳を見ているような気分になる・・・)
男は月に恋をしていた。
男にとって月とは、自分自身だったのだ。
〇怪しい部屋
男は、自室に向かった。
その部屋には、男の脳がたくさんあった。
脳を探す男「・・・これはもう、処分してしまおう」
脳を探す男「脳みそなんて腐るだけだし、どうせこれらはかつて自分だった頃の脳なのだ」
脳を探す男「今となってはもう他人なのだ」
脳を探す男「だからもういらない」
そう呟いて、全部捨てることにした。
脳みそたちは泣いていた。
脳みそたちが泣き出すのと同時に、男は自分の脳みそたちに話しかけた。
脳を探す男「俺だ」
脳を探す男「お前は誰だ? 俺はお前だよ」
脳を探す男「お前は馬鹿だなあ。俺は俺じゃないか」
脳を探す男「そうだよ。俺たちは同じ人間なんだからさ」
脳を探す男「でも違うんだよ。俺たちは別の生き物なんだ」
脳を探す男「何が違うっていうんだ? 同じ人間のはずだぞ」
脳を探す男「だって俺たちは、生まれたときから脳みその形が違うじゃねえか」
脳を探す男「ほら、こっちの方が少し大きいぜ・・・」
脳を探す男「お前は本当に俺なのか?」
脳を探す男「当たり前だろ! どうしてそんなことを言うんだよ!」
脳を探す男「・・・そうか」
脳を探す男「・・・・・・」
脳を探す男「やっぱりお前は偽物だ」
脳を探す男「お前なんか、この世に存在しちゃいけないんだ」
男は包丁を取り出して、脳みそたちを片っ端から刺していった。
脳を探す男「俺が・・・俺こそが、本当の脳みそだ!!」
〇空
空には子宮が浮かんでいた──。
なんだか怖い話をみたような…。
自分自身の脳みそって見たことないし、そもそも自分が見ているものが本物なのか偽物なのか、それもわからないですよね。
現実世界も、実は偽物なのかもしれません。
空から子宮が消える頃に初めて自分の分身と思える月が現れる、というところに、確たる自我を求めるあがきを感じます。野菜室を探したのはそこにあるかもしれないと感じられる手がかりが、救いがあったからなのか、それともなかったからなのか…。いま考えている“私”とは誰なのか?難しいですね…。
ストーリーの展開から、一人の男の混乱錯乱をイメージしました。そしてなにか母性を懐かしみ、求めているような印象もあります。新しい自分に生まれ変わろうとする瞬間なのでしょうか。