エピソード1(脚本)
〇簡素な一人部屋
百々瀬亮太郎「あー、めっちゃ暇」
高校三年の春。
俺、百々瀬 亮太郎(ももせ りょうたろう)は相変わらず高校生という青春の時間を無駄につぶしていた。
部活動も勉強もそれなり、進路もとりあえず行けそうなところでいいや、バイトもしないし大した趣味もない。
何かに打ち込むという考えが無い悲しき現代の若者代表だ。
母さん「亮太郎!家でゴロゴロしてるんなら部屋の片づけでもしなさい!」
母さん「押入れの奥に昔つかってた教科書とかあったでしょ、もういらないのは捨てちゃいなさい!」
一階から母さんの怒鳴り声が聞こえてきた。
百々瀬亮太郎「はいはい」
俺ほどに無気力だと休日やることはスマホで適当な無料漫画を読み漁るか部屋の片づけをするかしかない。
片付けはどちらかと言えばマシな休日の使い方だとは思う。
しかし、そんな俺でも一応最低限、高校生らしい想いは秘めている。
百々瀬亮太郎「・・・神代さんって、休みの日なにしてるんだろう」
〇教室
そう、初恋だ。
神代 祈里(かみしろ いのり)さんは俺がずっと片想いしているクラスの女子。
最初に気になりだしたのは目の前の席で授業を受ける彼女がずっとピンと背筋を伸ばして先生の話を聞いていることに気付いた時。
そんな生真面目な印象の彼女に注目し始めると、神代さんの事がよくわかった。
クラスの殆どがさぼっていた自習の時間、真剣に出された課題に取り組む神代さん。
ポイ捨てをするような奴はたとえ相手が上級生でも注意する神代さん。
校則の規定を順守して制服を着こなす神代さん。
真面目なだけでなく正義感が強く、芯があり、努力家な彼女のことを知るうちに勝手に好きになっていた。
幸運なことにも三年間、俺と神代さんは同じクラスなのだが未だに大した接点を持てずにいる。
いつか告白したい、話しかけたいと先送りにしているうちに今日まで来てしまったのだ。
〇簡素な一人部屋
百々瀬亮太郎「優等生で努力家の神代さんと、真面目に努力した経験もない俺じゃ全く釣り合わないよなぁ・・・」
とは言えこれだけ長い間片想いをしているとどうしても思いを伝えたいという気持ちは出てきてしまう。
告白するべきかしないべきか、もう何回目かわからない問答を繰り返しながら渋々と部屋の片づけをしていると・・・
百々瀬亮太郎「ん?これは、絵本か」
奥の方にしまっていた段ボールの中から出てきたのは『ももたろう』の絵本だった。
百々瀬亮太郎「うわー、懐かしい。子供の頃やたら好きだったな」
小さい男の子なら誰でも喜ぶ勧善懲悪物語の定番
勇敢な桃太郎が村人を苦しめる鬼を御供と一緒にバッサバッサと倒していく実にシンプルな話。
正義の味方にいたく憧れを抱いた俺はももたろうの絵本をすごく気に入って何度も何度も読んでもらっていた気がする。
掃除が進まない定番だが、片付けを中断して昔懐かしい『ももたろう』の絵本のページをめくる。
──その瞬間──
──カッ
百々瀬亮太郎「うわ!まぶしい!!」
急に部屋が激しい光に包まれた。
百々瀬亮太郎「な、なんだ!?」
少し時間が経過して光が弱まったのを感じ、俺は目を開けた。
鬼子「うーん、頭がぐらぐらする!」
百々瀬亮太郎「・・・え?」
ここは間違いなく俺の部屋、しかし、見知らぬ女の子が我が物顔で座っている。
鬼子「これが異世界召喚というやつだな。 全く桃太郎のやつめ・・・面妖な呪文ばかり覚えているんだな」
見知らぬ女の子、と言っていいのかすらわからない。
その子の肌は赤く、耳は尖り、頭から角のようなものが生えている。
服装もどう見ても普通じゃないし、なんというか、ファンタジーに出てくる・・・
百々瀬亮太郎「え?悪魔・・・?」
鬼子「なんだお前!悪魔だと?あたしはれっきとした鬼だ。鬼!」
百々瀬亮太郎「お、鬼!!?」
悪魔か鬼かなんてどうでもいい、少なくとも人間じゃないしどちらかと言えば悪サイドの生物。え、俺ここで死ぬの?
鬼子「そう。鬼ヶ島のボス、鬼子さんとはあたしの事さ!」
自信満々にふんぞり返っている・・・
百々瀬亮太郎「そ、そうですか・・・それで鬼子さん?は何故俺の部屋に?」
鬼というからにはきっと略奪とか世界征服みたいな相当あくどい目的なのだろう、
もしかしたらこれから人間の世界を全て征服する鬼達による最初の被害者になってしまうかもしれない。
あぁ、こんなことならマジで神代さんに告白しておけばよかった。
鬼子「桃太郎に言われて、いいことをしに来た!」
あれ?なんか想像と真逆の返事だ
百々瀬亮太郎「いいこと?」
鬼子「そう、まぁ要するにこの世界の人間の役に立つのがあたしの目的だな」
百々瀬亮太郎「なんでまた鬼がそんな事を?」
もしかしたら鬼は悪者というのは人間による偏見なのか?
鬼子「略奪を繰り返した罰だな」
イメージ通りだった。
鬼子「気になるようだし、せっかくだから話してやるよ。」
鬼子「あたしは鬼ヶ島っていうでっかい領土で頭はってたんだけどさ、」
鬼子「ある日突然現れた異世界転生勇者の桃太郎ってやつに一瞬にして鬼が全滅させられちまったんだ」
百々瀬亮太郎「え、桃太郎?」
俺の知ってる桃太郎とだいぶ違うとは言え、鬼ヶ島+桃太郎というキーワードで昔話が思い浮かばないわけがない。
百々瀬亮太郎「それって犬、猿、雉を御供にして戦ったと言われているあの桃太郎ですよね?」
鬼子「詳しいな。 でもちょっと違う、桃太郎が引き連れたのは戌崎、猿飛、雉野っていうめちゃくちゃに強い人間の女だ」
百々瀬亮太郎「人間!?雉がくちばしで鬼の目をえぐったんじゃないの!?」
鬼子「目玉を!?何を怖い事言ってるんだ!」
鬼子「雉野は超有能なスナイパーで鬼ヶ島の外からボウガンで鬼のアキレス腱を次々と撃っていたぞ?大体どうやって鳥を仲間にするんだ?」
百々瀬亮太郎「それはきびだんごをあげて・・・」
鬼子「鳥は団子なんて食べないだろう。 何を馬鹿なことを・・・」
昔話に本気でツッコミ入れられてしまった・・・。
鬼子「しかしなんだ、ちょっと情報は間違っているみたいだが、お前も桃太郎の事を知っているんだな。」
鬼子「ここは桃太郎が元々いた世界だって言うから、あれだけ強い奴の名前は知られていて当然か」
この鬼曰く、桃太郎は俺達の住む現代の人間が異世界転生した存在で
多分だけど転生ついでに貰ったチート能力と御伴の犬、猿、雉似の美少女と共に鬼をボッコボコにしたみたいだ。
百々瀬亮太郎(昔話とはだいぶ違うな、そもそも鬼はこんな女性的な見た目していないし。)
百々瀬亮太郎(絵本に描かれた筋骨隆々の鬼みせたらこの人(?)ブチ切れるんじゃないか?)
鬼子「というわけで、恐ろしく強い桃太郎のせいで我々の住む場所は奪われてしまったんだ」
百々瀬亮太郎「それはちょっと、可哀そうですね。居場所がなくなって仕方なく盗みを働いたんですか・・・」
もしかしたら鬼にも事情があったかもしれないのに、
桃太郎の圧倒的な力の前に成すすべなく追い立てられてしまったのか・・・桃太郎ちょっと酷い奴だな。
鬼子「いや?桃太郎は鬼に仕事と新しい住居を与えて改心させた。既に人間と共存している鬼もいる」
百々瀬亮太郎「え?じゃあなんで」
鬼子「あたしは働くのが嫌だったからな、それで食べるものが無くて困ったから」
鬼子「その辺の牧場にいた牛を5,6匹盗んだら桃太郎に怒られた」
めちゃくちゃに自業自得じゃないか!
鬼子「そんで、あたしのこと悪い子呼ばわりしやがった桃太郎が、異世界召喚魔法であたしをこの世界に送ったわけだ。」
鬼子「こっちで誰か人間の役に立つことするまで元の世界には返してくれないんだってさ。困っちゃうよな?」
悪い子って可愛く言えるレベルじゃないだろ!巻き込まれる現代人の身にもなってくれ!異世界勇者桃太郎!
百々瀬亮太郎「ていうか、異世界召喚なんて出来るなら桃太郎はこっちに帰ってこれるのでは?」
鬼子「あー、やろうと思えば出来るらしいけどあいつ向こうに嫁と子供いるからしないんじゃないか?」
百々瀬亮太郎「桃太郎既婚者なの!?」
鬼子「戌崎、猿飛、雉野と結婚してる」
百々瀬亮太郎「しかも重婚!?」
・・・桃太郎さん半端ねぇな。
鬼子「・・・というわけで、ここに送り出されたのも何かの縁だ、お前の役に立ってやるよ」
百々瀬亮太郎「へ?」
鬼子「ぶつぶつ独り言してたの聞こえてたぞ? 手に入れたい雌がいるんだろ?協力してやる!」
百々瀬亮太郎「え、いや、その」
鬼子「あたしの手にかかれば人間の雌一人オトすのなんて楽勝だからな!任せとけ!」
なんかすごい勝手に話が進んでいる・・・!
鬼子「お前じゃ呼びにくいな、名前なんていうんだ?」
百々瀬亮太郎「・・・百々瀬 亮太郎です」
鬼子「亮太郎か、なかなかイカス名前じゃないか あたしの事は、鬼子さんって呼んでいいぜ?」
鬼子「亮太郎、お前の片思い、応援してやるよ」
こうして俺と鬼子さんの告白大作戦が始まった・・・。
〇山の中
──二時間後──
百々瀬亮太郎「それで・・・何故俺は山奥に連れてこられたんですかね?」
さっそく神代さんの元へ、というわけではなく何故か山奥に来ていた。
百々瀬亮太郎「鬼子さんにはいっていませんでしたが、神代さんって人里に暮らす普通の人間なんですけど?山男とかじゃないんですけど?」
鬼子「はぁ・・・亮太郎。お前はわかっていない」
やれやれ、といった表情の鬼子さん。
鬼子「いいか?お前は今まで想い人である神代祈里の傍に居ながら告白ができなかった。それは何故だ?」
百々瀬亮太郎「何故ってそりゃ、勇気がないというかフラれるのが怖いからというか・・・」
鬼子「そう、それだ!フラれるのが怖い。つまりお前は勝算が低いと感じている!何故だ!」
百々瀬亮太郎「だって神代さんみたいに美人で正義感のある優等生が」
百々瀬亮太郎「俺みたいな平凡で面倒くさがりでとりえのない男を相手にするなんて思えませんし・・・」
自分で言っていて悲しくなってくる。
鬼子「それじゃ、あたしが困るんだ。」
鬼子「だって桃太郎は『人間にとっていい事』をしたら元の世界に帰還できると言っていた」
鬼子「告白をするだけじゃいい事判定にならないかもしれないじゃないか!告白をして片想いを成就させる、これなら間違いなくいい事だ!」
百々瀬亮太郎「うーん、そうかもしれませんけど。さっきも言った通り告白の成功率はかなり低いと思いますよ?」
鬼子「ふっふっふ、そこで亮太郎にはこれから修行をしてもらう。力を、パワーを、筋力をつけるんだ!!!」
百々瀬亮太郎「はい?」
鬼子「いいか?古来より力のある雄に靡かない雌なんていない。」
鬼子「強くて生命力あふれる者に惹かれる、これは全ての種族に共通する事。」
鬼子「実際にあたしの世界の桃太郎も顔はごく普通だが異常に強いため三人の美人を嫁に取ることができた。」
鬼子「つまり、お前が物凄いパワーを見せつければ神代祈里だって惚れるだろう!というわけだ」
発想がケモノのそれだ
百々瀬亮太郎「いやいやいやいや、鬼子さん?現代では筋肉はそこまで重要じゃないというか、むしろマッチョはモテないというか・・・」
百々瀬亮太郎「例えば頭脳とか容姿とかコミュ力とか、そういうのを高めたほうがモテる時代なんですよ。」
百々瀬亮太郎「大体神代さんはそういう喧嘩に強いとかに魅力を感じないタイプだと思いますし・・・」
鬼子「何を意味がわからないことを言っているんだ? そんなものあったって殴って勝った方が偉いんだから意味ないだろう」
百々瀬亮太郎「えぇー・・・」
鬼子「四の五の言っていないで、さっさと修行を始めよう!そして今日の夕方に呼び出して告白だ!」
百々瀬亮太郎「修行期間短っ!?」
鬼子「あたしは早く帰りたいんだ!今日中に告白して神代祈里の心を奪え!!」
盗賊団の御頭のように恋の応援をされてしまった。
鬼子「・・・よし。そうと決まればまず私が手本を見せる。山や森での修行において私程詳しい鬼はいない」
そういうと鬼子さんはジャキンと鋭い爪を伸ばし・・・
鬼子「うおりゃあああああああ!!!!!!!!」
バキバキバキバキバキバキバキバキ
傍に生えていた大木を両手でつかんだかと思うと・・・
鬼子「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
バキィッ・・・・・・ドスン!!
根元からへし折ってそのまま上手投げ。え、マジで化け物じゃん
百々瀬亮太郎「え、マジで化け物じゃん」
しまった、声に出ていた。
鬼子「ふふん、そうだろう?」
鬼にとって化け物は誉め言葉らしい、よかった。
鬼子「さ、亮太郎もやってみろ」
百々瀬亮太郎「・・・無理でしょ」
鬼子「えっ!」
百々瀬亮太郎「意外そうな顔しないで!普通に無理ですって!人間には!」
鬼子「自信が無いならこっちの小さめの木でもいいぞ?」
百々瀬亮太郎「そういう問題じゃない!人間は!素手で!木を折れない!!」
なんでこんな当たり前のことを力説しないといけないんだ。
鬼子「な、なんてひ弱な・・・通りでちょっと捻るだけで痛がると思っていた」
向こうの世界の桃太郎はこんな価値観ぶっ壊れた鬼に共存を強いているのか?普通に何人か死んでるんじゃないか?
百々瀬亮太郎「とにかく!人間にこの修行は難しいので!やめましょう!」
鬼子「わかった、じゃあ走り込みだ!ついて来い亮太郎!」
鬼子「行くぞおおおおおおおおおぉぉおぉ!!」
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ
百々瀬亮太郎「えっ」
俺の返事も聞かず鬼子さんはそのまま頂上に向かって走って行ってしまった・・・。
百々瀬亮太郎「筋力だけじゃなくて脚力も化け物なんだ・・・」
仕方ないので俺も頂上に向かうことにした。
〇山道
───二時間後───
百々瀬亮太郎「ぜぇっ、ぜぇっ・・・もう、む、むり・・・」
比較的なだらかとは言え坂道を走り続けるのはしんど過ぎた。
百々瀬亮太郎「もう一歩も動けない・・・はぁ・・・」
鬼子「なんだ、だらしないな!ふんっ」
鬼子さんはいつのまにかなぎ倒したその辺の木を持ち上げてダンベル代わりにしている
これ後々誰かに見つかった時に山に怪物が出たって噂が広がるんじゃ・・・。
鬼子「本当は猪を蹂躙し、熊をひき殺すことでお前に戦闘の感覚、命を奪う事の緊張感を教えたかったが・・・」
鬼子「この山にはそういった類の獣はいないみたいだな」
いなくてよかった。奪うどころか奪われる自信しかない。
鬼子「仕方ない。ここは私が直々に・・・」
恐ろしく嫌な予感がする中、鬼子さんはダンベルにしていた木をいったん地面に置き、俺の方をじっと見つめる。
思わずドキッとするのは恋的なあれじゃなくてその目が獲物を狙う目だからだ。
百々瀬亮太郎「・・・あの、鬼子さん?」
鬼子「最初の地点まであたしと追いかけっこだ!あたしに捕まったら命は無いと思え!! はっはっは、安心しろ。ハンデは背負ってやるよ」
ハンデという名の大木を背中におんぶし始めるがそんな事が出来る生き物のハンデにはどう考えても軽すぎる。
鬼子「よぉい、スタートだ!!!!」
百々瀬亮太郎「ひぎゃあああああ!!!!!!!!!!!」
さっきまで疲れて動けなかったけど・・・火事場の馬鹿力って本当にあるんだな、と思いました。
〇山の中
百々瀬亮太郎「ぜぇ・・・ぜぇ・・・」
鬼子「よぉし、亮太郎!次は木登り500回だ!」
〇森の中
百々瀬亮太郎「・・・ぜぇ・・・・・・・ぜぇ」
鬼子「よし!亮太郎! 次は倒れた木を起こしてみろ!!」
〇山の中
百々瀬亮太郎「・・・ぜぇ・・・・・・・ぜぇ」
百々瀬亮太郎「・・・ぜぇ、・・・・・・・・かはっ」
鬼子「よし!亮太郎!今度は・・・」
百々瀬亮太郎「・・・・・・ほんとに、もう・・・だめ」
バタッ・・・
鬼子「りょ、亮太郎!?どうした!亮太郎!」
疲労で倒れるのってこんな感じなんだ、過労死って怖いなぁとか思いながら俺の意識は薄れていった。
〇山の中
百々瀬亮太郎「・・・んっ」
視界の目の前に赤いものがある。
なんだこれ、血でも夕焼けでもなく・・・
百々瀬亮太郎「・・・・・・」
百々瀬亮太郎「・・・肌?」
鬼子「亮太郎!目が覚めたか!」
百々瀬亮太郎「・・・鬼子、さん?」
鬼子「・・・すまない。どうやらあたしはやりすぎてしまったようだ」
あ、これ鬼子さんに膝枕されているんだ。
あんなに強くて頑丈そうなのに人間の肌と同じでちょっと筋肉質ながら太ももは柔らかい。
そういえば母親以外の女性に初めて膝枕されたな、鬼だけど。
鬼子「鬼ヶ島にいた頃もそうだった。あたしはどうやら体力や筋力のリミッターがあまり役に立っていないみたいで、」
鬼子「加減がわからず他の鬼に無理を強いてしまう・・・。」
鬼子「桃太郎が攻めてきた時だって、あたしが無理をさせなければあんなに多くの仲間にケガさせることはなかったかもしれない・・・」
薄暗い空に照らされた鬼子さんは、酷く悲しそうな顔をしていた。
鬼ヶ島のボスできっと他の鬼よりずっと強くて偉いのだろうけど、見た目通り女の子らしい気弱な部分もあるみたいだ。
鬼子「告白を急いだのは私の都合だ。それで亮太郎に無理をさせてしまった・・・本当に、申し訳ない。」
鬼子「告白は後日にしたらいい、もっと、亮太郎の準備が出来たらにしよう」
どうやら鬼子さんは嘘が下手なようで、無理して笑っているのは誰の目にも明らかだった。
そりゃそうだよな、全然知らない、同じ種族もいない世界に無理やり飛ばされたら帰りたいと思うのは当たり前だ。
百々瀬亮太郎「鬼子さん」
鬼子「な、なんだ?殴るか?いいぞ?」
百々瀬亮太郎「いや、やめときます。効かなそうだし」
俺はゆっくりと身体を起こす
百々瀬亮太郎「お、鬼子さんの膝枕のおかげで元気が出たんで、今から告白する気になりました」
鬼子「・・・はぁっ!?」
赤い顔をほんのり赤くして驚く。
鬼子「あ、あたしはただ地べたに寝かせるのは可哀そうだと思ったからで、膝枕とかそんな、そういうつもりじゃなかったんだ!」
百々瀬亮太郎「でも俺にとっては初めての膝枕でめっちゃ癒されました。疲れも吹っ飛びました」
鬼子「そ、そんなわけないだろう・・・」
まぁ足はガタガタするけど、なんだろう、修行ハイになっているのか今ならヘタレないで告白できそうな気がする。
人生であんなに全力で体を動かしたことは無かったし、修行で強くなれるというのは漫画の世界だけじゃないのかもしれないな。
百々瀬亮太郎「これから神代さんを呼び出して告白します!」
半ば勢い、だめで元々、当たって砕けろ、俺は今直ぐ動き出したい気分だった。
〇川に架かる橋の下
──三時間後──
二年の頃使っていたグループLINEのおかげで幸いにも神代さんに連絡することはできた。
友達申請もすんなり通り、大事な話があると言ったら直ぐに行くと言ってくれた。
これは脈ありかと思いあがりそうになるけど、多分真面目な神代さんのことだから
俺が真剣に話をしたいという以上無下には出来ないという誠実さからくるものだろう。
呼び出したのは神代さんの実家の近くの河川敷。
鬼子さんは少し遠い橋の傍で俺の様子を見守ってくれている。
知らない人からしたら変な恰好のコスプレイヤーだけど、あたりは結構薄暗いから補導される心配もないはずだ。
色々と考えていると、待ち合わせ場所に神代さんが現れる。
神代祈里「おまたせ、百々瀬君」
百々瀬亮太郎「ご、ごめんね。こんな遅い時間に呼び出して」
神代祈里「ううん、偶然ここ私の家の近くだったから大丈夫。 百々瀬君の家もこの変なの?」
ごめんなさい、前に聞き耳立てて神代さんの実家がどの辺なのか知っていました。
百々瀬亮太郎「・・・いや、ちょっとこの辺りに用事があっただけだよ」
神代祈里「ふーん? それで、私に大事な話があるって言ってたけど、ここで話せること?」
大して話したことのないクラスの男子に『大事な話がある』なんて言われたら120%告白だと思うだろうけど、
どうやら神代さんは気づいていないみたいで家庭の事情を親身になって聞く先生のような姿勢だ。
百々瀬亮太郎「ここで大丈夫。 えっと、その・・・驚くかもしれないけど、俺、一年の頃から・・・」
あぁ、この全く期待されてない、意識されてない感じに告白するの怖い。
は?みたいな顔されたらどうしよう。本人を前にしてさっきまで満ち溢れていた謎のやる気がどこかに消えていってしまう。
そりゃそうだ、ちょっと運動しただけで告白できるならずっと片想いなんてしてない。
百々瀬亮太郎「え、えーっと、俺達三年間同じクラスだよねー・・・」
神代祈里「うん、そうだね。あんまり話したことはなかったけど」
百々瀬亮太郎「あっ、二年の時の課外授業で一緒の班になったよね」
神代祈里「そうだっけ?百々瀬君よく覚えてるね」
ほら、脈なしじゃん。俺の事全く眼中にないじゃん。
ていうかそんなこと一方的に覚えてる俺きもくないか?
こんな些細な事わざわざ覚えてるんだし、もう好きって言っているようなものじゃん。もう告白するのしんどいから先に振ってくれ!
神代祈里「・・・それで、大事なお話って?」
百々瀬亮太郎「・・・」
百々瀬亮太郎「・・・その、俺は、神代さんの事が」
無理!言えない!助けて鬼子さん!!
〇土手
鬼子「うーん・・・近くで見られると恥ずかしいからと言われて遠くから観察しているが ここじゃ全然様子がわからないな」
鬼子「何を話しているかもわからないし、亮太郎はうまくやれているのか?」
鬼子「まぁ、さっきの亮太郎は初めて会った時よりも少しだけ男らしい顔をしていたし、」
鬼子「短い間でもあたしの修行に付き合えた根性があればきっと想いを伝えることが出来るだろうな。」
鬼子「・・・でも、もし失敗したら?」
鬼子「やはり、急がせたのはあたしだよな・・・」
鬼子「急いだせいで失敗したのだったら、あたしはいい事どころか亮太郎に迷惑をかけてしまった事になる。」
鬼子「そうしたらきっと元の世界には戻れないし・・・亮太郎にも、嫌われる。」
鬼子「・・・・・・嫌だな。うまくいってくれ、頼むから、成功してくれ!」
チリンチリン♪
豆腐屋のおやじ「豆腐~豆腐はいらんかね~~?」
鬼子「ん? なんだあれ、確か自転車という乗り物か」
鬼子「・・・変な旗を掲げているな。 なんて書いてあるんだ、えーっと」
『豆腐』
鬼子「!!!!!?」
鬼子「ま、豆だとっ!!?」
鬼子「わ、わたたたたた、どうしよう!最強のあたしも豆だけは苦手なんだ!」
鬼子「か、隠れよう、よし、隠れ・・・」
つるっ
バシャーン!!!
鬼子「うぎゃあぁ!!」
〇川に架かる橋の下
百々瀬亮太郎「そ、その、俺は神代さんが・・・えーっと」
言葉が出ない、好きですって一言いうだけなのにこんなに難しいのか。
鬼子さん、遠くからでいいからなんか俺に活を入れてくれ・・・!!
チラッ
あれ?橋の上に居ない?さっきまであそこに立ってたのに。
神代祈里「百々瀬君?」
百々瀬亮太郎「え、あ、ごめん!えっと・・・」
俺の告白があまりに遅いから鬼子さん飽きてどこかに行ったのか?
いやでもいい事をしないと元の世界に帰れないわけだし、行く当てなんて・・・。
あれ?あの川に流れているのは?
〇川沿いの原っぱ
どんぶらこ、どんぶらこ
鬼子「・・・・・・・・・・ごぼぼぼっ、ごぼっ」
〇川に架かる橋の下
百々瀬亮太郎「川上からどんぶらこと鬼が流れてきてる!!!!???」
神代祈里「えっ!?鬼?何の話!?」
百々瀬亮太郎「って、溺れてる!?」
百々瀬亮太郎「ごめん神代さん!俺行かなきゃ!」
神代祈里「え、えっと、話は?」
百々瀬亮太郎「ごめん!!!」
〇川沿いの原っぱ
俺は無我夢中で走り出した。
せっかく意を決して呼び出した告白のチャンスを不意にするとか、
夜中に呼び出しておいて放置していなくなるような男の話なんてもう聞いてくれないだろうとか、そういう雑念はあったけど。
「亮太郎の片思い、応援してやるよ」
百々瀬亮太郎「俺の初恋を初めて肯定してくれた鬼子さんを助けに行かないなんて、ありえない!!」
百々瀬亮太郎「見つけた!鬼子さん!鬼子さーん!」
鬼子「わっ、あぷ、あっぷ」
完全に溺れている、島育ちのくせに泳げないのか。
百々瀬亮太郎「今助けるから!」
ざぶんっ・・・!!
百々瀬亮太郎「鬼子さん!」
小さな川とは言え流れは速い、慣れない水流に足を取られる。
百々瀬亮太郎(服が重い、全部脱いでから入るべきだった、くそ・・・)
百々瀬亮太郎(山修行のせいで脚も痛いし、手のひらも怪我してるし、コンディション最悪だ)
百々瀬亮太郎(・・・そうやって出来ない言い訳ばっかりしてるから、俺はいつまでたってもヘタレのままだったんだ。)
百々瀬亮太郎(それを変えようとしてくれた、無理やり馬鹿力で背中を押してくれた鬼子さんの為に踏ん張らないでどうする!)
百々瀬亮太郎「うおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!」
〇川沿いの道
百々瀬亮太郎「・・・・・・・・・・はぁ・・・はぁ」
鬼子「・・・・・・」
百々瀬亮太郎「・・・た、助かった」
鬼子「・・・亮太郎」
百々瀬亮太郎「大丈夫ですか?」
鬼子「・・・うん。助けてくれたんだな、ありがとう」
俺達は水浸しになった服を絞りながら向き合う。
鬼子「亮太郎の事、か弱いとか言って悪かった。お前は強いよ」
鬼子「筋力は無いし、木は倒せないし、多分熊にも負けるけど、でもお前は・・・立派だ」
百々瀬亮太郎「素直に褒められると照れます・・・」
百々瀬亮太郎「・・・まぁ、告白も出来ないヘタレですけどね」
鬼子「なっ、そうなのか!?」
鬼子「・・・まさか溺れたあたしを助けに来たから?」
百々瀬亮太郎「違いますよ、鬼子さんに関係なく、俺には勇気が無かったんです。」
百々瀬亮太郎「格好つけたこと言っておいて、ごめんなさい。あんなに応援してくれたのに・・・」
鬼子「亮太郎・・・」
鬼子(亮太郎は嘘をついてる、きっとあたしが告白の邪魔をしたんだ)
鬼子(あたしがいなければ、きっとうまくいっていた・・・)
鬼子(これじゃあたしは、疫病鬼だ。 せめてもう一度亮太郎が告白できるチャンスを・・・)
神代祈里「百々瀬君!!!」
百々瀬亮太郎「か、神代さん!?」
神代さんが息を切らしてこちらに駆け寄ってきた。
手には、空の2Lペットボトルとロープを持っている。
百々瀬亮太郎「それは?」
神代祈里「えっと、溺れている人を助けるときはこれがいいって聞いたことがあって・・・家まで取りに行っていたの。」
神代祈里「でもごめんなさい、それより先に警察を呼ぶべきだった・・・パニックになって全然正しい判断が出来てなかった」
そうか、突然走り出した俺を追いかけて来てくれていたのか。
神代祈里「私、びっくりしちゃった。百々瀬君が急に川に飛び込んだから」
彼女はそっとハンカチを差し出してくれた。
神代祈里「夜の川に飛び込むなんて危険なことしちゃダメだよ?」
百々瀬亮太郎「ご、ごめんなさい」
神代祈里「・・・でも、真っ先に助けに行けるのは・・・すごくかっこよかったと思う」
神代祈里「私百々瀬君のこと誤解していたみたい、クラスで見る百々瀬君はなんだか気怠いというか、」
神代祈里「あんまり本気になってない感じがしたから。 でも違った、いざという時はリスクも構わずに飛び出せる人だったんだね」
百々瀬亮太郎「・・・神代さん」
思わぬ高評価に顔をにやつかせていると、
鬼子「あっはっはっは!そうだろ?亮太郎はこう見えてすごい男なんだよ」
黙って見ていたかと思った鬼子さんが急に割って入る。
百々瀬亮太郎「え」
神代祈里「えっ」
鬼子「あたしは鬼子。たった今亮太郎に命を救われた鬼だ」
神代祈里「おに?」
鬼子「神代祈里、お前はなかなか芯が強く、整った姿勢の人間だな」
神代祈里「え?はい、ありがとうございます?」
ダメだ、神代さんが完全に思考停止してる。
鬼子「しかし亮太郎、あたしを助けに来たその判断はすごく嬉しかったが、一番大事な者を置き去りにしてしまうのは良くないな。」
鬼子「もしあたしと神代祈里が崖から落ちそうだったらコンマ一秒で神代祈里を助けに行かなくてはいけない」
百々瀬亮太郎「え、あ、すみません?」
なんで助けたのに説教された?
鬼子「しかし、こんな出会ったばかりの鬼にも優しい亮太郎は・・・魅力的な雄だと思うぞ」
百々瀬亮太郎「あ、どうも?」
まてまて、話が読めん。この鬼は何を企んでいる?
鬼子「というわけだ神代祈里、この男はおすすめだぞ」
神代祈里「え?」
鬼子「神代祈里、もう一度亮太郎の話を聞いてみてはくれないか?」
鬼子「確かにこいつは大事な話の途中に他の誰かを助けに行ってしまうような奴だが、」
鬼子「それはそれだけ優しさと強さを持っているという事。このまま何も聞かずに逃すのは惜しいじゃないか」
神代祈里「えーっと、そう、なのかな?」
鬼子「そうだ!!」
あっはっは、と豪快に笑う。
神代祈里「・・・」
神代祈里「・・・うん、そうだね」
神代さんは真っすぐに俺の方を見つめる。
さっき話があると言って呼び出した時とは違い、俺の事を受け止めるような、何かを期待するような、そんな表情で。
百々瀬亮太郎「え、えっと・・・」
俺もそれに後押しされたのか、
百々瀬亮太郎「俺、神代さんが好きです!」
俺の口は先程とは別物のようにいとも簡単に開いた。
神代祈里「・・・!?」
百々瀬亮太郎「一年の頃からずっと見てました、真面目で、正義感があって、芯の強い姿に惹かれました、すごくかっこいいと思います。」
百々瀬亮太郎「あ、でも見た目は可愛いなっていつも思っています、清楚でぴしっとしてて、でも笑うと柔らかくって、」
百々瀬亮太郎「・・・そんな神代さんの事をいつも遠くから見ていました」
神代祈里「・・・!」
百々瀬亮太郎「俺と、付き合ってください」
神代祈里「・・・!!」
百々瀬亮太郎「・・・」
神代祈里「・・・わ、私で良ければ」
百々瀬亮太郎「・・・えっ?」
神代祈里「百々瀬君の事まだよく知らないけど、あなたがいい人だっていうのだけはわかった。」
神代祈里「それに、私の知らない私のいいところを沢山知ってくれているみたい。」
神代祈里「だから・・・私で良ければ、よろしくお願いします」
百々瀬亮太郎「・・・・・・」
鬼子「やっっっっったな亮太郎!!!!!」
百々瀬亮太郎「や、や、やりました鬼子さん!!」
バチンッ!!
鬼子さんとしたハイタッチはめちゃくちゃ痛かった。
〇簡素な一人部屋
その日の夜、俺は神代さんを家まで送り、家族に見つからないように鬼子さんと家に戻った。
百々瀬亮太郎「これでもう、鬼子さんは悪い子じゃないですから。きっと元の世界に戻れますよ」
今朝と同じように桃太郎の絵本を開いておく。
百々瀬亮太郎「短い間でしたが、本当にありがとうございました」
鬼子「なぁに、亮太郎に根性があったからこの恋は実ったんだ。あたしはただ応援していただけだよ」
鬼子さんは照れ臭そうに笑った。
鬼子「ふむ、そろそろ召喚される気がする」
百々瀬亮太郎「もう悪いことしちゃダメですよ」
鬼子「あっはっは、気を付けるよ」
鬼子「・・・」
鬼子「それじゃあな、亮太郎」
カッ・・・
まばゆい光に眼を瞑り。それが収まった頃、俺の部屋に鬼子さんはいなかった。
百々瀬亮太郎「・・・」
百々瀬亮太郎「本当に、ありがとうございます・・・」
俺と鬼子さんの奇妙な協力関係は終わり、これからは神代さんとの物語が始まる。
百々瀬亮太郎「めでたしめでたし・・・だな」
〇簡素な一人部屋
──一週間後──
まさか神代さんがあんなことを言うなんて・・・。
神代祈里「一緒に登校?私たちは家の方向が逆なんだから無理じゃない。」
神代祈里「え?帰りに寄り道?下校は速やかにって校則に書かれているんだからダメだよ」
神代祈里「休日にデート?ごめんなさい、家の手伝いと授業の予習をしないといけないから・・・」
神代祈里「遅くに電話をするとパパが怒るから難しいかな、勉強時間以外のメールならできるよ?」
神代祈里「校内で手をつなぐなんて!そんなことできませんっ! 学校は勉強するための場所でしょ!」
こんなに、こんなに御堅いなんて!これじゃ全然恋人同士って感じがしないよ!
百々瀬亮太郎「そもそも神代さんって別に俺の事好きとか言ってくれてないもんなぁ・・・」
百々瀬亮太郎「ただ俺がいい奴でまともそうだったから告白を受けてくれただけなんじゃ・・・はぁ」
深いため息をついたと同時、なんとなく捨てられずにいた絵本の『ももたろう』が・・・
──カッ──
百々瀬亮太郎「うわ、まぶしい!!」
この光は、まさか・・・
鬼子「あっはっは! 茶屋の団子を勝手に全部食べつくしたらまた桃太郎に怒られてしまった!!」
百々瀬亮太郎「鬼子さん!?」
鬼子「またいい事をするぞ!よろしくな、亮太郎」
ニカッ、と笑う鬼子さん。全く反省の色は見えない。
百々瀬亮太郎「鬼子さんって本当に・・・」
鬼子「ん?なんだ」
百々瀬亮太郎「鬼子さんって、悪い子ですよね」
めでたしめでたし
童話の桃太郎の物語がいい感じでアレンジされていて、でも鬼子さんの明るい実はいい性格という要素で主人公と心が通い合ったところは、原作よりもグッとくるものがありました。
鬼子さんかわいいですね!
このまま鬼子さんルートあるかな?とちょっと期待してしまいました。
好きじゃなくてもつきあえますけど、一方的じゃ告白する前より心の距離が遠いですよ。
登場人物の魅力や心情がストレートに伝わってくる気持ちのいい物語ですね。特に鬼子さんは痛快なほど真っ直ぐなキャラクターですね。お話の続きを想像したくなります。