糠星に聖なる願いを

眞石ユキヒロ

勇気味のココア(前編)(脚本)

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眞石ユキヒロ

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〇黒
見藤祐護(あの人が俺に残したのは冷めた紅茶と空間の鍵だけだった)
見藤祐護(わかったのは、これからは自分で紅茶を淹れなくてはいけないこと)
見藤祐護(それからは紅茶を淹れて、書斎をあさり、内容の薄い日記をつけて眠るだけの日々を続けた)
見藤祐護(怠惰な生活は、孤独によって生じる感情を限界まで希釈してくれた)
見藤祐護(……出会いは宝石の輝きとともに突然にやってきた)
見藤祐護(君は、俺の前から消えないよな……?)

〇屋敷の書斎
三ツ森ツカサ「……祐護さん起きて!」
  体を揺さぶられ、まどろみから醒める。
  確か星座の本を読んでいたはずだ。
  ……ちょっかいを出してきた彼―――三ツ森ツカサに紅茶を頼んだような、頼んでないような。
見藤祐護「……紅茶、淹れた?」
三ツ森ツカサ「何の話だよ。それより見てくれ。玄関、光ってる」
  玄関に隣接するドアの明かり窓から赤い光が漏れている。
  赤い光は来客のしるしだ。両開きの玄関ドアが開く音がする。
三ツ森ツカサ「……邪魔しやがって」
見藤祐護「はいはい、人が来たから静かにしててね」
  赤い光の消えた玄関を明かり窓から覗く。
  殺風景な玄関で小さな女の子が座って泣きじゃくっていた。

〇神殿の門
美郷白星「うえっ、うえええええん!」
  この場所、アスタリスクを訪れる人間が泣いていることはよくある。
  どの世界からも隔絶されたアスタリスクに迷い込む人間に共通しているのは、たった一つ。
見藤祐護(かわいそうに。 ここに迷い込んだころの俺やツカサと同い年くらいだよな……)
  俺はしゃがんで少女の頭を撫でた。背後からツカサの足音が近づいてくる。
三ツ森ツカサ「もしもそいつが暗殺者だったらどうするんだよ……」
見藤祐護「はいはい、ツカサの頭もいつかは撫でてあげるから歓迎の準備しててね」
三ツ森ツカサ「……歓迎の準備したら、本当に撫でてくれよ」
  言いながらツカサは書斎の隣のキッチンへと消えた。
  俺は女の子の頭を撫でて落ち着かせることに努めた。

〇L字キッチン
見藤祐護(白星はご両親の喧嘩が怖くて逃げてきた、と……)
  先ほど迷い込んできた女の子―――美鄕白星が桃の香りの紅茶をふーふーと冷まして一口飲む。
美郷白星「甘いのがいい」
  ツカサが「了解」とつぶやいて白星の紅茶に角砂糖を突っ込んでいく。
  一個、二個、三個、四個……七個。
見藤祐護「限度があるでしょ、限度が」
三ツ森ツカサ「子供なんてこのくらいしないと飲もうとしないだろ」
  白星が砂糖まみれの紅茶をゆっくりと飲む。
美郷白星「おいしい!ありがと!」
見藤祐護「まぁ、年齢上がれば砂糖の量も減る、か……?」
三ツ森ツカサ「祐護さんは一個、と」
見藤祐護「そこは普通なんだ」
美郷白星「……仲いいんだね」
見藤祐護「普通だよ、毎日顔をつきあわせてるからね」
美郷白星「パパとママは普通じゃないのかな。 最近はずっと喧嘩してるし……」
見藤祐護「……どんなことで?」
美郷白星「うう、えっと……その……うぅ……」
美郷白星「わかんないよぉ!」
  白星の目にみるみる涙がたまっていく。
  俺は席を立って、震える白星を抱え上げた。
三ツ森ツカサ「ちょっと、祐護さん!……もう!」

〇神殿の門
見藤祐護「開け」
  首から提げた鍵が左右に揺れた。
  はめ込まれた宝石が緑の光を放ち、両開きの玄関ドアは自分から外への道を開いた。

〇森の中
美郷白星「あれ、私、うちの玄関から、ここに来たよね……? なんで、外がうちじゃないの?」
見藤祐護「白星が心から帰りたいって思わなかったから、アスタリスクの庭に出たんだ」
三ツ森ツカサ「祐護さん、テーブル持ってきたよ。 絶対あとで頭撫でろよな!」
見藤祐護「白星、ちょっと難しいかもしれないけど。 同じ場所にずっといると見えなくなるモノってあるんだ」
  興味深そうにムクロジの森を見つめる白星をおろす。
見藤祐護「だから今は外でお茶にしよう。 ちょっと待ってて、椅子と紅茶も持ってくるからね」

〇L字キッチン
  待ち構えていたツカサが俺の手首を掴んでしゃがんだ。
三ツ森ツカサ「今、撫でろ」
見藤祐護「白星を待たせたくないから、あとでゆっくりにしようね」
  ツカサがペインターパンツのパッチポケットからボイスレコーダーを取り出した。
三ツ森ツカサ「言質取ったからな」
見藤祐護「うん、わかった。そこまで執念見せるなら、うん」
三ツ森ツカサ「引かないでくれよ、焦らし続けた祐護さんが悪いんだからな」
見藤祐護「ボイレコなんていつ渡したっけ……」
三ツ森ツカサ「忘れるまで待った。奥の手ってやつ」
見藤祐護「ああ、うん、白星の前ではそういうの言わないでくれよ」

〇森の中
  重ねた椅子を持ってアスタリスクの外に出ると、白星がひときわ大きなムクロジの幹に抱きついていた。
見藤祐護「そっとしておこうか」
  俺がテーブルの周りに椅子を置いていき、ツカサはテーブル上にトレイを乗せ、オイルランプに火をともした。
三ツ森ツカサ「……また今度、二人だけでこうしない?」
見藤祐護「気が向いたらね」
  椅子に座ってティーカップを持ち、紅茶から立ち上る桃の香りを楽しんだ。
見藤祐護「やっぱり、人が淹れてくれる紅茶は良いな」
三ツ森ツカサ「俺が淹れたのが一番だろ?」
  頷いてから紅茶を一口いただく。
  澄んだ流れが喉を下り、暖かさを体に伝える。
見藤祐護「うん、一番、だ」
  白星がこちらに走ってきて、ほぼ砂糖の紅茶をニコニコと飲み干した。
  椅子に座って、遠い星空を見上げる。
美郷白星「私がおうちを出たのは夕方だったんだけど……。今って夜なの?」
見藤祐護「ここはずっと夜なんだよ。 日が当たらないからカルシウムとビタミンD……牛乳とか魚とかを多めに食べるんだ」
見藤祐護「なのに不思議と植物は育って……」
美郷白星「ねぇ、今って何時?」
見藤祐護「十九時だね」
美郷白星「じゃあ、眠いの普通、かな……」
  白星が脱力したように椅子の背もたれに寄りかかる。
  俺は立ち上がって白星を抱え上げた。
  ツカサに睨まれるが、笑顔を返す。
見藤祐護「白星、ベッドに案内するよ」
  白星を自分のベッドに運び、外に出したモノを片付けた。

〇ダブルベッドの部屋
  ツカサとの夕食後。風呂をさっさと済ませた俺はドライヤーを持ってツカサの寝室を訪ねた。
見藤祐護「ツカサ、風呂」
  ツカサの左手はテーブル上の日記に添えられ、右手にはシャープペンシルが握られている。
三ツ森ツカサ「一緒に入るのか」
見藤祐護「何でわざわざ入り直さないといけないんだよ」
  頬を膨らませたツカサが立ち上がり、急接近して手の甲で俺の胸をノックした。
三ツ森ツカサ「……少しくらい乗ってくれてもいいだろ」
  ぷいっとそっぽを向いたかと思うと、俺の横を通り抜け、廊下からキッチンへ向かう足音を響かせた。
  取り残された俺はツカサが座っていた椅子に腰を下ろした。
  指で髪をすきながらドライヤーを当てていく。
見藤祐護(帰れなかったら白星もここに住むんだろうか)
見藤祐護(電気や水道も通ってるし、物質の不自由はほとんどない。 金銭もなく、定職に就く必要もない)
見藤祐護(ただ生きることができる、そんな空間に)
見藤祐護「あっつ!」
  頭頂部が熱い!
  ドライヤーを持つ手がいつの間にか止まっていた。何も考えずに一気に乾かして、ドライヤーを日記の横に置く。
  ぐるりと部屋を見回すと、部屋の隅に陣取る巨大なアジアゾウぬいぐるみと嫌でも目が合った。
見藤祐護(高さ二メートル。デフォルメされてるのにすごい威圧感だな)
  去年の六月六日、十五歳の誕生日にツカサがねだったモノだ。
  部屋に現れたこれの鼻に勢いよく抱きつくツカサが微笑ましかった。
見藤祐護(白星が帰らないようなら明日はゾウ関連の本でも読むかな。 でも星座の本が途中だったような……)
三ツ森ツカサ「祐護……祐護さん! もう上がったんで!髪乾かしたら頭撫でてくれよ」
見藤祐護「わかった、おまけする。ツカサの髪は俺が乾かすよ」
三ツ森ツカサ「祐護さん大好きっ」
  俺が座っていた椅子にツカサを招いて、ドライヤーを当ててやる。
見藤祐護(俺とツカサはいつまでここにいるんだろう)
  ツカサの髪からは自分と同じシャンプーの匂いがして、少し悲しく思えた。
見藤祐護(ツカサがどこかに帰ったら俺は新しい同居人を待つんだろうか)
見藤祐護(冷めた紅茶を飲んで、本をあさって、変化のない日々を続けながら。 あの人や……ツカサの面影をどこかに求めて……)
三ツ森ツカサ「あっつ!!手ぇ止めるなよ!」
見藤祐護「ご、ごめんっ!多めに撫でるから許して!」
三ツ森ツカサ「許さなかったらもっと色々してくれるのか?」
見藤祐護「許されなくていいや」
  俺より少し長い髪を念入りに乾かす。
  ドライヤーを置くと、ツカサが意地の悪い笑みを向けてきた。
三ツ森ツカサ「覚悟は決まってるよな?」
  熱の残る頭を優しく撫でる。さらりとした手触りが心地良い。
  ツカサはうっとりと目を細めて、俺にされるがままだった。
三ツ森ツカサ「……寝れる。いい気分」
三ツ森ツカサ「一緒に寝ない?」
  ツカサがにっと口の端を上げて、俺のパジャマの裾を掴む。
見藤祐護「俺、二階のソファで寝るよ」
三ツ森ツカサ「寝ようよ、二人でさ!」
見藤祐護「日記とおんなじで線引きだよ」
見藤祐護「おやすみ」

〇コンサート会場
  二階には舞台があり、客席に当たるスペースに五人掛けのソファが並んでいる。
  適当に腰掛けて自室から持ってきた日記を綴る。
見藤祐護(『五月二日、十六時頃、美鄕白星(七歳)が現れる。 判明している家族構成は父、母。』)
見藤祐護(『家族については口ごもることもあり、何かを隠しているようだ。 おそらく、そこにアスタリスクに迷い込んだ真の理由がある。』)
見藤祐護(『今日の紅茶:桃の香り。』)
  ツカサとは互いの日記は絶対に覗かないと固く誓いあっている。
  プライバシーは心の健康のために必要だと、あの人が言っていた。
見藤祐護(あの人……)
見藤祐護(ツカサはいつ帰りたくなるんだろう。 その時が来たら、俺はツカサを帰せるんだろうか)
  ソファの間のローテーブルに日記を置く。
  足をソファに乗せて寝転がった。

〇幻想
  遠い天井には壁紙の銀河が流れている。
見藤祐護(この空間、アスタリスクはいつまで続くんだろうか。 ツカサを次の管理人にしたくないな……)
見藤祐護(帰すのが怖いくせに)

次のエピソード:勇気味のココア(後編)

コメント

  • 紅茶の香りが漂う素敵な作品ですね。
    祐護さんのあしらい方が好きです!
    これからも執筆頑張ってください☆

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