第3話 ブーケの戸惑い(脚本)
〇繁華な通り
ダイニングバー『ライラック』の前に行くと岸井さんの姿はなかった。
市ノ瀬花音(あれ、この店だよね?)
自動販売機の影から様子を伺うと、青い壁に白いドアのついたシンプルな店の前に紫のライラックの花が咲いていた。
市ノ瀬花音「綺麗なライラックの花・・・。 店名も『ライラック』だったし、この店で間違ってないはずだけど・・」
携帯で店の場所を確認していると後ろから肩をたたかれた。
市ノ瀬花音「・・・!」
ドキっとして振り向くと目の前に岸井さんが立っていた。
岸井浩太「お待たせしちゃってすみません」
市ノ瀬花音「あ、岸井さん! 良かった。ここで合ってたんですね」
岸井浩太「はい。この店に宮下香澄さんが入っていきました」
岸井浩太「花音さんが来る前に少し周りを見ておこうと思ったんですけど、特に怪しい人影はありませんでした」
市ノ瀬花音「ここ、素敵なお店ですね。香澄さんは誰かと一緒に入っていったんですか?」
岸井浩太「いえ、香澄さん一人でした」
岸井浩太「うーん。この店、窓が小さすぎて中の様子がわかりませんね・・・」
市ノ瀬花音「そうですね。あの・・・ライラック、ここにもありますね」
岸井浩太「え? ライラックって店の名前ですよね?」
市ノ瀬花音「店名もそうですけど、あれです。 あの紫色の花、甘い香りの・・・」
花の香りに誘われて店の前のライラックに近づくと、中から白いシャツに黒いエプロンをつけた男の人が出てきた。
???「お待ち合わせのお客様ですか? 良かったら中でお待ちになってください」
市ノ瀬花音(! どうしよう。張り込みなのに私、つい花に夢中になって・・・)
市ノ瀬花音「あ、あの・・・」
牧野拓実「突然、声をかけて驚かせてしまって、すみません。この店の店長をしています牧野拓実(まきのたくみ)です」
市ノ瀬花音「ど、どうも・・・」
どうすればいいのかわからなくて慌てていているうちに岸井さんが駆け寄ってきてくれた。
岸井浩太「ごめん。お待たせ。用事済んだよ」
市ノ瀬花音(え、えっと・・・よくわからないけど、とりあえず一緒に店の中に入ろうってことだよね)
牧野拓実「お揃いのようですね。どうぞ」
〇シックなカフェ
笑顔を浮かべた店長さんに促されて、岸井さんと『ライラック』の店内に入った。
そのとたん、カウンター席に座っていた香澄さんが振り返り、私は思わず目をそらした。
市ノ瀬花音(今、香澄さん、私のほうを見たような気がする・・・)
岸井浩太「奥の席、いいですか?」
牧野拓実「どうぞ」
案内された席で岸井さんが私のほうにメニューを広げてくれた。
岸井浩太「花音さん、何、頼みますか?」
市ノ瀬花音「えっと・・・岸井さん、すみません。ライラックがあんまりいい香りだったから、つい・・・」
岸井浩太「気にしなくていいですよ。外からじゃ店の中が見えなかったから、かえって好都合です」
岸井浩太「それに二人なら入りやすいですし」
市ノ瀬花音(私の明らかなミスなのに岸井さん、優しい・・・)
岸井浩太「あの花、ライラックっていうんですね。店名のライラック、花の名前だなんて気づきませんでした」
市ノ瀬花音「キンモクセイ科の低葉樹で、お店でも時々扱うんですけど、なかなか木を見ることはないので、つい・・・」
岸井浩太「花音さんって本当に花が好きなんですね」
岸井浩太「とりあえず軽く何か頼みましょう。怪しまれないように花音さんは普通にデート中のつもりでいてください」
市ノ瀬花音「え・・・あ、はい」
市ノ瀬花音(確かに、ここはデート向きの席って感じ・・・)
注文したビールを飲みながら岸井がさりげなくネクタイピンを何度か押さえた。
岸井浩太「これはカメラなんですよ」
市ノ瀬花音「そ、そうなんですか? そんなところにカメラがついてるなんて全然わかんないですね」
岸井浩太「でしょ。僕、探偵グッズには拘るタイプなんで」
市ノ瀬花音(岸井さんのフニャっとした笑顔って緊張を一瞬ほぐしてくれる・・・)
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