一誹り(そしり)、二笑い、三…(脚本)
〇大学
俺の名前は久慈(クジ)。
大学生になったばかりだが、特に何かを求めて入ったわけではない。
ただ平穏に、確実に卒業して公務員にでもなれれば良いと思っている。
いや、思っていた──
「うぉあっ!?」
ドスン!
久慈「いってえ・・・。」
神楽坂 美桜「あわ! ご、ごめんなさい! よそ見してて・・・。」
どうやら俺は、この女にかかとを踏まれて転んだらしい。
手にはスマホ、ってことは・・・
久慈「歩きスマホか? 危ねえだろ。」
神楽坂 美桜「は、はい・・・。 ごめんなさい。」
久慈「これからはすんなよ、歩きスマホ。」
神楽坂 美桜「はい、気を付けます。 本当にごめんなさい・・・。」
久慈「ならもう良いよ。 んじゃ。」
神楽坂 美桜「え!? ちょ、あの!?」
久慈「何?」
神楽坂 美桜「いや、その・・・、何かお詫びを。」
久慈「別に要らん。 これから歩きスマホしなければそれで良い。」
正直周りの視線が鬱陶しい。
『それじゃ』と、俺はこの場を去ろうとした。
神楽坂 美桜「腕! 怪我してるじゃないですか!?」
久慈「?」
見ると確かに腕には血が滲んでいた。
久慈「このぐらいで大袈裟な。 すぐ治る。」
神楽坂 美桜「ダメですよ! 早く保健室行きましょう!」
久慈「え、おい!?」
こうして俺は強引に腕を引かれ、保健室へと連れて行かれた。
〇保健室
保科 千晶「はい、おしまいね。」
久慈「ありがとうございます。 すいません、講義前に。」
保科 千晶「良いの良いの。 丁度二日酔いの薬探しに来たとこだったし。」
久慈「は?」
神楽坂 美桜「あの、本当にごめんなさい。 これからは気をつけるよ・・・。」
久慈「あ、ああ。 そうしてくれ。俺の方はそんな気にしなくて良いから。」
保科 千晶「・・・。」
久慈「・・・あの、何ですか? 人のこと見てニヤニヤと。」
保科 千晶「いやぁ、教師の前でイチャイチャしないで欲しいなぁと思ってw」
神楽坂 美桜「え、あ、その・・・。」
久慈「別にそういうんじゃないです。 さっき会ったばっかだし。」
保科 千晶「なんだぁ、つまんないの。」
久慈「つまんないって・・・。」
この人、まだ酔ってるんじゃないだろうな?
久慈「へっくし!」
保科 千晶「あら。 怪我の次は風邪?」
久慈「いや、さっき大っぴらにコケたから 噂でもされてんじゃないですか。」
保科 千晶「私と似たようなこと言ってる輩がいるかもねw」
久慈「実害がなければどうでも良いですよ、噂くらい。」
神楽坂 美桜「すごいなぁ。 私だったら気にしちゃうよ・・・。」
久慈「そうか、すまん。 もしそういう風に話してる奴がいたら訂正しとく。」
神楽坂 美桜「あわ!? そ、そういう意味じゃなくて・・・。 噂自体がというか・・・。」
保科 千晶「ww」
神楽坂 美桜「あああっと、そうだ! くしゃみって、した回数で色々意味があるんですよ?」
保科 千晶「へぇ、初めて聞いたわ。」
久慈「俺も。」
保科 千晶「どんなのがあるの?」
神楽坂 美桜「くしゃみを1回したら誰かに悪口を言われているそうです。」
保科 千晶「へぇ〜、悪口かぁ・・・。」
久慈「だからニヤニヤしないで下さい。」
保科 千晶「ふふ・・・、あとは?」
神楽坂 美桜「2回したら誰かに笑われるそうです。 ちなみに地域とかによっては意味が違ったりするみたいです。」
久慈「1回と2回の意味逆じゃないのか? さっきから横でニヤニヤされてんだけど。」
保科 千晶「細かい事は気にしなーい。」
神楽坂 美桜「あ、でも実際逆のところもありますよ。」
保科 千晶「あらそうなの? ね、他には?」
神楽坂 美桜「えーっと、”一誹り(そしり)、二笑い”だから三──」
ふと俺は壁の時計を見た。
久慈「やば。 講義始まっちまう!」
神楽坂 美桜「え!? 急がないと!!」
神楽坂 美桜「それじゃあ先生、ありがとうございました。」
保科 千晶「はいよ。また転ばせないようにね〜。」
〇大教室
久慈「ギリギリ間に合ったな。」
神楽坂 美桜「そうだね。良かった〜。」
俺は空いてる席を探した。
すると神楽坂が袖を引っ張ってきた。
神楽坂 美桜「あ、あの、お名前を聞いても良いかな? 私は神楽坂美桜って言います・・・。」
とりあえず苗字だけ言えば良いか・・・。
久慈「・・・久慈(くじ)だ。」
神楽坂 美桜「久慈・・・、久慈くんかぁ・・・。 あ、下の名前は──」
???「あ、美桜ー! こっちこっち!」
神楽坂 美桜「ごめんなさい! 友達呼んでるんで行きますね!」
神楽坂 美桜「あ、お昼だけでもご馳走したいから、講義終わったら待ってて下さいね!」
久慈「え、おい・・・。」
そう言って神楽坂は前の方に向かって行ってしまった。
〇大教室
午前の講義が終わり、昼休み。
他の生徒は続々と教室を出て行く。
久慈「さてと・・・。」
俺は神楽坂を探した。
久慈「こんなことで奢られるのもなんだしな・・・。」
大和 真弥「アンタが久慈って人?」
久慈「あ、ああ。そうだが・・・。」
何で子供が大学に・・・?
大和 真弥「ふーん。」
久慈「親御さんはいないのか? もしかして迷子?」
大和 真弥「カッチーン! ウチはアンタらと同い年だっつの!!!」
久慈「そうなのか!? すまん、見た目で判断してしまった。」
大和 真弥「・・・なんだ。 案外素直じゃない。」
と、そこへ神楽坂がやって来た。
神楽坂 美桜「真弥ちゃん、久慈くん、お待たせしました!」
久慈「神楽坂。 もしかしてこいつはお前の連れか?」
神楽坂 美桜「そうです。 大和真弥ちゃんです! 幼馴染で親友なんです!」
大和 真弥「美桜、恥ずかしいからやめて。」
久慈「そ、そうか。 仲、良いんだな。」
神楽坂 美桜「はい! すっごく仲良しなんです!!」
大和 真弥「はぁ・・・、だからやめてってのに。」
そのやり取りだけで、2人は本当に仲が良いのだろうと思えた。
神楽坂 美桜「あ、2人とも、早くしないとお昼休みなくなっちゃうよ!」
大和 真弥「はいはい・・・。」
久慈「あ・・・。」
また強引に手を引かれ、俺は断るタイミングを逃してしまった。
〇学食
神楽坂 美桜「久慈くん! 遠慮せずに好きなもの頼んでくださいね!」
久慈「正直、女子に奢られるってのはどうかと思うんだが・・・。」
大和 真弥「まあ、確かにね。」
神楽坂 美桜「そんなこと気にしませんよ! 何か食べたいものはありませんか?」
久慈「特にないな。」
神楽坂 美桜「じゃあ嫌いなものは?」
久慈「特にないな。」
神楽坂 美桜「んー、それじゃあ誕生日はいつですか?」
久慈「・・・何でだ?」
神楽坂 美桜「良いから良いから♪」
久慈「・・・あまり言いたくない。」
大和 真弥「何でよ? 誕生日くらい別に良いじゃない。」
神楽坂 美桜「月だけでもいいのでお願いします!」
久慈「はあ・・・、七月だ。」
神楽坂 美桜「七月ですね! ありがとうございます♪」
そう言って神楽坂は近くの空いてる席に座った。
少しスマホをいじると戻って来て──
神楽坂 美桜「久慈くんの今日のラッキーカラーは黄色! なのでお昼はオムライスにしましょう♪」
久慈「なんだ、そんなことか。 別にテキトーな定食で良かったんだが。」
神楽坂 美桜「でもこっちの方が楽しいじゃないですか♪ あ、ちなみに真弥ちゃんは──」
大和 真弥「良いわよ別に。 毎日それでメニュー決めるのも面倒だし。」
久慈「同感だな。」
神楽坂 美桜「ちぇえ、つまんないの。」
久慈「てかお前、もしかして歩きスマホしないようにわざわざ席に着いて調べて来たのか?」
神楽坂 美桜「あ、はい。一応・・・。」
久慈「そ、そうか。」
随分と律儀な奴だな。
〇学食
大和 真弥「・・・・・・。」
久慈「神楽坂はミートソースか。」
神楽坂 美桜「はい! ラッキーカラーが赤だったので♪」
大和 真弥「・・・・・・。」
久慈「で、何で大和はこんな渋い顔なんだ?」
神楽坂 美桜「あぁ、お気になさらず。 いつものことなんで。」
久慈「そ、そうか。」
大和 真弥「ぐぬぬ・・・。 安いからってテキトーに定食選んだのが仇となるなんて・・・。」
大和の目の前には鯖の味噌煮定食が置かれていた。
久慈「もしかして、魚が嫌いなのか?」
大和 真弥「そうよ、悪い!?」
久慈「いや、別に。」
神楽坂 美桜「真弥ちゃん、昔から好き嫌いが多くて。 だから大きくなれないんだよ?」
大和 真弥「それは関係ない! コレはきっと昔、色々被って遊び過ぎたせいよ・・・そうに違いない・・・。」
久慈「何の話だ?」
神楽坂 美桜「聞いたことありません? 子供が袋とか被って遊ぶと背が伸びなくなるって迷信。」
久慈「いや、初耳だ。」
神楽坂 美桜「真弥ちゃん、小さい頃によくビニール袋とかバケツとか被って遊んでたんですよね。」
久慈「バケツ・・・?」
神楽坂 美桜「だから、背が小さいのはそのせいだって信じてるんです。」
久慈「まあ、魚は身体に良いし、カルシウムだのなんだの成長には欠かせな──」
ドン!
大和がどこからともなく牛乳を取り出した。
大和 真弥「カルシウムなら毎日、朝昼晩の3回摂ってるわよ!」
大和は怒っているのか泣きそうなのかわからない表情をしていた。
久慈「そ、そうか・・・。 ちなみに牛乳を飲めば背が伸びるってのも迷信だぞ?」
大和 真弥「わかってるわよそんなこと!!!」
何だか大和が哀れに思えてきた。
久慈「オ、オムライスで良ければ交換するか? まだ食ってないし。」
大和 真弥「え!? 良いの!?」
久慈「あ、ああ。構わん。」
大和 真弥「やったー! ありが──」
神楽坂 美桜「ダメだよ、真弥ちゃん。 いっつもそうやって誰かに押し付けるんだから。」
大和 真弥「・・・。」
神楽坂 美桜「拗ねてもだーめ。 大学生にもなってそんなんじゃ中身まで子供って思われちゃうよ?」
大和 真弥「ぐぬぬぬ・・・。」
神楽坂のド正論に屈し、大和は渋々鯖の味噌煮定食を食べ始めるのだった。
〇大学
大和 真弥「うう・・・。 午後からずっと口の中が魚臭い・・・。」
ブツブツ呟きながら前を歩く大和。
神楽坂 美桜「あっ!」
久慈「どうした?」
神楽坂 美桜「『鯖』って魚に青って書くじゃないですか?」
久慈「そうだな。 まあ正確には魚に青の旧字体らしいが。」
神楽坂 美桜「あ、あれって旧字体なんですね。」
久慈「ああ。 それで?」
神楽坂 美桜「お昼の時、一応真弥ちゃんのラッキーカラーも見たんですが『青』だったんですよね。」
久慈「青・・・。」
神楽坂 美桜「こういうのって見た目の色じゃなくても良いのかなーとか思ってw」
久慈「まあ、本人にとってはラッキーではなさそうだが・・・。」
神楽坂 美桜「ですねw でももしかしたら、これで少しは背が伸びるかも、なーんて。」
大和 真弥「もう! 他人事だと思って笑ってんじゃないわよ、このこのー!」
神楽坂 美桜「わわっ、ごめんてばー! 許してー!」
こうして俺の大学生活はかなり賑やかに始まったのだった。
冒頭で大した目標もなく入った大学とあるところから、彼女にぶつかった所からすでに長く付き合う事になりそうな人物が一人2人と登場して、刺激のある学校生活が送れそうな気配がでてきたところが興味深かったです。
神楽坂さん、普通のおとなしい人かと思いきや、なかなか押しの強い人で面白いです。
こういった感じの人だから、大和さんとも気が合うのかな、と思いました。
一緒にいたら毎日が楽しそうですね。
わざと仲良くなりたくてぶつかったまだあるなと思いました笑
しかし大学というものはこんなに女の子とイチャイチャできるものなのか…いやぁけしからん!