エピソード(脚本)
〇王妃謁見の間
俺は、世界を滅ぼすために悪魔に魂を売った魔王だ。
もうすぐこの魔界城の私が居る部屋に勇者がやってくる。
人生最大の見せ場が始まる前に、俺が何者なのかを告白しておこうと思う。
〇立ち飲み屋
新型ウィルスが世界中に広がっていた半年ほど前、俺は飲食店を経営していた。
店の常連客は会社帰りの人が多く、国の要求通りの時間に店を閉めてしまうと困るお客さんが大勢いた。
客1「会社帰りにここが閉まってると夕飯に困るよ」
客2「夜ここで一杯やって、うまいもの食うのが唯一の楽しみなんだよ」
そんなありがたい言葉の数々を無視することが俺にはできなかった。
また、店の売上的にも夜の収入が八割以上を占めていたので、早仕舞することは店にとって大打撃だった。
国が給付すると言っている補償金は雀の涙でまったく役に立たない。
俺は、要求を拒否して営業を続けた。するとしばらくして県の行政機関に店名を公表されてしまった。
はじめはそれでも応援してくれるお客さんで店はそこそこ繁盛していたが、少しずつその足も遠のいていき、やがて皆無となった。
後で知ったのだが、SNSで店に対する批判が拡散されており、感染者がなかなか減らない原因のひとつとまで言われていた。
そして最終的に店の家賃すら払えない状況に陥ってしまった。
店を手伝っていた妻は、要求通りに店を閉めるべきだったと俺の事を責めた。彼女は、最初から夜の営業を続けることに反対だった。
そうなってしまうと、閉店の決断をするまでにそう時間はかからなかった。妻は、
大切なことはいつも勝手に決めてしまうので、私が一緒にいる意味はない
そう言って家を出て行った。
店が潰れて妻は去り、俺には何もなくなってしまった。
目の前が真っ暗になったその時、大魔王が私の前に現れた。
大魔王「魔王になってこの世界をメチャクチャにしないか?」
彼は、そう言って俺に誘いをかけた。
俺「いくら自分が不幸だからって、周りの人を不幸にするなんてことできない」
俺が答えると、彼は静かに首を横に振った。
大魔王「不幸にするんじゃなくて救うんだよ」
大魔王「いま蔓延してるウィルスは恐ろしい生命力を持っていて、この先どんどん形を変えて変異していくことになるだろう。」
大魔王「ワクチンをいくら作ったところでそれをすり抜けるように今後も犠牲者が増えていくことになる。」
大魔王「だから、世界がそんな地獄と化す前に私たちの手で終わらせてあげようではないか」
大魔王の言うように、海外では既に変異種によって死亡者が大幅に跳ね上がっていた。
この日本でも変異種が数例見つかっており、この先その数はどんどん増えていくと考えられていた。
俺は、破壊することが救済になるのならと、大魔王の誘いに応じた。
〇王妃謁見の間
そしていま、俺はここにいるというわけだった。
つい先ほど、部下から直下の階にいる仲間がやられたという報告があった。そろそろ目の前の扉を開けて、勇者の姿が現れるだろう。
聞いたところによると、彼もまたウィルスの被害を受けた人間の中のひとりだそうだ。
営業マンとして勤めていた彼の会社の業績が悪化して、社員の数を減らすことになった。
つまりリストラだが、彼は売ることよりも客先の事情を先に考えてしまう人間だったため、営業の成績はいつも下の方だったそうだ。
その状況から、良く勇者になろうと自分を奮い立たせたと感心するが、こっちだって世界を救済するという目的でやっている。
俺は、やがて来る勇者に対して、そう自分を奮い立たせる。
おそらく世界中の人たちの目には、俺たちが悪で勇者が正義だと映っていることだろう。
その証拠に勇者がリストラされた背景は語られていても、俺の境遇はどこでも語られていない。
まあ、悪者だと思われているのならそれでいい。
主人公のバックボーンは見ている者の感情を高ぶらせるが、悪者のそれは邪魔なだけだろうから。
しかし、どう思われていようが関係ない。重要なのは結果だ。
やがて、ギーッという音とともに目の前の大きな扉が開かれた。
廊下からの灯りによって顔は判別できないが、剣を持った勇者のシルエットが浮かび上がっている。
魔王(俺)「魔王の部屋へようこそ、勇者どの。待ちくたびれたぞ」
勇者は、確かな足取りで一歩ずつ俺に近づいてくる。
勇者(シルエット)「世界を破滅するなんて、馬鹿な真似はやめるんだ!」
魔王(俺)「おお、威勢がいいね。倒しがいがあるってもんだ」
勇者(シルエット)「私は負けない、絶対に!」
勇者は、そう言って立ち止まると剣を構えた。
俺は、はっきりとその姿が見えるようになった勇者の顔を眺める。
そこで俺は言葉を失った。
目の前には、中学時代の同級生で、ともに剣道部で汗を流した男がいた。
大人になって顔は精悍になっているものの、面影がはっきりと残っていた。
勇者(真之介)「どうした?」
勇者は、固まってしまった俺を不審に思ったのか、そうたずねてきた。
俺は、大魔王によって人間の頃とは見かけをまったく変えられたため、勇者は気づかないのだろう。
勇者(真之介)「行くぞ!」
勇者は、そう叫ぶと剣を振りかざして俺に向かってきた。
俺は、それを自らの剣で受け止めて反撃に出ようとするが、勇者の攻撃が早すぎて防御するのが精一杯だった。
それもそのはずで、中学時代の彼は全国大会に出場するレベルだった。
一方の俺は、県大会で表彰台に上がれれば大健闘というレベルで、部活の稽古でも彼に勝ったことは一度もなかった。
勇者(真之介)「私の剣をことごとく受け止めるとはなかなかの腕前だな。なぜそれを良い方に使わないんだ!」
魔王(俺)「こっちにはこっちの正義ってもんがあるんだよ!」
勇者(真之介)「世界を滅亡させることに正義などないっ!」
魔王(俺)「もうこの世界は終わりなんだ。だったら苦しむ前に終わらせてあげた方がいいんだよ」
勇者(真之介)「なぜそう決めつける!?」
魔王(俺)「どれだけ対策したって、人がどんどん死んでいってるじゃないか。この先もっと酷くなるぞ」
勇者(真之介)「そんなことはわかってる! わかってても医療現場の人たちが、自分の命を危険に晒してまで闘っているのはなぜだ?」
魔王(俺)「そんなの仕事だからだろ」
勇者(真之介)「それだけで命は懸けられない。彼らはウィルスに人類が勝つために闘ってるんだ」
勇者は、息を荒くして切りかかってくる。そんな勇者に私は防戦一方だ。
勇者(真之介)「確かにこれからも人がどんどん死んでいくかもしれない。」
勇者(真之介)「でも、ウィルスが滅亡したときに地上にたったひとりでも人間が立ってれば我々の勝利なんだ。」
勇者(真之介)「彼らはその勝利のために今も命を懸けているんだ!」
彼の渾身の一撃に私の足元がふらついた。
勇者(真之介)「希望がある限り闘わなきゃダメだろ?」
俺は、その言葉で身動きができなくなった。
中学時代、市の大会で俺と彼が決勝まで勝ち進み、対決する事になった。
しかし彼は、準決勝で相手の反則気味の攻撃を受けて倒れた際に手の打ちどころが悪く、利き腕を負傷していた。
顧問の先生も周囲も決勝は辞退するように彼に勧めた。
その時に言った言葉がいま言ったセリフと全く同じだった。
あの時、俺は腕を負傷している彼にたった十秒で負けてしまった。
県大会優勝の栄冠が目の前だった俺の頭の中には、彼の負傷のことは全くなく、全力を出した結果だった。
瞬時にして、その時の屈辱が蘇ってきた。
魔王(俺)「うるせぇ!」
俺は彼に切りかかった。この闘いにおいて、俺からの初めての攻撃だった。
だが、彼はその攻撃をいとも簡単にかわすと、俺の肩口に刃を振るった。
衝撃とともに、俺は片膝をつく。
動作の速さ、剣さばき、どれを取っても当時から衰えてないのではと感じる見事な戦いぶりだった。
・・・完敗だ。
私は、止めを促す意思表示として、剣を傍らに置いて勇者を見上げた。
勇者(真之介)「そんな軽い怪我に負けるようなお前じゃないだろう?」
勇者の言葉に、俺の時が止まる。
勇者(真之介)「さあ、大魔王を倒しに一緒に行こうぜ、俊介」
そう言って勇者が手を差し出してくる。
俺に気づいていたのか。
泣きそうになるのを誤魔化すように、俺はその手をしっかりと握りしめた。
〇道場
回廊を進みながら、俺は、市の大会の決勝前夜のことを思い出していた。
真之介(中学時代)「いよいよ、明日、決勝だな」
勇者こと真之介が、俺にワクワクした様子で言ってくる。
俺=俊介(中学時代)「真の字、お前さぁ、明日棄権してくれない?」
真之介(中学時代)「嫌だねー」
俺=俊介(中学時代)「たまには俺に花を持たせてくれよー」
二人して笑いあった。
しばらくすると、真之介が腰を上げた。
真之介(中学時代)「わかってると思うけど、明日の試合、お互い遠慮はなしで行こうな。」
真之介(中学時代)「俺の怪我は大したことないし、そっちだって、そんな軽い怪我に負けるようなお前じゃないだろう?」
準決勝で俺も負傷していたことに真之介は気づいていた。対戦相手に右足を踏まれてしまい、その痛みが引かないでいたのだ。
この時、俺はこいつには一生勝てないだろうなと観念した。
そうだった。
思い出したよ。
闘う前から勝負は決まっていたんだな・・・
完
正義って、微妙。悪も話をきいてみたら、悪じゃないよなってなりそうです。
この時勢に合ったお話だなぁと思いました。
うまくファンタジーに融合させていて、読んでてすごくおもしろかったです。
終わり方もかなり好きです。
あの時と二人同じなんですね。
魔王になった動機が共感できますし、友情は永遠だなと改めて思い出しました。