炎の影(脚本)
〇暗い廊下
「─────────────────」
炎のようにゆらめく、影だ。
廊下の向こうに見えるソレは口惜しそうに身をくねらせている。
ノア「あ、あのー・・・こんにちはー? 見ない顔ですね・・・えーっと、」
ノア「もしかして幽霊・・・みたいな・・・?」
その影が応えることはない。ただそうすることを定められているように一歩、また一歩近づいてくる。
ノア「ひっ・・・」
驚きと焦りで脳が一度停止する。
気がついた時には地面にへたりこんでいた。
影が目の前まで迫ってくる。
フードで隠れた顔がはっきりと見えた。朧げな光から涙が流れている。
恐ろしい、恐ろしいのに、
ノア(この幽霊たち、なんだか・・・)
影は今にも触れようと手を伸ばしてくる。
逃げなくては、そう思う頭とは裏腹に恐怖で足は動かない。
ノア(もうダメ・・・!)
迫り来る炎の手が怖くて、けれど逃げることもできなくて、ノアはぎゅっと目をつむった。
「─────────────────!!」
何が起きたのか目を閉じているノアにはわからない。けれど自分に迫っていた何かが一瞬身を引いた気配がした。
〇暗い廊下
〇暗い廊下
意を決して目を開けると影はノアの近く、どこかを警戒するように後ずさりしていた。
ノア(よくわからないけど、今なら・・・!)
これは好機だ。ノアは言うことを聞かない足にもう一度力を込めて全力で逃げ出した。
〇暗い廊下
時計塔の廊下。ノアが去ったその場には銀髪碧眼の女性が2人、炎の影と対峙するようにして立っていた。
???「どうだ?あの子は」
???「・・・はい。行った・・・みたい、です・・・」
「──────────────────」
???「そうか。それでは我々は少し暴れていくぞ」
???「・・・はい・・・。セノン、さん・・・」
???「クルシイ・・・クヤシイ・・・ニクイ・・・ ユルセナイ・・・ユルセナイ、ユルセナイ・・・」
???「ノロイタイ・・・アア、キライ、キライ、キライ、キライ、・・・ ア、ア・・・キエテ・・・」
セノン「・・・なに、少しの間ここから退いていてもらうだけだ。こんな世界だが、かつては愛した人がいた場所だからな」
セノン「悪いが、恨んでくれるなよ!」
メイジー「──ごめん・・・なさい・・・!」
「──────────────────」
ゆらめきの後に炎の影が去り、2人は手にしていた剣を手から離す。
剣はそのまま地面に落ちることなくどこかに消えた。
セノン「まったく。いくら炎影(ひかげ)だとしても、かつての輩(ともがら)を相手にするのは心が痛む」
???「・・・ごめん、なさい・・・。ほんとうに、・・・ゆるして・・・わたしも、いつか・・・」
セノン「そんなことを言うな、メイジー。 私は君ともっと一緒にいたいぞ」
セノン「せっかく地獄みたいな因果で巡り会えたんだ。共にいる幸せくらい感受しようじゃないか」
メイジー「・・・!・・・あ・・・・・・う・・・・・・」
メイジー「・・・は、い・・・。・・・ありがとう、ござい、ます・・・」
メイジーは恥ずかしそうに、しかしはっきりと答えた。それか彼女の本心であることにセノンは顔をほころばせる。
セノン「それにしても、おかしいな。炎影が見えるようになるのはもっと先だと思っていたんだが・・・」
メイジー「・・・私たちの、ことは・・・やっぱり・・・見えて、いなかった・・・みたい・・・です、けど・・・」
メイジー「・・・は、い。・・・きっと、もうこれで最後なのだと・・・彼女も、ほどなくして・・・」
花も恥じらう乙女らの談笑もつかの間に、セノンとメイジーはノアの去った方向を見つめた。
それは新たな芽生えを見守るような、しかし今にも枯れゆく花を悼むような目だった。
〇暖炉のある小屋
時計塔 ノアの部屋
ミカロフ=アイディオ「おかえ」
ノア「わーーーーーん!!!!ミカロフーーーー!!!!!!!!!」
ノア「ねえミカロフ!!いつ私の部屋きた!?今きた!?廊下通った!?どうしよう!ねぇ!ミカロフは見た!?!?」
ミカロフ=アイディオ「ちょうど今きたところだよ。落ち着け。見たって、何をだ」
ノア「何って、そりゃあユ・・・」
幽霊だ、と言おうとしたところでノアの頭にブレーキがかかる。
幽霊だ、なんて言って頭がおかしいやつだと思われはしないだろうか。
いや、今でもほんのちょっぴり思われている節はあるが。
ミカロフ=アイディオ「ゆ?」
ノア「ゆ、ゆー・・・ユリ!だよ、ユリ!」
ノア「ヴィディアさんが素敵なユリを両手いっぱいに持っていたの」
ノア「きっと私たちの成人の儀のためのものだよね? 楽しみだなぁ」
掃除用具を片付けながらごまかすノアにミカロフは読んでいた書類から目を離した。
ミカロフ=アイディオ「で、”ユ”ってなんなんだ?」
ノア「え!?・・・いや、その」
ミカロフ=アイディオ「ユリの感想は嘘じゃないだろうが、言いかけた”ユ”はユリのことではないだろう」
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