エピソード(脚本)
〇居酒屋の座敷席
俺の名前は佐藤だ。
繰り返すが、佐藤だ。
今日は、小学校時代の友人である鈴木から手紙をもらって、ある日本料理店の個室にいる。
まだ部屋には誰も居ないが、鈴木の他に、高橋、田中、伊藤が来る予定だった。彼らは、高学年の頃につるんでいたメンバーだった。
会うのは十五年振りくらいだろうか。もうみんなすっかりいいオジサンになっていることだろう。
ほどなくして、高橋、田中、
伊藤が続けて現れ、
少し間が空いて鈴木がやって来た。
それぞれ歳を重ねて風貌は変わっているものの、みんな小学生の頃の面影は残していた。
佐藤「よう、鈴木。お前から集まりの案内状が届くなんて驚いたよ」
僕は、鈴木の肩を叩きながら言った。小学生当時、鈴木は先頭に立って何かをするタイプではなかった。
鈴木「え? 僕、佐藤に手紙出してないよ。高橋から案内状もらったから来たんだけど……」
高橋「おいおい、俺も手紙なんか出してないぞ。案内状は伊藤からもらったぞ」
高橋の言葉に、一同が伊藤を見る。
伊藤「俺も出してない。田中から案内状が届いた」
そうなると……。
佐藤「田中は俺の名前で届いたんだな?」
俺がそういうと、田中は無言でうなずいた。
高橋「どういうことだよ」
田中「案内状も気味悪いが、なんで席が六つあるんだろう?」
おそらく部屋に入った時に全員が感じたであろう疑問を田中が口にする。
全員が首を傾げていると、その疑問を待っていたかのように入口の方から声がした。
「みんなお揃いだね」
目をやると、俺たちと同年代の男が立っていた。三十代の前半にしては白髪が目立つ顔色の悪い男だった。
サカンゾウ「みんな久しぶり! 元気そうで何より」
男は空いている席に向かって歩いていく。
高橋「誰だよ」
高橋が、その男に向かって無遠慮に聞く。
サカンゾウ「驚かせて済まない。やっぱりみんなは覚えてないかな? サカンゾウです」
サカンゾウ……。少し前にどこかでその名前とは思えない言葉を聞いた気がするが思い出せない。
さらに五、六年の時のクラスメイトの名前を思い返してみるが、その名前は浮かんでこなかった。
サカンゾウ「マッシーと言った方がわかるかな?」
その言葉に、一同がハッとなった。
佐藤「六年の途中で転校しちゃったマッシーか!?」
俺が驚いて聞くと、マッシーは笑顔でうなずいた。
呼びづらい苗字だったので、「増」という字が入っているからマッシーというあだ名にしようと、高橋が決めたように記憶している。
サカンゾウ「実は、僕がみんなに会いたくて案内状を出したんだ。」
サカンゾウ「でも、僕の名前で出してもみんな来てくれないかと思って、ちょっとイタズラをしてしまいました」
高橋「そうか、そうか、マッシーか! 元気にしてたか?」
高橋が席を立ち、マッシーに握手を求める。
案内状の疑問が解消し、目の前の男がメンバーの一員だったと知って、みんなの表情に明るさが戻った。
サカンゾウ「この通りだよ。みんなはもう結婚したりしてるのかな?」
マッシーのその言葉で、一人一人が現況を報告する時間になった。
結婚している者もいれば独身の者もいたが、みんな幸せに暮らしているようだった。
最後にマッシーの番になった。
サカンゾウ「僕のことは置いといて、とりあえず乾杯しようよ」
乾杯が済むと、食事をしながら歓談の時間になった。
一見すると、そこは楽しい同窓会の一場面に見える。
でも、俺は気づいていた。
みんなの笑顔が微妙に引きつっていることを。
もちろん、それはマッシーがここに現れてからだ。
〇屋敷の門
小学六年生の夏休みのある日。
高橋の号令で、俺たちメンバーが集められた。
今夜、決行するぞ
高橋の言葉に、集まった他の五人が息を飲む。
俺たちの住む村には大地主の屋敷があるのだが、最近、その家にまつわる噂が小学校で流行っていた。
その屋敷にはガリガリのお婆さんが住んでいて、信じられないほどの怪力を持ち、走るスピードも人並み外れているという噂だった。
そのお婆さんは「骸骨ばばあ」と呼ばれており、実際に屋敷の重い門を軽々と閉めるところを目撃されたり、
「骸骨ばばあ」と叫んで自転車で逃げる少年をものすごいスピードで追いかけていたというエピソードがあった。
さらに、その屋敷を取り囲む高い塀の隙間から庭を見た人が、犬らしき動物の死骸を見かけたという噂もあった。
俺たちは今夜、その屋敷に行こうとしていた。一種の肝試し的なイベントとして、夏休み前に高橋が企画したものだった。
みんな内心では行きたくない気持ちがあったと思うが、弱虫扱いされるのが嫌で、強がって平気な振りをしていたと思う。
その夜、俺たちは懐中電灯を手にまずは屋敷の周りを一周した。例の塀の向こうに見えるはずの庭は、夜の暗さで何も見えなかった。
屋敷自体が古い建物なので不気味に感じるものの、特に何も起こることはなく一周して門の前に戻って来た。
高橋(少年)「このままじゃ面白くないよな?」
高橋が言うと、他のメンバーがうなずく。ここまでに何も起きなかったことがみんなの気持ちを大きくしていた。
そこで、高橋は大きく息を吸うと、
高橋(少年)「骸骨ばばあ!」
と大声で叫んだ。
一同は、いつでも自転車に乗って逃げられるように身構えながら門の方を見つめる。
何も起きないなと思ったその時、
ギィーッ
という音がした。
内側から開かれようとしている!
高橋(少年)「逃げろ!」
高橋はそう叫ぶと、真っ先に自転車に乗って走り出した。
他のメンバーも悲鳴を上げながらそれに続く。
必死に逃げる中で、
ちょっと待って!
という声を俺は聞いたような気がした。だが、怖くて振り返ることができない。
みんなこのまま自分の家に帰れ!
高橋の言葉で、俺たちは無我夢中で自分の家に向かって自転車を漕いだ。
無事に家に帰って時間が経つと、恐怖感もだいぶ薄れてきて、肝試しとして面白いイベントだったと思えるようになっていた。
そしてその夜が、たくさんの思い出の中のひとつくらいの感覚になった頃に夏休みが終わった。
久しぶりに登校すると、マッシーは親の都合ということで転校していた。
〇居酒屋の座敷席
みんなの笑顔が引きつっている一因は、あの肝試しを思い出したからであろう。
だが、みんなそれを隠すように普通を装って談笑している。
鈴木「でも、僕たちに何も言わずに突然転校しちゃって寂しかったよ」
サカンゾウ「え、ああ……うん。黙って居なくなって済まなかったね」
高橋「そうだぞ。今日会えたから良かったけど、あの日がマッシーと会った最後になるところだったんだ」
高橋が、いい加減その件に触れないのは不自然だと思ったのか、そう言った。
サカンゾウ「骸骨ばばあ、ね」
と、マッシーは苦笑し、
サカンゾウ「そういえば、あの日、逃げる時に誰かが『ちょっと待って』って言わなかった?」
ん? あれはマッシーじゃなかったのか? 俺は、声からしてマッシーだと思っていたが。
高橋「誰か言ったのか? 必死に逃げてたから聞こえなかったけど」
田中「俺じゃないな。その言葉も聞こえなかった」
鈴木「僕も言ってないし、聞こえなかったよ」
伊藤「同じく」
四人はそう答えたが、それは明らかな嘘だ。
かなりの大声で助けを求めていたので聞こえないはずがない。
佐藤「俺も言ってないけど、誰かが言ってたかどうかは……うーん、よく覚えてないな」
俺は嘘をつけずに中途半端な答えをする。
サカンゾウ「そうか。でも、まあ、こうしてみんな無事に生きてるんだから、そんな事どうでもいいよね」
マッシーの言葉を聞いて、一同が安心したような表情を見せる。
サカンゾウ「ところで、半年前にその骸骨ばばあの家の庭からたくさんの遺体が見つかった事件、これはさすがにみんな知ってるよね?」
知らないはずがない。ニュースで住所と名前を聞いてすぐにピンと来た。
庭の地中から見つかった遺体が二十体余りということで大々的に報道されたので、ここにいるみんなも知っているはずだ。
そう思って周りを見渡すが、なんかみんなの顔がぼやけて見える。
頭もフラフラしてきた。そんなに呑んでないはずだが。
サカンゾウ「殺人と死体遺棄で逮捕された女は、その家に住む五十代の女性だった。」
サカンゾウ「テレビで見たら髪の毛は真っ白だし、体はガリガリで見た目はもうお婆さんだったね」
サカンゾウ「骸骨ばばあはただの噂ではなかったということだ」
サカンゾウ「そんな体で二十年以上も殺戮を繰り返した娘も異常なら、あらゆる疑惑を地主という権力を使って揉み消してきたその親も異常だよ」
マッシーは、憎しみのこもった顔でそう話す。
頭が本当にフラフラする。
そういえば、当時、あの屋敷から一人だけ生存して帰った人がいたと報道されていたはずだった。
長い間、食料も満足に与えられずに監禁されていたとニュースで言っていた。
警察の取り調べで、なぜその人だけ殺さなかったのかという質問に対して、女は、
珍しい貴重な名前だったので後世に残さなければならないと思った。ずっと解放しなきゃと思いながら今日まで来てしまった
と答えたという。
その名前とは確か……。
サカンゾウ「お前たちも同じ目に遭わせてやるからな」
名前を思い出したのと、マッシーの放ったその言葉が聞こえたのはほぼ同時だった。
そうか。
あの時、マッシーだけは絶対に助けなければならなかったんだ。
その事に気づいたのを最後に、俺は闇に落ちた。
・・・
完
肝試しや、怖い話をしていた頃を、懐かしく思い出すことができました。感謝。
読んでてゾクッとなりました。
友人達の集まりで、知らない人がいる…と言う導入部分で、すでにちょっと怖かったです。
「助けなくちゃいけない子」って理由も、なんだか不思議で怖かったです。
クローバーの戸田です。骸骨ばばあ めっちゃ怖かったです。妻にドキドキして読んでるのに何回も話しかけられて、その都度ビクッとしてイラついてます!でも怖いけど好き!