音色を探して

72

知らない私(脚本)

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〇病室(椅子無し)
  病院にいること、私の体が変わったこと、この体になったばかりの頃は、ほとんどの事が気にならなかった
  私は0歳の人間だ。猫の時の記憶も、新しい体と環境に対応しようとする本能から、ほとんど思い出せない状態になっていた
  私は点滴を受けながら、何かを考える事もあまり出来ない状態で、ベッドの上で横になっていたのだ

〇病室(椅子無し)
  誰かが来た
看護師「目が覚めたの?どこか痛くない?」
  誰かが何かを言っている。私に
  この当時の私は、言葉を知らなかった
  ただ、話しかけられるまでこの人に気づかなかった事、この人がやけに鮮明に見える事に違和感を感じた

〇病室(椅子無し)
  猫の感覚と人の感覚との違いだった。前の体と今の体には違いがあった
  猫は人間より目が悪く、見えている色も少ない。逆に耳は良く、音で人の違い等を判断する。これは後に調べて分かったこと
  見えかたの違いは私を混乱させ、思いの外聞こえない耳は、私を不安に感じさせた

〇病室(椅子無し)
看護師「どうしたの?私の声、聞こえている?」
  何か分からない言葉。何かを聴いているようだが、私には分からない
  私には聴かれてる内容も、その答え方も解らなかった
看護師「あなた、名前は?」

〇病室(椅子無し)
  名前。私が猫だった頃の記憶が反応した
お姉ちゃん「あなたの名前、今日からリサよ」
  私は名前を知っている。何度も聴いてきたから
お姉ちゃん「あなたは私の妹よ。リサ、仲良くしてね」
  名前はリサだ。リサと答えれば良いのだ

〇病室(椅子無し)
リサ「イ・・・ア・・・ イー・・・アー」
  『り』と『さ』。この言葉が発せられない。昔の記憶は少しあっても、体の使い方が解らないのだ
リサ「イーアー・・・イーアー」
  違うのは解っている。それだけにもどかしかった

〇病室(椅子無し)
看護師「ごめんなさいね。無理しなくていいのよ。まだ落ち着いていないのにね」
看護師「少し待っててくださいね。先生を呼んできますから」
  私は自分の名前、知ってるのに。
  その人は先生と言う人をを呼びに行くと言って、部屋を出ていった

〇病室(椅子無し)
  しばらくしてさっきの人が、もう一人連れてやって来た。
  看護師さんと病院の先生。私の主治医。でも私は誰が誰だかも理解出来ていなかったが
  二人はまた色々話しかけてきたが、私は答えられない。ただボーッと何かを考えようとしていた
  看護師さんは私の体に触れながら、なにかをしていた。
  先生は何やらぶつぶつ話していた。されるがままの私は、横になって寝ているだけだった

〇病室(椅子無し)
  しばらくすると、二人は帰って行った。居る時はうっとうしかったが、居なくなると不安になった
  この体は、前の体よりも扱いづらい。不安になると、息苦しくなる。だるさもあって、気持ちが沈みかけていた

〇病室(椅子無し)
  その日の夕方、何も先状況が見えないまま、初めての食事となった
看護師「ご飯ですよ、食べれるかなぁ」
  私は目が覚めてから、徐々に不安になっていったが、美味しそうな匂いに不安は中断した

〇病室(椅子無し)
  私に運ばれてきたのは『お粥』。生まれて初めて食べるものだった。
  私はいつもの通り、口を近づけて舐めるように口にふくんでいった
  『美味しい』・・・お皿を押さえる程度に手を使い、舌を使ってきれいに食べていた
看護師「・・・スプーンあるよ」
  言葉はきこえない。食事に夢中だから。それにそもそも言葉が分からない。私は無視するように食べていた

〇病室(椅子無し)
  私はあっという間に食事を完食した。
  食べ終わった食器は看護師さんが片付けてくれた。看護師さんは何か私を、変な目で見ていたような気がした

〇病室(椅子無し)
  寝っぱなしの私。その日は食事以外の身の回りの事は、寝たまま介護してもらって過ごしていた
  新しい私の初めての日。頭の中が疲れてしまったようで、早い時間に意識が閉じた

〇病室(椅子無し)
  目を開けた時、前日に比べて少しだけ体と環境には慣れていた。あくまでも少しだけだが
  そうは言っても、あいかわらず何も分からないままだ
  目を閉じて、耳で情報を集めてみた

〇病室(椅子無し)
  猫の時に比べて全然聞こえない今の耳。それでも色々な音は感じられる。人の声、足音、何かが移動している音
  そういえば昨日の夜の食事。あれも同じような音と一緒にやってきたなぁ
  そんな事を考えていると、やがて匂いも近づいてきた。翌日も私の朝ごはんはお粥だったが、私にとっては美味しいご馳走だった
  ここでも私は、お皿に口をつけながら、舐めるように食べていた
  朝ごはんが終わると、忙しい一日が始まった

〇病室(椅子無し)
  朝ごはんが終わってしばらくすると、先生と看護師さんがやってきた。
  何かを言っているが、あいかわらず分からない。
  あまりにも無反応な私。先生が私の体を色々触った後、看護師さんと一緒にベッドに腰をかけるように私を座らせた
  立つことが出来るのか、歩くことが出来るのかを確認したかったようだ
  看護師さんが隣に座り、何かを言いながら立ち上がる。同じ事をすれば良いのか。試しに真似てみる
  正解のようだ

〇病室(椅子無し)
  しかし二本足で立つことは出来ても、バランスを保つ事は難しかった
  結局私は、車椅子に乗ることになった。この日から私はしばらく、色々な検査を受ける事になる。その前にトイレに連れていかれた

〇女子トイレ
  「トイレ」という言葉は知っていた。猫だった頃にしっかり教わったから
  座るところまでは誘導されたが、私はしっかりと成功した。
  と思ったが後始末が分からなかった。ただ、トイレの使い方と後始末は、その日のうちに覚える事が出来た。猫はきれい好きだから

〇ガラス調
  そして私は洗面所に連れていかれた。手を洗いに
  目の前にいる誰か。それが自分だと気づくまでには、少し時間がかかったが
  自分だとは分かっても、年齢も性別も分からない。それがその当時の私

〇病室(椅子無し)
  私の検査は難航した。なにせ言葉を理解していないのだから
  簡単な動作は、看護師さんが手本を見せてくれるので、真似ればよかった
  どちらかというと、じっとしている事が難しかった。それと言葉の理解が必要な知能検査。ほとんど全て分からなかったが

〇病室(椅子無し)
  私は検査の他に、色々な人と会わされる事にしたなった。ただ、私の近くにいるだけで、ほとんど病院の人と話していたが
  まず、身元が分からない私に対して、警察官が訪ねてきた
  しばらくすると、市役所の人もやってきた。
  私がまず誰なのかを、なんとか調べようとしていた。そして私のところに来ると、決まって全員名前を聞いた
リサ「イー、アー、ムィー、アー」

〇病室(椅子無し)
  「り」と「さ」がやはり難しい
リサ「ミー、アー」
リサ「ミー、ミー、アー、アー」
  「み」が言えた事に手応えを感じ、変に繰り返してしまった
看護師「もしかしたら「みあ」じゃないかしら」

〇水玉
  私の名前が勝手に決まってしまった瞬間だった
  多分みんな、名前が分からない事がすごく大変だったから、早めに決めたかったのかも

〇病室(椅子無し)
  私のあわただしさは、その後も数日間続いた。
  変わった事もいくつかあった。まず、食事が普通のご飯にかわった事。そして人らしい食べ方が出来ない私には、食事の介助がついた
  その事で、スプーンの使い方を学ぶ事が出来た
  それと車椅子から歩行器にかわったこと。私の自由度が上がった

〇クリニックのロビー
  ある時、病院の待ち合い室でテレビが流れていた。そして音が聞こえた時、私は大切な記憶の一部を思い出した
  聞こえてきたのは音楽。
  ベン・E・キングが歌う「stand by me」。テレビで流れていたのは古い映画だったが、当時の私には分からない事
  ただ、音楽を聞いた時、初めて呼吸をしたかのように、息苦しさから解放されたのだ

〇水玉2
  猫の時に幸せを感じていた事の一つ。でも私にとってそれは、とても大切な事だった
  ぼんやりとだがこの先の生活に、目指したい何かがあるように感じた

〇黄緑(ライト)
  その数日後、私は知的障害を持つ方々が生活をしている「入所施設」に、移ることになっていた
  身元がわかるまでという事でだが

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