さくらのねがいごと(脚本)
〇桜並木
暖かな春の陽気に包まれた桜並木に、佇む少女が一人。
名前は咲良(さくら)。
両親曰く、『笑顔が咲き誇る、良い人生になりますように』という願いが込められているらしいが────、
今の咲良に笑顔はなかった。
咲良「・・・・・・けほっ」
小さく咳をする。
胸がゼイゼイと変な音を立てていた。
咲良(あぁもう、今日は調子がいい方だと思ったのに・・・・・・)
心の中で悪態をつく。
いつだってそうだ。
小さい頃から病気がちで、頻繁に体調を崩していて。
周りの同級生達よりもひと回り以上小さく、ひ弱で。
学校にも満足に通えなくて。
旅行や運動会のような行事ごとにはほぼ無参加で。
家に籠ることが多くて。
酷い時は入院騒ぎにもなって。
一日中快調でいられた日を数えた方が早いだろうと思うほど、咲良と病気を切り離すことはできなかった。
今日だってそうだ。
珍しく朝から体調が安定していたのだ。
だから家をこっそり抜け出して、一人で近所の桜を見に来たと言うのに。
家族で毎年のようにお花見に来ている、お気に入りの場所なのに。
咲良(やっぱりこうなるんだ・・・・・・)
呼吸が苦しくなって、咲良はその場にしゃがみ込んだ。
目の前には大きな桜の木。
桜並木の中にあってもこの木はひと際大きく、立派で、埋もれることなく目立っている。
咲良(同じさくらなのに)
どうして自分とこの桜はこうも違うのだろう。
桜は空いっぱいに枝を伸ばして、毎年綺麗な花を咲かせて、周りの人達から「綺麗だ」と褒められて。
咲良(なのに、私は)
きっと死ぬまで病弱で、今までも、そしてこれからも、たくさんの人に迷惑をかけ続けるんだ。
何も成し遂げられず、夢を叶えられず、それどころか希望を抱くことすら許されず、ひっそりと死んでいくんだ。
咲良(だって、何回願っても、みんなみたいに健康にはなれなかった)
咲良(学校に行きたい。 勉強だってちゃんとしたい。 友達と外で遊びたい)
でもそれは、きっと。
咲良「どうせ、一生叶わない」
そう呟いた途端、涙が溢れた。
咲良「学校も、勉強も、遊ぶのも。 私が元気だったら、全部全部叶うのに」
咲良「でも結局全部、夢のまま終わっちゃう」
咲良「どうして私、健康に生まれて来なかったのかな」
咲良「こんなんじゃ、生きてても全然楽しくなんてない」
ずっと我慢し続けていたものが、涙と一緒に次から次へと零れていく。
咲良「私だって、みんなみたいに笑って生きていきたいよ」
そよそよと風が吹き、桜の木の枝を、そして咲良の頬を撫でていく。
咲良はしばらくその場で泣き続けた。
〇黒
その日の夜。
咲良の体調は一気に悪化し、寝込むことになった。
〇ベビーピンク
「おーい」
・・・・・・誰かが呼んでいる。
「さくらー」
私の名前を、呼んでいる。
「さくらってば!」
咲良「えっ?」
咲良「わぁ!?」
目を開けた途端、目の前を桜吹雪が過ぎった。
反射的に仰け反ってから辺りを見渡し────咲良は更に驚いた。
咲良「・・・・・・どこ、ここ」
不思議な空間に咲良はいた。
おねえさん「やぁ」
────見ず知らずのおねえさんと一緒に。
咲良「だ、誰?」
おねえさん「まぁ、誰だっていいじゃないか」
咲良の質問には答えず、おねえさんはニヤリと笑ってみせた。
おねえさん「どうせ、ここはあんたの夢の中なんだしね」
咲良「夢・・・・・・?」
確かに、こんな不思議空間は現実ではありえないだろう。
でも夢の中で「これは夢だ」と言われるのも、なんだかおかしな話だ。
咲良「ふふふ、変なの」
咲良が思わず笑うと
おねえさん「うん、やっぱりさくらは笑ってた方が可愛いねぇ」
おねえさんは嬉しそうに目を細めた。
咲良「私のこと、知ってるの?」
どうせ正体を聞いても教えてくれる気はないのだろう。
それならばと、咲良は別の質問を投げかけてみた。
おねえさん「もちろんさ」
おねえさんは短くそう答えた。
おねえさん「あんたの事情も・・・・・・」
おねえさん「あんたが本当は泣き虫だってこともね」
咲良「な、泣き虫じゃないよ!」
慌てて否定すれば、おねえさんは「あはは!」とそれを笑い飛ばした。
おねえさん「あれだけ泣いてた子に言われても、説得力に欠けるねぇ!」
咲良「・・・・・・」
どういう意味だろう、と咲良は眉を寄せる。
あの時咲良が泣いたのは、久しぶりだった。
両親はもちろん、仲のいい友達の前やお世話になっている病院の先生の前でも、絶対に泣かないようにしてきた。
咲良のことを知る誰かに、弱い自分を見せたくはなかったのだ。
それは半ば意地だった。
・・・・・・昼間はそれがふっと切れて、桜の前で泣いてしまったけれど。
咲良(誰かに見られてたの?)
人のいない時間帯を狙って訪れたつもりだったが、絶対に誰もいなかったかと言われれば自信が無い。
でも、仮に人に見られていたとして、だ。
この状況の説明がつかないことには変わりない。
見たこともない不思議空間で、見たこともないおねえさんに「泣き虫」を指摘される、この状況に。
おねえさん「そんな警戒しなくても、別に取って食いやしないよ」
おねえさんはそう言うが、その言葉は余計に咲良を混乱させた。
咲良「・・・・・・人を食べるの?」
おねえさん「食べるわけないだろ!」
今度はおねえさんの方が躍起になって否定している。
・・・・・・ますますおかしな状況だ。
おねえさん「あれはただの言葉の綾さ」
咲良「・・・・・・?」
おねえさん「つまり、冗談だよ冗談」
おねえさんはそこまで言うと「いやそんなことはどうでもいいんだ」とかぶりを振った。
おねえさん「時間は有限だからね。そろそろあんたに大事なことを伝えようか」
おねえさん「・・・・・・さくら」
そうやって名前を呼ぶおねえさんの顔は、とても優しかった。
おねえさん「あんたの体はじきに良くなるよ」
その言葉に、咲良は心底驚いた。
そんなの、それこそ夢にまでみていたことだ。
でも同時に、それがありえないことだということも良く分かっていた。
この体質は、一生付き合わなければならないものだと知っていたから。
咲良「無理だよ」
おねえさん「いいや、無理じゃない」
おねえさんは咲良を見つめる。
薄桃色の瞳が、どうしてなのか、酷く懐かしい。
おねえさん「カミサマにお願いしたのさ」
おねえさん「さくらの体が良くなりますように、さくらが涙を流すことがなくなりますように、さくらが笑って過ごせますように、って」
おねえさん「カミサマはそれを叶えてくれた」
咲良「・・・・・・どうして」
何故、見ず知らずの人がそこまで気にかけてくれるのか、咲良には分からなかった。
そこまでして貰う理由も、思いつかなかった。
おねえさん「さくらの成長をずっと見守ってきたからね。私にとっちゃ、あんたは娘みたいなもんなんだよ」
おねえさん「まぁ、あいつらには馬鹿だと笑われたがね」
おねえさんはそう言うと、咲良の頭を撫でてくれる。
初対面のはずなのに────やっぱり、どこか懐かしい感じがする。
不思議で仕方がなかった。
おねえさん「・・・・・・さてと」
おねえさんは咲良から離れると、寂しそうに笑う。
おねえさん「名残惜しいけど、そろそろお別れだ」
咲良「また会えるよね?」
考えるよりも先に、そんな言葉が口をついた。
だが、おねえさんは首を振る。
おねえさん「もう二度と会うことはないよ」
咲良「なんで?」
おねえさん「遠くへ行くのさ」
咲良「遠くってどこ?」
おねえさん「それは私にも分からない。でもここじゃ無いどこかへ行かなくちゃいけない。 願いを叶えて貰ったからね。そういう掟なのさ」
おねえさんの話は少し難しい。
でも、ここで別れたら本当に二度と会うことはできないと、直感が告げていた。
咲良「やだよ」
そう言ったのは、おねえさんが寂しそうだったから?
────いや。
咲良(私も、寂しいから)
だから。
咲良「そんなこと、言わないで」
おねえさん「さくら・・・・・・」
おねえさん「・・・・・・」
おねえさん「・・・・・・」
おねえさん「大丈夫」
おねえさんは笑顔を浮かべた。
おねえさん「あんたは強くて優しい子だ。 そのうち、笑って生きていけるようになるさ」
その言葉には聞き覚えがあった。
あの時、あの桜の木の前で、咲良が願ったことだった。
咲良「もしかして、おねえさんって──────」
桜吹雪が舞う。
咲良の声が届いたのかどうかは分からない。
けれどその中で、確かにおねえさんは笑っていた。
〇黒
さようなら、さくら
あぁ、どうか、あんたのこれからが────
笑顔に満ちた、素晴らしいものになりますように
〇空
咲良の体調が落ち着く頃には、季節はゆっくりと初夏に移り変わろうとしていた。
いつもならば無理をすればどこかしら不調になるのだが、今回は大丈夫という、確信に近い思いが咲良にはあった。
だからこそ、「まだ寝ていた方がいい」と言う両親を説得し、あの桜を見にやって来たのだが。
咲良「嘘・・・・・・」
桜の木は、枯れていた。
他の桜は花こそ散っているものの、青々とした葉をつけ、気持ちよさそうに風に揺れていると言うのに。
あの大きな桜だけ────無惨なまでに、枯れ木と化していた。
綺麗な花を咲かせていた頃の面影はどこにもない。
お母さん「この桜、突然枯れちゃったんですって」
咲良の横に立った母が、残念そうに呟く。
お母さん「あんまりに突然だったから、咲良が寝ている間にちょっとした騒ぎになったのよ」
お母さん「専門家の人達が色々調べてみたけど、結局こうなってしまった原因は分からなかったって」
お父さん「残念だよなぁ、一番大きな桜だったのに」
父もしんみりとそう言った。
お父さん「それになぁ・・・・・・この桜は、咲良の由来にもなった、お父さん達にとっても思い入れのある木だったんだよ」
その言葉に、咲良は目を丸くした。
咲良「『笑顔が咲き誇る、良い人生になりますように』って意味じゃなかったの?」
お父さん「もちろん、それもあるさ」
父は優しく微笑むと、咲良の頭を愛おしそうに撫でた。
お母さん「咲良は生まれた時にちょっとした問題が見つかってね、すぐ保育器に入ることになったのよ」
お父さん「大きな問題じゃなかったけど、お父さん、心配でなぁ。 あれこれ考えながらふらふらしていた時、この場所を思い出したんだよ」
父は目を細め、枯れてしまった大木を見上げた。
お父さん「ちょうど桜が見頃でなぁ・・・・・・」
お父さん「中でもこの一番大きな桜があんまりにも立派に見えたものだから、お父さん、思わず願い事を掛けたんだ」
お父さん「あの子の病状が回復しますように、元気に育ちますようにって」
咲良は黙って両親の話を聞いていた。
初めて聞く話だったが、まるでパズルのピースが全て嵌るような気持ちだった。
お父さん「そしたら次の日から本当に快方に向かったんだ。 きっと桜が助けてくれたんだと思ったよ」
お母さん「お父さんからその話を聞いて、お母さんもびっくりしてね。 二人で相談して、その桜にあやかった名前を付けることにしたの」
咲良「それで・・・・・・”さくら”」
お父さん「そうだよ。咲良とこの木は切っても切れない縁で結ばれているんだ」
お母さん「咲良が大きくなってからも毎年お花見に来ていたのは、そういう理由があったからなのよ」
咲良「そうだったんだ・・・・・・」
咲良は大木の幹に手を触れた。
ゴツゴツした感触がてのひらから伝わる。
咲良(あなたはここで、ずっと見守ってくれてたんだね)
おねえさんはきっと、桜の木の精霊だ。
咲良の願いを聞き届けるため、カミサマの力を頼り、掟に従って枯れてしまった。
では、この桜は死んでしまったのだろうか。────いや、違う。
あの時、おねえさんは「遠くへ行く」と言った。
その言葉の通り、桜は、おねえさんは、すぐ傍にはいないのだろう。
だけど、どこかで生きている。
今この瞬間も、咲良のことを思ってくれている。
それは咲良の直感であり、また、絶対にそうだという確信でもあった。
だからと言って、これからの人生、ずっといいことばかりではないだろう。
苦労や悲しみを味わう日もあるはずだ。
咲良(でも、私は)
きっと笑って生きていける。
優しさや可愛さ、切なさなどが内包した素敵なお話ですね。桜の持つ幻想的で不思議な生命力を感じさせてくれるおねえさん、独特の存在感に魅了されます。
春の陽気によく合う、暖かなお話ですね。きっと子どもを想う愛に溢れたお願い事だったから、お姉さんも叶えてくれたんでしょうね。お姉さんの優しさはもちろんのこと、お父さんとお母さんの愛情に立ち戻っていく展開が胸にしみました。
綺麗なストーリーでした、女の子が最後元気になってくれてホッとしました。桜の季節には何か新しい奇跡が起こるようなそんな気持ちにさせられます。