奇妙な一致(脚本)
〇走る列車
彼女「ここ、よろしいでしょうか?」
片田舎の寂れた路線を走る列車の中、私に話しかけてきたのは30代くらいの少しくたびれた感じのある女だった。
客も、まばらな列車内で何故わざわざ私の向かいの座席に座るのか疑問には思ったが特段、断る理由もなく私は──
私「えぇ、構いませんよ。どうぞ」
と答えた。
彼女「ありがとうございます。それでは失礼いたします」
そういうと彼女は向かいの座席に腰を下ろした。
彼女もどうやら一人旅の様だ。
しかしそれにしては荷物がいささか少ないようにも感じる。
――幾ばくかの沈黙のあと彼女はおもむろに口を開き、こんなことを言いはじめた。
彼女「私、人を殺してしまったのです」
私「え?」
突然の告白に私は呆気にとられてしまった。
彼女「すみません、いきなりこんなことを言われて驚かれたことでしょう」
彼女「ですが、どうか最後まで私の懺悔と、この奇妙な話を聞いてはいただけないでしょうか」
彼女は虚ろな瞳で真っすぐに私を見据えてそう告げた。
普段であればそそくさとこの席を立ち別の車両へと移動するところだろう。
しかし、この時の私はなぜか彼女のその虚ろな瞳と「奇妙な話」という言葉に興味が湧いてしまった。私は静かに首を縦に振った。
私「いいでしょう。話してごらんなさい。 その奇妙な話とやらにも少し興味がありますしね」
彼女「ありがとうございます」
そうして彼女は少し居住まいを正して話し始めた。
彼女「先ほどもお話ししましたが私は人を殺してしまいました」
彼女「その人は勤め先の上司であり奥さんのいらっしゃる方だったのですが」
彼女「彼と出会ったその時にお互いに特別な何かを感じ惹かれあいました」
私「・・・俗にいう不倫というやつですか」
彼女「そうですね。ですが私は本当に彼を愛していましたし彼自身、奥さんとはいずれ別れ、私と一緒になってくれると言っていました」
彼女「まあ、今にして思えば彼は本気ではなく遊びだったのでしょう。 何度目かには奥さんとの離婚の話をはぐらかす様になりましたし」
私「・・・そうですか、確かに不倫男のそういう話はよく聞きますね」
彼女「私も馬鹿だったのです。彼のそんな言葉を真に受けていたのですから。 でも、信じたかったのです、愛していましたから」
彼女「しかし、そんな日が続くことで私も流石に気付いてしまいました。 そして、そんな私に悪魔が囁いたのです」
彼女「私のモノにならないのであれば殺してしまえ、と」
そういう彼女の瞳は先ほどよりもさらに暗い色を帯びていた。
ともすれば本当に悪魔という存在がいて、彼女の耳元にそう囁きかけたのではないかと思える程に暗い色だった。
彼女「私は彼を自殺に見せかけて殺そうと考えました。方法は簡単な物で」
彼女「私は彼が日頃、睡眠薬を服用していたのを知っていたので、その薬を飲ませドアノブに掛けたネクタイで首を吊ると言うものでした」
私「なるほど、確かに簡単ですね」
彼女「はい、そして私はそれを実行しました。 幸い、不倫の事は誰も知らなかったので私に疑いがかかる事もなく、」
彼女「また幸か不幸かその時期に彼は仕事で大きな失敗をしていたようで――その時には私は会社を辞め、彼とは多少、」
彼女「疎遠になっていたので知り得なかったのですが――そんな偶然もあり彼の死は目論み通り自殺と処理されました」
私「・・・・・・なるほど、こう言っていいのかはわかりませんが、これで全て丸く収まったという事ですね」
彼女「はい、もちろん罪悪感がない訳ではありませんし、何一つ心晴れやかになる事もありませんでしたが」
私「それで奇妙な話というのは? まさか、偶然にも彼が仕事で失敗をしていた事がそれではないのでしょう?」
今までの話を聞き、少し動悸がしてきた私だったが、それよりも彼女の言う『奇妙な話』が気になり少し早口にまくし立てていた。
彼女「はい、奇妙というのは彼の死が自殺と判断された後なのです」
彼女「実は私が計画を実行し彼を殺したのと同じ日に彼の奥さんもまた別の場所で自殺していたようなのです」
私「それは・・・た、確かに奇妙ですね」
彼女「そうなのです。私はどうしてか奥さんの自殺が気になり興信所を使い、奥さんの身辺を調べてみました」
彼女「まずわかったことはどうやら奥さんの方も会社に勤めていたようです。 そして首を吊っての自殺であり、その自殺の原因は・・・」
私「仕事での失敗だった?」
彼女「そうなのです、こんな奇妙な一致があるでしょうか? 死んだ日にちも方法も理由も全てが同じなのです」
私「・・・・・・」
私が驚きのあまり口をつぐんでいると彼女は
彼女「実は、まだこの話には続きがあるのです」
私「続き・・・?」
彼女「この奇妙な偶然を知った私は考えてしまったのです」
彼女「ここまで悪魔的な一致が続いているという事はもしかしたら、まだ一致している箇所があるのではないか、と」
私「・・・まだ、あったのですか?」
彼女「はい・・・。私はこれを知った時、本当に身震いするほどの恐怖を感じました」
彼女「その奥さんもまた、不倫をしていた疑いがあったのだそうです」
私「そ、それは・・・・・・」
彼女「ほんの数人の証言で信憑性に乏しい情報らしいのですが、」
彼女「それを聞いた私にはどうしても自分の犯した罪と同じ罪を犯した人がいるのではないかと思えて仕方がないのです」
今度こそ私は口を半開きにしたまま静止してしまった。
本当にあり得るのだろうか。こんな・・・「悪魔的な奇妙な一致」が。
彼女「そう考えれば考える程に、よく分からない恐怖が私を包み込みました」
彼女「なにか人ならざる者の力が働いているような、今この時もその何かに監視され操られているのではないか、と」
そういう彼女はいったいどこを見つめているのだろうか?
確かに彼女の瞳は私の方を向いている。だがその視線は私ではないその何かをじっと見つめているようにも見えた。
彼女「私にはもう、この恐怖に耐える術はありません。 だから私、自ら死のうと思いこの列車に乗っているのです」
どうやら彼女の話はこれで終わりの様だ。だがしかしなぜ、こんな話を人に――いや、この私にしようと思ったのだろうか?
私「しかし、そんな話、どうして私に?」
彼女「何故でしょうね?なぜか貴方が私と同じように感じたのです」
彼女「理由は分かりませんが貴方なら私のこの奇妙な話を聞いて下さるような気がしたのです」
彼女「そして、こうして最後まで聞いてくださいました。 本当にありがとうございます。これで幾分か心が楽になりました」
確かに彼女の表情はつい先ほど出会った頃よりも少しばかり晴れやかな様に見えた。
――丁度その時、列車は緩やかに速度を落とし始めた。
どうやらどこかの駅に着いたようだ。
彼女「では、私はここで降りますので。失礼いたします」
こうして暗い目をした彼女は列車を降りていった。
なるほど、確かにこの辺りは自殺の名所として有名な地域である。
しかし、それにしても彼女の話は驚愕に値するものだった。
単なる偶然の一致なのか、彼女の言うような悪魔的な何かの仕業の末のシンクロニシティとでも言うのか・・・。
そして、ふと私は頭によぎったある疑問を口にした・・・。
私「では、私が自殺を思いとどまれば彼女もまた同じように自殺を思いとどまるのだろうか?」
どうしたものかと奇妙な考えを巡らせながら、もう少し列車に揺られているのも悪くはないかもしれない。そう思うのであった。
fin──
偶然の一致があまりにも凄すぎるストーリーでした。二人の出会いが偶然から始まり、話を読み進むうちに偶然が必然へと変わっていくのが素晴らしい発想です。
二人の正体は分かりましたが、二人の人生にシンクロニシティをもたらしたものの正体はついに分からない…背筋が寒くなるような怖さがあります。終わり方が素晴らしいです。
主人公が最後にはなった一言が衝撃的でした。お互いに同じ道をたどり、一つの点で交差した瞬間だったんですね。二人にどうなってほしいとか希望はないですが、また新たな交わり方をしてほしいです。