1.記憶にございません!(脚本)
〇街中の道路
気づいたら私は知らない街にいた。
???(どうしてここにいるんだっけ? さっきまで何してたんだっけ?)
???(お腹が重くて歩くのがきつい)
???(私、こんな体型だった? まるで妊婦さんみたい──)
???(って妊婦!? 誰が!? 私が!? そんなまさか・・・)
???(でも、このお腹・・・間違いないよなぁ)
???(あ、つきあたりに交番がある)
???(ひとまず帰り方をたずねよう)
〇街中の交番
???「すみません。家に帰りたいんですけど、 迷子になったみたいで」
警官「住所はどちらです?」
???「えっと・・・あれ? どこだろう・・・わかんない・・・」
警官「えっ? お姉さん、名前は言える?」
???「ナマエ──あぁ、名前ね!」
???「・・・なんだったかなぁ」
警官「話聞きたいから、なか入って そのお腹じゃ立ってるのもつらいでしょ」
〇交番の中
警官「本当に自分のこと何も分かんないの?」
???「はい」
警官「財布とかケータイとか、身分証明に なりそうなものは?」
???「持ってません」
警官「困ったなぁ。もしご病気なら、付き添いの ご家族が近くにいそうなものだけど・・・」
???「あの、私、本当に何も覚えてないんです 自分も家族もそれに──このお腹のことも」
〇大学病院
数時間後──
東郷医科大学病院
警察から病院へ緊急移送された私は、
脳神経外科、脳神経内科、産婦人科と
連続で検査を受けた。
──結果、脳には特別問題がないこと、
さらに、33週前後の女児を
お腹に宿していることがわかった。
〇病院の待合室
???(自分が何者かわからないうえに、 妊娠9カ月だって?)
???(理解が追いつかない・・・)
困り果てていると、
突然、お腹の赤ちゃんが動いた。
???(ひぃぃ、生きてる! コレ生きてる!)
???(けど、そりゃそうだよねぇ 出産まであと1カ月っていったら もう体できてるもん)
立花理人「どうしました?」
???「急にお腹が動いたから驚いちゃって」
立花理人「ベッドで休むこともできますよ」
???「いえ、もう治まったので平気です」
立花理人(もしかしてと思って近づいたが、 間違いない。こいつはマヤだ)
立花理人(この女のせいで俺は──)
???「あの、私の顔に何か?」
立花理人「ああ、失礼」
立花理人「人違いだったら申し訳ないけど、 もしかしてマヤ?」
???「逆に誰だと思います?」
立花理人「は?」
???「ふざけてるわけじゃないんです!」
???「じつは私、自分のこと何も覚えてなくて これから精神科を受診するところなんです」
立花理人(あのマヤが記憶障害!? 嘘だろ? そんなの・・・)
立花理人(面白すぎてにやけそう)
立花理人(いや、ダメだ、我慢我慢)
立花理人「そうなの?」
立花理人「もし君が俺の知っている人なら、 名前は『マヤ』だと思う」
???「マヤ・・・ですか」
立花理人「そう。で、俺は立花理人 高校の同級生だったんだ」
立花理人「って、いきなり言われても困るよね」
???「あはは、そう・・・ですね」
???(覚えてないっていうか、 突然すぎて信じていいものかどうか・・・)
立花理人「しかし、偶然って本当にあるんだねぇ 俺、この病院の精神科医なんだ」
???(そんな虫のいい話あってたまる──ん?)
先生がネームプレートを指す。
そこには『精神科 医師』とあった。
???「マジか・・・」
立花理人「マジだよ」
立花理人「よかったら俺に担当させてもらえないかな 君を知ってるぶん、力になれると思うんだ」
立花理人「ここで再会したのもきっと何かの縁、 君を助けたいんだよ」
???(同級生云々は鵜呑みにできないけど この病院勤務なのは偽りようがない)
???(やさしそうな人だし、 とりあえずこの人に委ねるのもアリかな)
???「・・・じゃあ、よろしくお願いします」
立花理人「よかった じゃ、さっそく診察室で話を聞かせて」
???「はい」
立花理人(単純なところは相変わらずだ さて、どうやって遊んでやろう・・・)
〇病院の診察室
立花理人「お待たせ」
???「立花先生、よく私のことわかりましたね」
立花理人(は!? 忘れるわけないだろ?)
立花理人(俺の人生に影を落としたお前のことを)
立花理人「目が昔と変わらないからすぐわかったよ」
???「昔って、どのくらいですか?」
立花理人「ロビーでも言った通り、高校の頃だよ」
立花理人「君は白石麻耶、11月7日生まれの29歳 麻雀の『麻』に有耶無耶の『耶』って書く」
麻耶「有耶無耶って、たとえ方の癖が・・・」
立花理人「うん、四字熟語。知らない?」
麻耶「いえ、知ってます」
立花理人「そっか。認識してるんだ」
麻耶「はあ」
立花理人「読み書きに問題ないって申し送りはあった けど、どの程度なのか一応ね」
立花理人「会話は流暢にできるし、 意識や情緒も継続して安定してる それに──」
立花理人「あらたに覚えたことだって忘れてない」
麻耶「え?」
立花理人「俺の名前」
麻耶「あ! 『立花先生』って呼んでた」
立花理人「入院して経過を見る必要はあるけど、 基本的な能力は失ってなくて安心したよ」
麻耶「失う!?」
立花理人「うん。『話す』『歩く』といった行為を 忘れてしまうケースも存在するからね」
麻耶(もし言葉を忘れていたら・・・ 考えるだけでもゾッとする)
立花理人「ごめん、恐がらせちゃったかな」
先生は席を立つと、水を持ってきてくれた
立花理人「これでも飲んで落ち着いて」
麻耶「紙コップに入った飲料水、ですね」
立花理人「はは、そうだね。どうぞ」
ほどよく冷えた水を手にして、喉が
カラカラだったことをようやく自覚した
私は、一気にそれを飲み干した
立花理人「そんなに喉乾いてたんだ!?」
麻耶「ずっと飲まず食わずだったっぽくて 病院来た直後に点滴打ってもらいました」
先生が電子カルテを確認する。
立花理人「みたいだね」
立花理人「2本で済んだところをみると、保護が 早かったのかな」
麻耶「さぁ 身ひとつで知らない街中に立ってたので」
立花理人「そのときにはすでに記憶がなかったんだ」
麻耶「自分が誰で、なぜそこにいるのか謎でした」
立花理人「直前まで近くにいたのかな」
麻耶「どうやって辿り着いたのかなぁ・・・」
立花理人「無理に思い出そうとしなくていいよ」
麻耶「いいんですか?」
立花理人「何がトリガーになって再発するか わからないからね――じゃあ、わりとすぐ 連れて来られたって感じか」
麻耶「無事なところを見ると、たぶん」
立花理人「産婦人科でも診てもらったんだ 母子ともに健康みたいだ」
麻耶「・・・じつは、妊娠した記憶もないんです」
立花理人「お腹の中にいるのに!?」
麻耶「はい。いきなり臨月間近の胎児がいた! って、感じで・・・」
立花理人「じゃあ、相当驚いたでしょう?」
麻耶「正直いうと今でも戸惑ってます」
立花理人「ほかの人のことは?」
麻耶「家族も友人も誰も 警察が身元を探してくれてます」
立花理人「麻耶はひとりっ子だ 杉並区で両親と3人暮らしだったよ」
麻耶「そこに行けば帰れるってことだ!」
立花理人「ごめん、俺も番地までは知らないんだ あとで警察に情報提供しとくよ」
立花理人(なーんて、すぐ身元がわかっちゃったら 面白くないから、ギリギリまで見送って やるけどな)
麻耶「ありがとうございます!」
立花理人「まあ、今は住居も苗字も違うかもだけど 足しにはなるだろ」
先生の目は膨らんだお腹を向いている。
麻耶(やっぱりパートナーがいるのかな 姿かたちどころか有無すらわかんないや)
立花理人「そっちは警察に任せるとして、 今は麻耶の症状についてだ」
立花理人「話を聞いた感じ、全生活史健忘のようだね」
麻耶「ぜ──何?」
立花理人「全生活史健忘――解離性障害のひとつで、 自分に関する記憶だけが抜け落ちた状態」
立花理人「すっっごい激しいもの忘れを想像してみて」
麻耶「もの忘れがすぎて自分ごと忘れた、的な?」
立花理人「そう、そんな感じ」
麻耶「でも、どうして・・・」
立花理人「ストレスが続いたんだろうね」
立花理人「で、それを感じてる自分自身ごと消去 しちゃったってわけ」
麻耶「まさか、とんでもないことが起きたとか?」
立花理人「ケガも衰弱もないし、 何かに怯えてる様子でもなさそうだから、 事件や事故って感じはしないなぁ」
麻耶「けど、ほかにあります?」
立花理人「人は都合よく忘れるようにできてるんだよ」
立花理人「トラウマのひとつでもあったほうが 納得できるんだろうけどさ」
立花理人「心因性疾患ってのは日常の積み重ねでも 発症するもんだから、あまり思い詰めない ほうがいい」
麻耶「私なんで”自分”なんて大事なもの 忘れちゃったんだろう」
立花理人「大事だから忘れたんだよ 今、必要なのは安静だ」
麻耶「・・・・・・」
立花理人「きっと家族も麻耶を探してる 心配しなくてもすぐ帰れるって」
麻耶「会ってもわからないと思います 本当に何も覚えてないんで」
立花理人「それは仕方ないよ」
麻耶「でも、お腹の子は? 生まれる前に早く思い出さなきゃ!」
立花理人「まあ、落ち着きなって」
立花理人「あ、そうだお腹空いてない?」
麻耶「え? あぁ、言われてみれば少し・・・」
立花理人「もう少しであがれるから、 外でごはん食べながら話そうよ」
麻耶「はい!?」
以前から気になっていたのですが、今更ながら拝読させていただきました!
もう設定から引き込まれますね!
ご本人が記憶喪失の経験ありとは、驚きです。
マイペースで続きも読ませていただきますね☺️
設定が凄く面白いですね!今後の展開が楽しみで、一気読みします!
ご自身のご経験がはいっているのですね!?病名や忘れ方などとてもリアルでした!
あと、妊娠中の表現やお巡りさんの気遣いの言葉など細かく表現されていてお話が入ってきやすかったです!
一体誰との子供なのか、気になります!