新しい世界は前途多難(脚本)
〇草原
眩い光のトンネルを抜けると、そこは広大な草原だった。
脛あたりまで生えた草々がさらさらと風に踊り、まるで波のうねりのようにも見える。
建造物がなく自然が広がる突き抜けた景観は、それだけでここが今まで住んでいた日本とは違うことが肌で感じられた。
タツヤ「……こ、ここが転生先の世界なのか……」
マルリーティ「そう。ここがタツヤの新しい人生の舞台『ロザリオンデ』。まずは近くの町を探しましょう。寝るところくらい早めに確保しないとね」
タツヤ「ちょっと待ってくれ。それはもちろんそうなんだが……『ロザリオンデ』だっけ? もうちょっとこの世界の事を教えてくれないか?」
マルリーティ「気が早いわねぇ。確かにチュートリアルは『転生担当者(ナビゲーター)』の役目だし? 宿屋を見つけてからって思ってたんだけど」
マルリーティ「……まあ、タツヤがそこまで言うなら……じゃあここでチュートリアっちゃおうか!?」
タツヤ(……何だよ『チュートリアっちゃう』って。そんな言葉聞いたことねーよ)
しかしせっかく色々説明してくれる気になっているのに、ここでツッコむのは得策じゃあない。俺はあえて黙っていることにした。
ガサガサと『マニュアル』をめくりながらマルリーティが語り始める。
マルリーティ「えーっと……この『ロザリオンデ』は、魔法も魔物も存在する世界ね。魔法は修行次第で誰でも使えるみたい」
タツヤ「ふむふむ」
マルリーティ「通貨はルーン。タツヤがいた日本の円と大体同じ相場ね。あとレベルは町のギルドで冒険者として登録すれば、把握できるらしいわよ」
タツヤ「ふむ……それから?」
マルリーティ「……以上よ」
タツヤ「……はあっ!? 以上ってこたあないだろうっ! 全然わっかんねーんだけどもっ! 俺はこの世界で何をすればいいの?」
マルリーティ「あ……甘ったれるなあああああああっ!」
タツヤ「———ぶはほぅ!?」
俺はいきなりグーで殴られた。
マルリーティ「世の中はねえ! 誰も本当の事なんて教えちゃくれないの! いい加減気づきなさい!」
マルリーティ「自分の足でこの広大な『ロザリオンデ』を巡り! 両眼でこの世界を見て! タツヤなりの目的を見つけ、強く……強く生きるのよ!」
そういうもんだろうか。
……でもそれなら、何でお前付いてきた!?
俺は初めて女の子がグーで殴る姿を見て軽い衝撃を受けつつも、ここは必死に食い下がる。
タツヤ「わ、わかった! わかったけどっ! でもそれだけじゃあまりにもザックリしすぎてるだろ!? もうちょっと情報ないのかよっ!?」
マルリーティ「仕方ないわね! じゃあちょっとそこで大人しく正座でもしながら待ってなさい! もう一回『マニュアル』を読んでみるから!!」
……何で俺は怒られているのだろうか。
理不尽に虐げられ、流石の俺もフツフツと怒りが湧き始めてきた。
マルリーティはと言うと、何やらブツブツ言いながら『マニュアル』を再度確認している。
タツヤ(この剣の記念すべき一太刀めは、この魔女にしようかな?)
俺が正座をしながら物騒なことを考えていると、突然前方の草原が大きく揺れ出し、大きな影が現れた。
それは体長5mはあろうかという大きな蛇だった。
頭部を高く持ち上げて、素早い動きで迷うことなく俺たちに向かってきた。
「う、うわあああァァァァァァァァァァ!」
大蛇に背を向けて悲鳴を上げながら俺たちは、なりふり構わず駆け出した。
タツヤ「ど、ど、どこに逃げればいいんだあっ!」
マルリーティ「……あ、あったわ!」
走りながらそれでも『マニュアル』から目を離さないマルリーティが、短く叫ぶ。
タツヤ「えっ! 何がっ! コイツを撒くいい方法が『マニュアル』に書いてあるのか!?」
マルリーティ「違うの! この『ロザリオンデ』は魔法が使える世界ですが蘇生魔法はありません、ですって! 死んだらそれで終わりってことね!」
親指を立てながら、そんな事を言ってきた。
タツヤ「ちくしょおおおおおお! 貴重な情報ありがとよおおおおお!!」
マルリーティ「……タツヤ! 今よ! 今こそ『インセンティバー』の力を見せるとき……へぶっ!?」
草に足を取られたか、併走していたマルリーティが豪快に転倒した。
タツヤ「お、おい! 大丈夫かっ!?」
俺は足を止め、マルリーティと大蛇との距離を計る。すぐさま起き上がっても、走り出す前に追いつかれてしまうだろう。
チクショウ! 足を引っ張りやがってぇぇ! 使用回数があるのにこんな転生しょっぱなから、早速この剣を使わなきゃならんのか!
俺は意を決して振り向くと、鞘から『インセンティバー(懸命の対価)』を引き抜いた。
抜刀した両刃の刀身は、吸い込まれるくらい美しく、そして淡く発光していた。
大蛇はすぐ眼前まで迫っている!
俺は上段に構えると、無我夢中で『インセンティバー(懸命の対価)』を思いっきり振り下ろした。
タツヤ「う、うおりゃああああああああああああ————!!!!」
俺の気合いの叫びと同時に刀身から金色の刃が放たれる! 大蛇は緑色の体液を撒き散らしながら縦に真っ二つとなり崩れ落ちた。
タツヤ「な、な、な、なんて威力なんだ…………!!」
マルリーティ「……そ、それが『インセンティバー』の実力よ! ようやくこの私に感謝の気持ちがじんわりと湧き上がってきたんじゃない?」
荒い息を整えながら、泥だらけのマルリーティがドヤ顔を俺に向けてきた。
タツヤ(悔しいけど、確かにすごい威力だった。この剣があれば、大抵の魔物に負けることはないだろう……!)
『インセンティバー(懸命の対価)』を頭上に掲げた。陽光に照らされ薄く赤みがかった刀身から、眩い光の結晶が溢れ出している。
そして俺は新たな決意に燃えた目で、『インセンティバー(懸命の対価)』の鍔にある、カウンターに視線を向けた。
タツヤ「…………おいマルリーティ。カウンターの数字が『9500』になってっけども!?」
マルリーティ「そりゃそうよ。あんな全力でぶん回したら、『500』くらい軽く減っちゃうわよ」
タツヤ「———おいぃぃぃぃぃ! 使用回数たったの20回だとっ!? どんだけ儚いんだよこの剣はっっっ!!!!」