音色を探して

72

始まりの記憶(脚本)

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〇ベビーピンク
  自分を振り返るには、客観的な視点が必要だ。辛い時期があったなら、それなりの時間が必要になる
  だから未来に進んでも、過去を振り返って何かを修正しようとする
  私は最近になって、ようやくあの当時の事が整理出来るようになってきた。混乱していたあの頃を、もう一度振り返ってみる事にした

〇ソーダ
  この日流れていた曲。後に調べてブロッサム・ディアリーが歌う「Sunday afternoon」だと知った
  日曜日の午後、車でお姉ちゃんの家から実家に戻る途中だった

〇一軒家
  元々は実家でお父さん、お母さん、お姉ちゃんと一緒に住んでいたが、お姉ちゃんは結婚して家を出ていった
  その後、お父さんお母さんと私で平日は過ごしている

〇車内
  金曜日の夜、もしくは土曜日の午前中にお姉ちゃんが私を迎えに来て、日曜日のお昼頃までお姉ちゃんの家で一緒に過ごしていた
  猫の私は2つの家を行ったりきたり。でもそんな生活も楽しかった
  お姉ちゃんとのドライブ。音楽が好きなお姉ちゃんが、色々な音楽を聴かせてくれたから

〇一軒家
  実家は長く住んでいるだけあって、とにかく落ち着く。遊ぶものもそれなりにそろっている
  走ることも壁を登る事も出来るので、何不自由なく、とてものびのびと暮らせている
  でも、私の好きな音楽はあまり流れてこない。なので落ち着くけれど、心はあまり弾まない。それが実家での私の生活だ

〇明るいリビング
  お姉ちゃんの家は新しく、独特な香りがする。ちょっと居づらいところもあるが、お姉ちゃんは音楽を聴かせてくれる
  実家の頃からよく一緒に過ごしていたお姉ちゃん。音楽を聴くのが好きで、私も自然に音楽が好きになった

〇リンドウ
  お姉ちゃんが聴く音楽は、ゆったりとした曲が多かったが、気分によって聴きわけてもいて、結構色々な曲を聴いていた
  ちょっと怒っている時は、テンポが早く、何かが大きな音でボムボム鳴っている音楽を聴いていた
  他の何かもギュイーンと鳴り響き、正直ちょっとうるさかったが、その分お姉ちゃんの怒りも伝わった
  他にも、やけに気だるい音楽、叫びたくなるような音楽、眠くなる音楽から走りたくなる音楽まで、音楽は不思議と心に響いていた

〇車内
  二日前、お姉ちゃんの家に泊まりに行く時も、車の中では音楽が流れていた。小野リサのボサノバ。私の名前の由来だ
  私の名前は「リサ」。お姉ちゃんの名前は「なな」どちらが猫だか分かりにくい
  少し古めの洋楽が好きなお姉ちゃんだから、他の名前もおおいに考えられたと思う
  「キャロル」なんてのも魅力的だったが、お姉ちゃんの「なな」になんとなく似ていた「リサ」は、わりと私のお気に入りだった

〇明るいリビング
  お姉ちゃんの家に着くと、旦那さんが迎えに出てくれた。今では仲良しの旦那さんと私だが、最初のうちは大嫌いだった。
  お姉ちゃんが実家で生活していた時、毎日のように一緒に音楽を聴いていたが、時々お姉ちゃんは長い時間どこかへ出かけていた。
  戻ってくると、変な匂いがしていたので疑問に感じていた。ある時旦那さんが実家にやって来た。匂いの主だとすぐにわかった

〇おしゃれなリビングダイニング
  旦那さんの名前は「柳矢」。「りゅうや」と読む。柳に弓矢。人の攻撃をかわしながら、安全に自分らしく生きる
  なんとも保守的な名前だ。まぁ当時の私はそんな事まで分かっていなかったが。分かっていたら・・・多分バカにしていただろう
  私は柳矢が近くに来ると、爪を立てて背中を丸めて威嚇攻撃をした
  それでも柳矢はいつでも笑顔で声をかけてきた。猫が好きだからとか言っていた
お姉ちゃん「猫好きな人は、皆いい人なのよ」
  お姉ちゃんはそう言っていつも私をなだめていたかな

〇おしゃれなリビングダイニング
  ある時、柳矢がCDを持ってきた。マデリン・ペルーというアーティストのcareless loveというアルバムだった。
  猫の私にはアーティスト名など分からない。CDが音楽を聴く何かということは、少し分かっていたような気もするが
  柳矢がもってきたCD。少し興味が湧いたので、おとなしく聴く事にした

〇キラキラ
  女性の歌うゆったりとした曲
  少し低いが優しい声。ゆったりと流れる時間も、楽器の一つとなって一緒に流れているように感じた。私はすっかり心を奪われた
  初めて聴く音楽に、心を奪われる事はそうはない。だだ沢山聴いていると時々ある
  この時聴いた音楽は、その中でもかなり、ときめいた

〇おしゃれなリビングダイニング
  柳矢は音楽好きなお姉ちゃんに、多分知らないだろうアーティストを探して、それを聴かせて反応を楽しむ事を好きなのだ
  私はすっかりやられてしまい、この日から柳矢をお姉ちゃんの旦那さんと認めるようになり、仲良くするようになった
  もちろんお姉ちゃんも、この時の音楽は相当気に入っていたけど

〇明るいリビング
  この日お姉ちゃんの家には、金曜日から日曜日まで過ごす事になっていた
  私はお姉ちゃんや旦那さんと、さっそく音楽を楽しんでいた
  次の日、土曜日の夕方になると、旦那さん宛に郵便物が届いた。中には一枚のCDが入っていた
  しかし旦那さんは購入した覚えがないと。それで夕食後、それが何なのかをもう一度話し合う事になった

〇明るいリビング
  旦那さん宛のCD。スマートフォンでの購入で、履歴が残っていた。二日前の夜だった。
  この日旦那さんは、珍しく酔っ払って帰宅。友人と久々に飲んで、あまりに楽しくなり、言葉の通り「我を忘れて楽しんだ」のだとか
  CDを買った記憶は辿れないものの、確かに友人とは音楽の話で盛り上がっていたらしい
  度々お姉ちゃんにCDを買ってきては、当たりか外れかのギャンブルを楽しむ旦那さん
  買った記憶は無くても、買う動機は充分立証されている。あとはこの音楽を聴くだけだ
  なにせ今回のCDは、買った旦那さんが何も覚えていない。それでいてお姉ちゃんもまったく知らないアーティストだから
  お姉ちゃんは期待をし、旦那さんは不安を感じていた。私の気持ちはお姉ちゃん寄り。しいて言うなら「早く聴かせて」だ

〇明るいリビング
  CDアルバムの一曲目が流れ出す。好きとも嫌いとも言いにくい独特な音楽だった。お姉ちゃんはコーヒーを入れ始めていた
  二曲目が終わる頃、お姉ちゃんもコーヒーを入れ終わり、皆でくつろぎ始めていた。もっとも猫の私はコーヒーを飲めないが
  三曲目が流れ始めた。これは私が好きそうな曲だ
  お姉ちゃんも旦那さんも気に入っている様子だった
  曲が終わった時、もう一回聴きたいと思った
お姉ちゃん「もう一回聴いていい?」
  願いが叶った。しかしお姉ちゃんが手を伸ばそうとした時、旦那さんがコーヒーをこぼし、私は驚いて跳び跳ねた
  その瞬間、首輪が切れてしまった

〇明るいリビング
  その後はドタバタして、CDはそのままかけっぱなし、全曲聴いて、その日は終了となった
  また聴きたかったのに残念だった

〇車内
  そして車で実家に帰る日曜日。でもこの日は途中で新しい首輪を買いに行くことになった
  駐車場に車を止めると、実際に合わせながら選びたいと言って、お姉ちゃんは私をカゴに入れ、一緒にお店へ向かった

〇繁華街の大通り
  ただ歩道を歩いているだけだった。もう少しでお店の入り口。そんな時だった
  目の前で交通事故が起きた。そして一台の車が勢いよく私達に突っ込んできた
  車にぶつかり吹き飛ばされ、私は意識を失った

〇黒背景
  ・・・私、死んだのかな
  ・・・あの夜に聴いた歌・・・
  確か二人の女性が歌っていて。高い声と低い声が綺麗で
  もっと聴きたかったなぁ・・・

〇白
  空が白い。空ってこんなに真っ白だっけ
  違う。お部屋の中だ・・・何で

〇病室(椅子無し)
  変な匂いがする
  人のあわただしい気配もする
  私は寝ている?あれ、なぜ上を向いて寝ているんだろう?布にくるまっている?
  顔を擦ろうと手を顔に
  毛が無い
  指が長くなっている
  私は・・・いったい

次のエピソード:知らない私

コメント

  • 私も音楽が大好きなので、一緒に暮らしている猫ちゃんや他のぺットたちも音楽を楽しんでいる、そう考えると楽しみを共有しているようで嬉しくなります。最後は何が起きたのでしょう。猫ちゃんがナナさんになってしまったのかな?

  • リサの一人称の猫らしい視点での語り口で、作中に引き込まれていました。突然の事故と驚きの展開で、この物語がどうなっていくのか今後がとても気になります。

  • これから新しい経験が始まる、その最初の日なんですね。長く一緒にいたななさんの魂とはお別れなのでしょうか…。寂しいですが、最後のお顔を触って現状に気付くシーンはお気に入りです。

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