エピソード15(脚本)
〇広い公園
茶村和成「ッ・・・ナオ!」
振り向いたナオが女を見上げる。
夕陽に照らされているとは思えないほどに底の知れない闇のような長い黒髪が、ナオの細い首にきつく絡みついた。
ナオ「!? ア、おに、ちゃ・・・」
ナオの小さな身体(からだ)は宙に浮かび、足はバタバタと苦しそうにもがいている。
助けようと駆け出そうとするも、急に身体がガクン、と重くなった。
上から見えない重りが乗っているような、全身に負荷がかかって立っていることすらままならない。
茶村和成「く・・・そ・・・」
苦しそうなナオに手を伸ばす。
届かない距離が悔しい。
無力な自分が情けなかった。
噛みしめた唇から血が滲(にじ)み、口内に鉄の味が広がる。
ナオの身体から力が抜ける。だらりと伸ばされた腕に絶望感が襲う。
しかしそのとき、ずっと苦しそうにしていたナオが、なぜか笑みを浮かべたように見えた。
茶村和成「え——」
ナオの右手が、すっと女の前に差し出される。
ガ、アァ、ギ、ギャアアァア!!
女が苦しそうな呻き声を上げると同時に、ナオの首に巻きついていた髪が崩れ落ちるようにほどけていった。
ふたりの周りには、バチバチと黒い電気のようなものが走っている。
叫び続ける女の姿が、押し固められたように縮小していく。
なにが起こっているのか分からなかった。
首に巻きついた髪はもうないというのにナオの身体は変わらず宙に浮いている。
ふふ、とナオの笑い声が聞こえた。
ナオ「だめだよ。茶村お兄ちゃんは僕のものなんだから」
ナオが右手の拳を握る。
その瞬間、チュン、と音がして女の姿は跡形もなくなった。
ナオが地面に降り立ち、気づくと俺を抑え込んでいた力も消えていた。
よろよろと上体を起こし、スラックスについた埃を払うことも忘れて、呆然とナオを見つめる。
振り向いたその表情は、姿を現したときと変わらない笑顔だ。
駆け寄ってきたナオが、ぎゅっと俺の腰に腕をまわした。
ナオ「えへへっ、もう大丈夫だよ」
茶村和成「お前、いったい・・・?」
そっと小さな肩に手を置いて尋ねるも、ナオはなにも言うことなく、その代わりのように6時の鐘が鳴った。
ナオ「あ、そろそろ帰らないと!」
ナオは俺から離れて、公園の出入り口へと向かっていく。
俺は無言で、その背中を見つめた。
ナオ「あっ、そうだ」
ナオは夕陽を背に振り返る。
そしてポケットに手を突っ込むと、なにかを取り出し俺のもとに戻ってきた。
ナオ「これあげる!」
小さくて冷たいそれを俺の手に握らせる。
戸惑いつつも受け取った俺に、ナオは満足そうに目を細めた。
ナオ「じゃあまたね、茶村お兄ちゃん」
徐々に小さくなっていくナオの後ろ姿を、何もすることもできずただ見つめる。
〇広い公園
夕陽が染みる視界に、もやがかかっていく。
ぼんやりとどこからか声が聞こえてきて、その声はだんだんとはっきりしてくる。
お客さん!
〇黒
お客さん! 終点ですよ!
〇バスの中
茶村和成「ッ!?」
意識がはっと覚醒した。
目の前には、自分を起こすバスの運転手が目に入る。
え、なんで。俺、さっきまで・・・。
バスの運転手「お客さん?」
茶村和成「あ・・・すみません」
バスの運転手「大丈夫ですか? ずいぶんぐっすりでしたね」
苦笑いを返して、運転手の後ろにあるバスの時計を確認する。
デジタル時計には「18:05」の表示。
夢だったのか?
いや、そんなまさか・・・
とりあえずバスから出よう、と床に置いた鞄を掴もうとすると、なにかを握っていることに気づいた。
去り際のナオの姿が思い浮かぶ。
手を開いてみると、現れたのは黒い玉だ。
一見ビー玉のようにも見えるが、感じる気配は安っぽいガラス玉ではない。
茶村和成「・・・・・・」
俺はその玉をポケットにしまい、空いた手で鞄を掴んで立ち上がった。
バスの運転手に、今ここがどこなのか、どの路線のバスに乗ればいいかを尋ねて、お礼とともにバスを出る。
〇黒
回送と表示されているバスを見送り、再びバスに乗って薬師寺のマンションへと向かう。
青と黒が混ざり始めた空の中、俺は先ほどのことを考えながら、ぼんやりとバスに揺られていた。
〇高層マンションの一室
薬師寺廉太郎「あ、茶村! おかえりぃ」
薬師寺廉太郎「帰ってこないし連絡もつかないから、死んじゃったかと思ったよ〜」
茶村和成「お前な・・・」
俺を出迎えた薬師寺は、とんでもないことをいつも通りに言った。
俺はぐったりと疲れ切った身体を、ソファに倒れ込むように落ち着かせる。
薬師寺はその隣に腰を下ろし、俺を見て何度かまばたきする。
薬師寺廉太郎「怪異は消えたみたいだけど」
茶村和成「あ? あー・・・」
俺は少しだけ姿勢を正して、ことのあらましを話した。
薬師寺は黙ってそれを聞いていて、一通りの説明が終わったあと、不思議そうに腕を組んだ。
薬師寺廉太郎「ふうん・・・。 その子がくれた玉、見せてもらっていい?」
茶村和成「ん、これ・・・」
ポケットから玉を取り出して薬師寺の手の平に渡そうとする。
しかし、黒い玉が手の平に渡ることはなく、薬師寺が触れた瞬間にバチっと黒い電流のようなものが周囲に散った。
弾かれるように、薬師寺が手を引っ込める。
薬師寺廉太郎「・・・へえ?」
茶村和成「な・・・大丈夫か!?」
薬師寺廉太郎「あー、うん。 なるほどねぇ」
疲れをとるように手を振りながら、薬師寺は床に落ちた玉を観察する。
薬師寺廉太郎「ナオくん、って子さ」
薬師寺廉太郎「茶村ももう分かってると思うけど、人間じゃないね」
薬師寺廉太郎「怪異だ」
茶村和成「・・・ナオが、怪異」
薬師寺廉太郎「それも相当上位のね」
薬師寺廉太郎「強い力を持つ怪異は、明確な意思や思考を持つようになる」
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