読切(脚本)
〇黒
普通の女の子に憧れる。
普通に学校に行って、勉強して。
友達と他愛ない話をして、遊んで。恋をして。
――そういうのに、憧れる。
だって、私は――普通じゃないから。
〇公園のベンチ
千香「・・・と、言っても。あれよりはマシかも」
青年「日本のみなさーん! おはようございまーす!」
青年「今日はとても良い天気ですねーっ!」
千香(・・・うるさ。 すっごい近所迷惑)
千香(あの人、ひとりで何やってんだろ。 変質者?)
千香(・・・関わりたくねー・・・。 さっさと通り抜けよう)
青年「昨日は雨でとても憂鬱な気分でしたが、今日は快晴!」
青年「やまない雨はない! きっと、そういう事ですよね!」
青年「俺は今日も、精一杯頑張ろうと思います!!」
青年「・・・」
青年「・・・」
千香「変人」
青年「えっ?」
千香(うそ。 声、聞こえちゃった・・・!?)
青年「ねえ、もしかして、今・・・」
千香「あ、えっ。 いえ、その。私は・・・!」
青年「やっぱり、そうだ・・・! やった! やったあ!!」
青年「ねえ、今、時間ある!? ちょっとでいいからさ、俺につきあってよ!」
千香「ちょ、ちょっと・・・!!」
〇レトロ喫茶
千香「蓮くん、だっけ?」
千香「本当なの? その・・・今の話」
蓮「試してみようか?」
蓮「すみませーん!! 3番テーブル、チーズケーキ2つくださーい!!」
千香(うるさっ!)
千香「・・・」
蓮「・・・ ね?」
千香「ホントだ・・・。 誰も来ない」
蓮「これで分かった? 俺の声はさ・・・『誰にも聴こえない』んだよ」
蓮「本当に、誰にもね」
蓮「だから、こういう時はボタンで店員さんを呼んで、メニューを指で差すんだ」
ウェイター「お決まりですか?」
蓮「・・・」
ウェイター「はい、レアチーズケーキを、おふたつですね? かしこまりました」
千香「でも、どうして?」
千香「・・・もしかして、蓮くんって幽霊?」
蓮「まさか」
蓮「・・・いや。でもある意味、それに近い存在なのかもな」
蓮「3年くらい前からこうなって、病院にも行ったんだけど原因不明だってさ」
蓮「今じゃ存在感も薄くなって、周りからはすっかり無口なやつだと思われてるよ」
千香「もったいないね。 そんな、素敵なのにさ」
蓮「あははっ、そんな事言ってくれるのは、千香さんだけだよ」
蓮「それに、こんなに人と話すの久しぶりでさ。 本当に、すっげーうれしい」
千香「・・・・・・うん。 私も、うれしい」
千香「私も人と話すの、数年ぶりだから」
蓮「え?」
ウェイター「お待たせしました。 レアチーズケーキでございます」
ウェイター「・・・・・・」
ウェイター「ええと・・・おふたつで、よろしかったですよね?」
蓮「あ、はい。俺も食べます」
蓮「俺、こう見えてけっこう甘党なんですよー、 ・・・って聴こえないか」
蓮「さ、千香さん、食べちゃおうか。俺奢るからさ」
蓮「話は、腹ごしらえしてからにしよう」
千香「・・・・・・」
蓮「千香さん・・・? 泣いてるの・・・?」
千香「・・・ごめん、蓮くん」
千香「ホントに、ごめんねっ」
蓮「あっ、おいっ!」
〇公園のベンチ
蓮「はあっ・・・はあっ・・・。 どうしたんだよ、いったい」
千香「うん・・・ごめんね、ほんと。 ケーキ、無駄になっちゃったね」
蓮「良いよ。それより、大丈夫? 具合いとか、悪くなったの?」
千香「ううん。そんな事ない」
蓮「なら、どうしてそんな顔してるんだよ?」
千香「・・・急に、悲しくなって」
千香「ごめん。でも、そうだね。 蓮くんには、話しておかなくちゃね。私の事」
千香「それにこれは・・・多分蓮くんにも関係のある事だから」
千香「見てて」
蓮「あっ、おい・・・」
青年「・・・・・・」
千香「おにいさん、こんばんはっ! 突然ですが、今から私とデートしませんかっ!!」
蓮「えぇぇぇっ!? 急展開!?」
蓮「・・・って、あれ?」
青年「・・・」
青年「ん? おにいさん、どうかした?」
蓮「あ、えっと・・・」
青年「・・・? 用がないなら、行くよ?」
蓮「どういう事だよ」
千香「こういう事だよ」
千香「実は私も、蓮くんと同じなの。 私の声は、誰にも届かない」
蓮「うそだろ・・・」
千香「こうなったのは、6年くらい前だったかな」
千香「突然、私の声が誰にも聴こえなくなって・・・でも、今は、それだけじゃないんだ」
千香「そのうち、皆が私に『気がつかなく』なってきたの。 目の前にいても、まるで見えてないみたいに」
千香「さっきの店員さんもそう。私の事、見えてなかったの。 だからケーキがふたつで驚いてたんだよ」
千香「蓮くんも、いつか同じように、誰にも見えなくなってしまうかもしれないね」
蓮「・・・」
千香「ねえ、蓮くん。 私って、私たちって、なんなのかな」
千香「まるで、世界に存在してないみたい」
千香「原因も、何もかも分からないまま。 このまま、存在ごと消えてしまうのかな?」
蓮「・・・。千香さん」
蓮「触れていい?」
千香「・・・。へっ? ちょっ」
蓮「・・・」
蓮「俺、馬鹿だな」
蓮「俺、自分の声が誰にも届かなくなって、毎日死ぬほど苦しかったんだ」
蓮「なんで俺だけ、って何度も思って。 さっきみたいに、「誰かに届け!」って思って、でかい声で騒いだりしてさ」
蓮「でも、千香さんは・・・俺なんかよりずっと長い間、ずっと苦しい想いをしていたんだな」
千香「・・・ん。 でも、今はすごく良い気持ちだよ」
千香「私の事、ちゃんと見えてて。 ちゃんと声を聞いてくれる人に出逢えたんだから」
蓮「ああ。見えてるし、聴こえてるよ。 ちゃんと」
千香「うん。蓮くんもね」
「・・・・・・」
(・・・なんじゃこれ、照れくさっ!!!)
蓮「・・・とにかく、少なくとも俺たちは、今、互いに互いを理解出来てるんだ。 もう、ひとりじゃない」
千香「うん。希望が見えてきた気がする」
蓮「ああ。一緒に、頑張ろう」
蓮「・・・。ところで」
千香「ん?」
蓮「さっき、誰かデートに誘ってたけど。 あれって、俺でもいいの?」
千香「・・・はあ?」
誰か一人でも、自分のこと理解してくれる人がいたら頑張れる。そう思ったことがあった。だけど、自分を理解してほしいと思うのはみんな同じ…二人には二人にしかわからない絆が出来た。
特別な二人にだからこそわからないこと、分かることがあるんでしょうね、なんか二人だけの秘密な感じがして素敵です。唯一の味方みたいな、いいお話しでした。
果たして実際に彼らの声が他の人に届いていないのか、それとも他の人が聞こえていないのか。以前、朝の駅で疲れた顔のサラリーマンがぶつかってきたとき、私の存在が見えていなかったかのような錯覚を覚えました。これと同じように、視点によってどっちにもとれそうですね。
ふたりが共通の感覚をわかり会える人に出会えてよかったです。