魔界でコンニチワ!(脚本)
〇魔界
……ここは一体、どこなんだろう?
目を開けたら見慣れない世界が、俺の周りに存在していた。
お世辞にも景観がよいとは言えない風景。
薄暗い空には雷鳴が轟き、地面には大小の岩が無造作に転がっている。
そのゴツゴツした足場の悪い地面に立ち、俺は辺りをキョロキョロと見回していた。
「————はい、こんにちは! ようこそ死後の『神世界』へ!」
唐突に頭上から朗らかな声が響いた。
見上げると、頭上に小さな黒い雲が浮いていて、ゆっくりと下降してくる。
その黒い雲の上には事務机と椅子があり、一人の女性が座っていた。
マルリーティ「……えーっと、アナタは一条達哉(いちじょうたつや)くん、で合ってるわね?」
胸元が開いた黒シャツに短めのパンツ。艶のある長い黒髪を一筋だけ細く編み、それを揺らしながら、俺にそう声を掛けてきた。
タツヤ「……ええ。そうですけど……ここは一体……?」
マルリーティ「何を隠そう! ここは『神世界』が一つ、『魔界』なのです!!」
マルリーティ「アナタは現世で残念ながら、通学途中に工事中のビルが起こした鉄骨落下事故に巻き込まれて、死んでしまったのです」
タツヤ「……えっ? ……俺、死んじゃったの?」
マルリーティ「ええ! それはもう完璧な即死です。幸いなことに痛みは感じなかったハズよ。 ……まあ覚えていないと思うけど」
……マジなのか。
脈略もなくいきなり伝えられた死の宣告。俺は記憶を辿ってみるも、ここに来て目を開ける以前の記憶をまったく思い出せない。
ただ、家族や友達の顔は思い出すことができた。
みんな悲しんでいるのだろうか。そんな事を考えると胸が少し苦しくなった。
……アイツにゲーム借りっぱなしだったっけ。貸した二千円も返して貰ってなかったな。あと部屋のエロ本、捨てときゃよかったあ!
マットレスの下ではなく、本棚の裏にエロ本を隠しておけばよかったなと後悔した後、今置かれている状況にようやく目を向けた。
とりあえず落ち着け、俺。……これってまさか、ラノベやアニメでよくある転生チャンス? 俺の第二の人生の始まりなのか?
……でも待ってくれ。この人『魔界』って言ってなかったか? こういう場合って『天界』チックなところがパターンじゃないのか?
タツヤ「……ちょっと質問いいですか? ええと……」
マルリーティ「マルリーティよ。よろしくね!」
タツヤ「そのマルリーティ……さん。ここってどこなんですか?」
マルリーティ「ん? ここ? ここは神々が住む『神世界』よ」
マルリーティ「『神世界』には『天界』と『魔界』があって、今いるこ場所は見ての通り『魔界』ですよ。そして私は『魔女』なのです」
……やっぱり聞き間違いじゃなかった。
それにしても『魔界』? そんでもってこの子は『魔女』!? 一体どういう事なんだ?
タツヤ「……あの、ワンチャン貰って何なんですが。こういう場合って『天界』みたいなところから、スタートするもんじゃないんですかね?」
マルリーティ「そうなのよ! さすが! 日本の少年少女たちは、しっかりツボを押さえてるわねー!」
マルリーティ「本来なら『天界』で手続きするのが通例なんだけど今、転生が流行っててね、いくつかある『天界』だけじゃ手が回らなくなってるの」
マルリーティ「そこでこの『魔界』でも『天界』からの業務委託で転生の代行をやる事になったってワケ。タツヤさん、アナタがその第一号でーす!」
マルリーティと名乗った女は赤い瞳で俺を見つめ、指差しながらそう言ってきた。
タツヤ「『天界』と『魔界』で業務委託とかって……お互い敵対しているんじゃないんですか?」
マルリーティ「それはアナタたちの世界でのイメージね! 実際のところ、別に仲悪くなんてないわよ。忙しい時期は助けあったりもするしね」
マルリーティ「『天界』は人が死んだ後に来るところだし『魔界』は魔物が死んだ後の世界ってだけよ」
マルリーティ「現世での出来事に、『天界』も『魔界』も、あまり干渉はしてないの」
タツヤ「干渉してないなら、何で転生なんてしてくれるんですか?」
マルリーティ「……ぐむっ。アナタ、なかなかスルドイところを突っ込んでくるわね……そもそも転生は、死んだ者全てが有する権利」
マルリーティ「新しい命として数多ある下界のいずれかに、再び生を受けて戻っていくものなの」
マルリーティ「それをどこかの神が気まぐれに、すっごい能力を与えて転生させたら、それがたちまち下界で評判になってね」
マルリーティ「……チート持ちの転生希望の若者が増えて、今『天界』はてんてこ舞いなのよ!」
俺の質問に、マルリーティは少し困った顔をしながらもそう答えた。
マルリーティ「不慮の事故や生前徳を積んだ者は、転生時にその者の願いを最大限叶えてあげるって言う基本ルールがあるわけなのよ」
マルリーティ「貴方だって『死んだらどこかの世界にチート持って転生したいなー』って考えてたでしょう?」
タツヤ「……ええ……まあ。俺、結構そういう本読んでたし」
マルリーティ「でしょ? その思念を持って事故で死んじゃったから、『天界』で新設された『チート転生課』に回されたのね」
マルリーティ「で、いっぱいいっぱいの『天界』から、業務委託でこの『魔界』に巡り巡ってきたってわけ。わかった?」
そんな事情があるなんて。何だか俺のイメージしていた転生とはちょっと違うなあ……。
俺の不安は計らずも顔に出てしまった様だ。
それを察したのか、マルリーティは明るい口調で言ってきた。
マルリーティ「大丈夫だって! ちゃんと『マニュアル』も貰ってるし! この私に任せときなさいって!」
マルリーティは手に持った『マニュアル』を見始めた。
マルリーティ「ふむふむまずは転生前の『能力』付与ね。……んんっ! ごほん!【では、転生前に一つ、特別なアイテムかスキルを差し上げます】」
抑揚のない棒読みのセリフを聞きながら、俺は顎を触りながら逆に問いかけた。
タツヤ「……どんなアイテムやスキルがあるんです?」
マルリーティ「そうね……例えばこんなのはどう? どんな魔法や物理攻撃も跳ね返す鎧があるわよ」
マルリーティ「レベルの低い最初から装備すれば、死ぬ心配は全くないわ」
おお! 防御力無双の鎧なんて最高じゃないか! 最初のレベル上げが楽で済みそうだし死なないで冒険できるってのは悪くないな!
タツヤ「マジで!? それにしようかなっ!」
マルリーティ「あ、だけど一つ欠点があってね」
タツヤ「……え? 何?」
マルリーティ「呪われます。脱げません」
タツヤ「ええっ! そんなんヤダよっ! ずっとその鎧きて生きていかなきゃいけないのかよぉ! ……他にもっといいものはないの!?」
マルリーティ「ならこれは!? 無限に魔法を使えるチートスキルよ! MPを気にする必要は一切なし! どうよ!? これなら文句ないでしょ!」
タツヤ「……本当にそれだけ? 欠点は何もない? デメリットなし?」
マルリーティ「ただしアンデッドになります」
タツヤ「な、何でだよ!? 何でせっかく転生するのにアンデッドで人生再スタートしなきゃならないんだよぉぉ!」
タツヤ「もっとマシなアイテムだったりチートスキルはないのかよぉぉ!?」
マルリーティは小さく舌打ちをしながら、また手に持った『マニュアル』を見始めた。
……何だこの役に立たない能力付与の数々は。何で普通に天界で転生手続きしてくれなかった!?
魔界転生の第一号って……思いっくそハズレクジじゃねーか!
〇魔界
その後もマルリーティは、相手のMPを吸い取る『キレッキレダンス』のスキルだったり……
相手を状態異常に追い込む『寝起きの息』のスキルだったりと、しょうもない能力を提示してきたが、俺はそれを尽く却下した。
マルリーティ「……ふぅ、ふぅ……な、なかなかやるわね。ここまでこの私を否定し続けたのは、アナタが始めてだわ」
マルリーティ「いいでしょう! とっておきのアイテムを出してあげるわ!」
そう言ってマルリーティは手を天にかざすと薄暗い空が割れ、漆黒の鞘に収まったミドルソードがゆっくりと落ちてきた。
マルリーティ「私のとっておき、神剣『インセンティバー(懸命の対価)』よ!!」
マルリーティ「これは使用者のレベルに関係なく、どんな敵も切り裂く能力を持つ、まさに無敵の剣! さあ! 手にとってご覧なさい!」
頭上に輝くその剣を、恐る恐る手にしてみる。光を帯びた刀身からは、確かに力の鼓動のようなものが感じられた。
……こ、この溢れ出るパワー! 神々しさ! こ、これはまともそうなアイテムじゃないのか!?
さらにじっくり観察すると、鍔の部分にデジタル表示があることに気づいた。
液晶ディスプレイに似た窪みには『10000』と数字が記されている。
……嫌な予感しかしない。
タツヤ「……なあ。この『10000』って数字は何なんだ!?」
マルリーティ「……えっ? そ、そそそんな数字、あ、ああったかかしら?」
タツヤ「正直に答えろ! この数字は何なんだ!? またロクでもないオマケが付いているんだろ!? ……って、こっちを向けぇぇぇ!!」
顔を逸らし口笛を吹いているマルリーティに向かい、声を荒げて叫んでしまった。もはやこの女が『魔界』の魔女だろうが関係ない。
マルリーティ「……バレちゃしょうがないわね。『インセンティバー(懸命の対価)』どんな敵をもバッタバッタとなぎ倒す、素晴らしい神剣なの」
マルリーティ「ただね、ちょっと使用限度があってね。使うとその数字が減っていくの。そしてそれが『0』になると……」
タツヤ「……なると?」
マルリーティ「死にます」
タツヤ「……ふ、ふざけるなぁぁ!! こんなんいるかぁぁぁ!!」
マルリーティ「———ま、待って! もうそれ以上のアイテムや能力は、本当にもうないのっ!」
マルリーティ「……ねっ? だから、その剣でどうかな? 今ならポーションを三つサービスでつけるわよ! 何なら毒消草も二つ、あげるから!!」
胡散臭い神剣を地面に叩きつけようとする俺に、手を合わして必死に懇願してくるマルリーティ。
もはや魔女の威厳はちっとも感じられない。
……この魔女、ロクなアイテムやスキルをくれないじゃないか! 俺は一つ、深く深呼吸をして心を落ち着かせた。
タツヤ「……いらない」
マルリーティ「へっ!? 今なんて?」
タツヤ「いらないって言ったんだ! アイテムもスキルもいらない! 俺はこのまま転生する。……さあ! 早く新しい世界に送ってくれ!」
その言葉を聞き、急にマルリーティはあたふたし始めた。
マルリーティ「ちょっと待って! 一つ何か力を与えるのは『チート転生課』の決まりなの! ほら見て! この『マニュアル』にも書いてあるの!」
マルリーティ「お願いだから、初仕事から失敗させないで! どうかお願いですからその剣もらってくださいぃぃぃ!」
タツヤ「……そこまで言うなら、他の物は何かないのか?」
マルリーティ「へ!? もうその剣でいいじゃない! ……ですか。……ね?」
無理やり笑顔を作りこちらに微笑みかけてくるマルリーティに、俺は怪しさしか感じない。絶対この魔女、何か隠してやがる……!
タツヤ「なあ、本当はこの剣を持っていって欲しいんだろう? この剣を持っていかせたいために、クソな能力を先に出したんじゃないのか?」
マルリーティは一瞬肩をびくりと震わせた。
……やっぱりかっ! 売りたい物より劣った物を先に見せて、少しでもよく見せようなんて、悪徳業者のする事じゃねーかああ!
ここは本当に死後の世界なんだろうか? ……やってる事は生前の世界となんら変わらないんですけどっ!?
マルリーティ「……だって! だってこの『魔界』にそんな便利なアイテムやスキルがあるわけないじゃないっ!」
マルリーティ「その剣以上に良いものは、この『魔界』にはないのっ! だからその剣を持っていってよぉぉ!」
今度は逆ギレですか。なんて身勝手な魔女なんだ!
話を聞いた限りじゃ、この剣が一番使えそうなのは確かだが……『10000』って数字がデカい分回数使えるって事だろうし……。
俺はしばらく悩んだ末、念の為マルリーティに確認してみることにした。
タツヤ「一応聞くけど……これから天界に行って、転生のやり直しはできないのか?」
マルリーティ「できません」
即答かよ!? もう少し他の選択肢を真剣に考えてくれよ!
……これ以上言っても無駄なのか。俺は半ば諦め覚悟を決めた。
タツヤ「……わかったよ。もうこの剣でいいよ。じゃあ、さっさと新しい世界に送ってくれ」
マルリーティ「……! では、新しい世界『ロザリオンデ』への扉を開きます!」
ぱあっと笑顔になったマルリーティが手をかざすと、俺の目の前に光のゲートが現れた。
それと同時にマルリーティも地面に降り、何故か俺の後ろにぴったりと並んだ。
タツヤ「……なあ、何で俺の後ろにいるわけ!?」
マルリーティ「んん? もちろん私も一緒に行くわよ。だって新しい世界のチュートリアルは、『転生担当者(ナビゲーター)』の責任なのよ!?」
そんな事を言いながら、俺の背中をズイズイと押してくる。
タツヤ「ちょ、ちょっと待て! その担当、チェンジできないの? ……せめて担当だけでも違う『女神』か『魔女』に変えてくれえええ!!」
その叫び声虚しくマルリーティに押された俺の体は、光のゲートに消えていった。