檻の外

千博

エピソード4(脚本)

檻の外

千博

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〇怪しい部屋
  自分以外全く変わらない真っ暗な部屋に引きこもってから、一ヶ月以上が経った。
  もしかしたら三ヶ月くらいかもしれないが、日に日にずれる体内時計はもう当てにならない。
  外の温度は変わっているのだろうか? 季節はいつごろだろうか?
  最近では家に誰もいない時間を見計らって風呂に入ることも辞めたため、なにもかもわからなくなっている。
  トントン
  
  図々しいノック音がした。妹のそれではないことがわかるようになってきた。叔父さんか。
叔父さん「優貴君、いいかげん外に出てきたらどうだ?」
叔父さん「この間さくらちゃんが来たぞ、お前と話がしたいと言っていた。少しは顔を見せてあげなさい」
  父親ぶった口調。親戚である俺と密香を無償で居候させてくれた叔父さんには感謝しているが、それとこれとは別だ。
  追い出したければ追い出せばいいのに、ほんといい人だよ。都合のいい人。むかつく。
叔父さん「さくらちゃんに心配かけちゃいかんだろ、扉のところに俺のケータイ置いておくから、せめて電話だけでもしてあげなさい」
  うるさいな、本当はこんな引きこもりの屑すぐにでも棄てたいと思ってるくせに。偽善者が、さっさと殺せよ、鬱陶しい。
  愚痴々々言うくらいなら俺のことなんて見捨ててしまえばいい。何が楽しくてこんな俺を生かしておくんだ。
優貴「・・・・・・」
  …………ところで、さくらって誰だ?

〇怪しい部屋
  また俺の中の夜が来て、俺にとっての朝を何度か迎えた。
  一瞬だけ光が差し込み、再び真っ暗な世界に戻る。ノックもなしに入ってきたのは密香だ。
  俺の世界に入ってくるのはコイツだけだから、別に問題はない。いつもと違うのは、今日は密香に聞きたいことがあるということ。
密香「兄さん、今日はチャーハンですよ」
優貴「ん」
  礼も言わずに受け取る。
  この時間は自分が生きていることを実感出来ると同時に、まだ生きてしまっていることを再確認させられて反吐が出る。
  密香への感謝と罪悪感も相まって複雑な時間だ。
優貴「なぁ、密香」
密香「なんですか?  優貴兄さん」
  何日か前に叔父さんから聞いた言葉。聞き流した台詞に大きな違和感を覚えた、気紛れに興味惹かれたのはついさっきのことだ。
優貴「さくらって、誰だ?」
  俺の眼にうつるのは、俺の記憶の中にいるのは、二つ結びが幼い印象をかもし出している、こいつ。
  クラスの地味なグループにいそうな極普通の妹だけだった。さくらなんて人、知らない。
密香「・・・誰だか、わからないんですか?」
  何故だろう? 少しだけ口元が緩んでいるように見える。こいつも笑うんだな。
優貴「あぁ、もしかして……俺の大切な人なのか?」
  この生きているのに死んでいるような生活のせいで、生きていた頃の俺の大事な記憶が抜け落ちてしまっているのかもしれない。
密香「……いえ」
  不安に押しつぶされかけた俺の頬に、そっと手を添えた。細くてか弱い手。
密香「大切なものなんて、ありませんよ」
  真っ暗な中、密香の輪郭だけが見える。
密香「外には大切なものは何もありません。何もありませんよ」
優貴「なんだ、よかった」
  座ったのかしゃがんだのかわからないが、密香の顔が目の前まで降りてきた。地味だが顔のパーツだけは綺麗だ。
優貴「密香は、どこにもいかないよな?」
  気がつくと俺は、妹の細い右腕を掴んでいた。
  力加減がわからないせいで、この折れそうな腕が赤くなっているのかもしれないが、暗くてよく見えない。
優貴「なぁ? いかないよな?」
  外の世界のことなんて覚えてない。知らない。俺は俺の世界があって、密香は俺の世界の住人。
優貴「それだけで充分だから、お前は一生ここにいるんだ」
密香「・・・・・・」
  何の返事もせず、密香はただ微笑んで俺のことを見つめていた。

〇怪しい部屋
  ―――数日後―――
優貴「密香!!  遅い、どこに行ってた!?」
  呼んだのに、直ぐに来なかった。
  何をしていたんだ?俺を裏切ったのか?
密香「ごめんなさい、兄さんごめんなさい」
  開いた扉から垂れる密香の長い髪を掴み、部屋に投げ入れる。
  ミシッ……といやな音がしたが、多分俺には関係ない。
  言った?言ったか?どうでもいいや。
密香「はい。私はずっと兄さんの味方です、兄さんを見棄てたりしません」
優貴「だったらどうして来ない? お前のことを呼んだんだぞ?」
優貴「何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も!」
密香「ごめんなさい、学校に・・・」
優貴「はぁ!?」
  細い首元を掴む。力いっぱい、密香の顔が青白くなっていくのを暗い中見詰めながら。
優貴「学校?そんなものより俺のほうが大事だろ?」
  どうせ外の世界のものなんて大したものじゃないんだ。だって外の世界にはなにも大切なものがないんだから。
密香「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
  首絞められてるのに、うれしそうに俺のことを見ている。
密香「兄さんのことが一番です。 もう学校にも行きませんから・・・」
優貴「当たり前だ、なに勝手に裏切ってるんだよ」
  駄目な妹だ。こんな屑みたいな女でも俺の世界の人間だから大事にしてやるが、本当にこいつは駄目な奴だ。
  現実よりも外の世界の用事をとるなんて、妹がそんな馬鹿な女になっていたなんて悲しい。
  俺が兄としてちゃんと教えてやらないと、無駄な事に時間を使っていてはコイツの為にならない。
密香「ごめんね、優貴兄さん……」
  どこか嬉しそうなコイツの表情。見ているとイライラする。
  外の世界でもこうしてヘラヘラしてるのか?
優貴「・・・いいから、さっさとこっち来いよ」
  長袖で隠した身体の傷をさらに押し付けるように、密香が泣きながら懇願するまで強く抱きしめる。
  壊れてぼろぼろになれば、少しは綺麗に見えるだろう。
優貴「おい」
  気の利かない密香を怒鳴りつける。
密香「は、はい・・・」
  顔を赤や青に濁らせながら顔面をぐしゃぐしゃにして俺の方を見た。本当に鈍いやつだ。
優貴「ありがとうございます、だろ?」
  俺がこんなに抱きしめているのだから、密香を大切にしてやっているんだから、どうして直ぐに感謝の言葉が出てこない。
密香「・・・はい」
密香「ありがとうございます……兄さん」

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