怪異探偵薬師寺くん

西野みやこ

エピソード2(脚本)

怪異探偵薬師寺くん

西野みやこ

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〇古い図書室
狐面の男「・・・・・・」
  じり、と一歩下がる。
  男は緩やかに姿勢を正し、こちらに向かって手を伸ばしてくる。
  本能が警告した。
  こいつに捕まったら、だめだ。
茶村和成「・・・・・・」
  とっさに拳を握りしめて、構えをとった。
  勢いよく足を振り上げながら、膝を折りたたむ。
  刹那、たたんだ膝を一気に解放し、男の腹部を蹴り込んだ。
狐面の男「ぐえっ!」
茶村和成「あ、触れるんだ!? てか効くんだ!?」
  部屋中に響いた間抜けな声。男はもんどり打って床に倒れ込む。
  俺は予想外の反応に固まって、うずくまって呻(うめ)く男の姿を見つめていた。
  しばらくすると、むくりと男が起き上がった。
  まだ痛むのだろう、腹をさすりながら顔をしかめている(ように見える)。
狐面の男「あー。まだじんじんしてるよ」
茶村和成「・・・・・・」
狐面の男「ひどいなあ、もう。 制服も汚れちゃったし」
狐面の男「でも、見事な蹴りだね。ナイスナイス」
  ぐっ、と親指を突き上げて、こちらに見せてくる。
  脳の理解が追いつかない。
茶村和成「・・・幽霊じゃ、ない?」
狐面の男「ははっ、幽霊か。君、面白いね」
  すっ、と男が狐面をずらす。
  面の下の素顔はえらく整っていて、この世のものではないような印象を受けた。
  目はゆったりと緩められ、薄い唇が弧を描いている。
茶村和成「え、っと・・・」
狐面の男「君は誰? どうしてここに来たの?」
茶村和成「2年の、茶村(さむら)和成(かずなり)です。先生に言われて資料を取りに来て・・・」
狐面の男「ああ、そういうこと。 ふうん。・・・そっか」
  納得したように頷くと、じろじろと品定めするように俺を見てくる。
  なぞるような視線にそわそわしてしまう。
  落ち着かない。
茶村和成「あの、あなたは? うちの高校の生徒・・・ですか?」
狐面の男「んー? うん。俺は薬師寺廉太郎(やくしじれんたろう)」
薬師寺廉太郎「3年生だよ」
  3年生。ということは先輩か。
  なんかふわふわして、つかみどころのない人だな・・・。
茶村和成「さっきは蹴ったりしてすみませんでした。 薬師寺先輩はなんでこんなところに?」
薬師寺廉太郎「先輩、とかやめてよ。呼び捨てでいい。 敬語も使わないで」
茶村和成「じゃあ・・・」
茶村和成「薬師寺はなんで旧校舎なんかに?」
薬師寺廉太郎「静かだし、誰も来ないから気に入ってて。 事務所として使ってる」
茶村和成「事務所? なんの?」
薬師寺廉太郎「探偵事務所。 俺、怪異探偵なんだ〜」
茶村和成「・・・カイイタンテイ?」
薬師寺廉太郎「怪しいに異なるって書いて、怪異」
薬師寺廉太郎「幽霊とか、そういうやつ専門の探偵だよ」
茶村和成「・・・へえ?」
  どうやら彼は、少し頭のおかしい人間のようだった。
  触らぬ神に祟りなし。こういうのに関わってもろくなことはない。
  少し不自然かもしれないが、会話をぶった切ってでも帰ろう。
薬師寺廉太郎「ところで。なにか悩みはない?」
茶村和成「え? ないけど・・・」
薬師寺廉太郎「本当に〜?」
薬師寺廉太郎「身に覚えのないあざができてたり、寝るときに枕元に誰かが立ってたり」
薬師寺廉太郎「夜道で姿が見えないなにかに、追い回されてる気がしたりしない?」
  ずいっと薬師寺が顔を近づけてくる。
茶村和成「・・・・・・」
  ち、近い・・・。文字通り俺の目と鼻の先に、薬師寺の目と鼻がある。
  なぜか心がざわついて、ふい、と顔を逸らした。
茶村和成「・・・しない。オカルトネタを探してるんだったら他当たってくれ」
薬師寺廉太郎「ふうん・・・? 不思議だなぁ」
  なにがだよ。やっぱり、これ以上関わらないのが吉と見た。
茶村和成「じゃあ俺、そろそろ行かないとだから・・・」
  薬師寺の横をすり抜け、先ほど撮り損ねた本棚の上の書物に再び手を伸ばす。
  さっさと戻って、アイス買って帰ろ・・・。
  むぎゅっ
茶村和成「うへッ!?」
薬師寺廉太郎「おおー、良い脚だ」
  太もものあたりに強烈な違和感を覚え、ぞわりと背筋に悪寒が走る。
  おそるおそる目線を下にやると、薬師寺の角ばった手が俺の太ももを揉(も)みしだいていた。
茶村和成「・・・・・・」
  頭の中に大量のハテナが浮かぶ。
  いや、え? なにこれ? どういうこと?
  なんで俺は男にセクハラされてんの?
薬師寺廉太郎「最初に見たときから思ってたんだよねぇ。 理想的な筋肉の付き方で、太さも俺好み」
薬師寺廉太郎「100点!」
茶村和成「・・・、死ね」
  鮮やかな曲線を描いて、薬師寺の身体(からだ)が宙を舞う。
  全身全霊の力を込めて、回し蹴りをお見舞いしてやった。
  前言撤回。こいつは少し頭のおかしい人じゃなく、全力で変人の変態だ。
薬師寺廉太郎「〜〜〜〜〜〜!」
茶村和成「自業自得だ、馬鹿」
  相当痛かったとは思うが同情の余地はない。
  薬師寺が床で悶絶しているあいだに、本棚の上の書物を取る。
  うん、やっぱりこの本で間違いないようだ。
薬師寺廉太郎「いってて・・・。 茶村、なにか武術でもやってるの?」
茶村和成「空手道場に昔から通ってる」
薬師寺廉太郎「通りで・・・。てか、素人に技なんか使っていいわけ〜?」
茶村和成「「危険が迫ったときは存分に使え」ってのがうちの師範の教えでな」
茶村和成「じゃ、俺は行くから」
薬師寺廉太郎「あ、待って待って」
茶村和成「・・・なんだよ」
薬師寺廉太郎「まだここにいた方がいいよ。 今の時間は危ないから」
茶村和成「俺からしたら、お前が一番危ないんだが・・・」
茶村和成「・・・あっ、しまった! 今日タイムセールの日か!」
  近所のスーパーのタイムセールのことをすっかり忘れていた。
  何としてでも、たまご一パック158円(おひとり様ひとつ限り)を手に入れなければならない。
  この機会を逃すと、明日からの弁当に支障が出てしまう。これ以上変態に付き合っている暇はなかった。
茶村和成「それじゃ!」
薬師寺廉太郎「だからまだ・・・あ〜あ、行っちゃった」
薬師寺廉太郎「俺、忠告したかんね〜」

〇木造校舎の廊下
  息をあらげながら、階段を1段飛ばしで駆け下りる。
  それにしてもえらい目にあった。
  どう考えてもアイスじゃ割に合わない。
  頼み事は安請け合いするもんじゃないな・・・。
  うん、と最後の段差を踏み正面口へ向かう。
茶村和成「・・・あれ?」
  眼前には長い廊下が伸びており、出入り口は見当たらない。
  階段の方に戻ると、まだ下へと続く階段があった。
  ここ、2階か。たしか1階まで下りたと思ったんだけど・・・。
  大した疑問も抱かずに、また階段を下る。

〇木造校舎の廊下
  さあ、今度こそ帰ろう。
  そう思って踏み出した俺の足は、すぐに止まった。
  目の前には、ついさっきと同じ景色。
茶村和成「・・・・・・」
  心の中がざわつく。背中に蟲(むし)が這いずり回るような感覚がした。
  なにかに急かされるように。当たり前のように存在する下への階段を再び下りる。
  鼓動は脈打っていた。

〇木造校舎の廊下
茶村和成「ッハア、ハア・・・」
  その後、何回階段を下っても、1階にたどりつくことはできなかった。
  たしかに下りているはずなのに、絶対に2階に戻ってきてしまう。
  まるで、だまし絵の中に閉じ込められてしまったような奇妙な感覚だった。
  何が起きているのかはよく分からないが、ずっとこのままなのは非常に困る。
  しばしどうしていいか思案したのち、ある考えが浮かんだ。
  外に出る方法なんて、他にいくらでもあるじゃないか。
  もし、階段で1階に降りることができないのであれば——“窓”から外に出ればいい。
  ただし、2階から外に飛び降りる勇気さえあれば・・・の話だけれど。
茶村和成「・・・よしっ」
  俺は意を決して、再び廊下の方へと走っていった。

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