エピソード1(脚本)
〇昔ながらの一軒家
──運命の出会いなんて信じない
結局信用できるのは、長年連れ添い、互いのことを受け入れることができた者だけ──
密香「いってらっしゃい、兄さん」
家を出る兄さんの背中に声をかける。返ってくるのはいつもの幸せそうな笑顔。
優貴「いってきまーす。 ……ん? なんかご機嫌だな、密香(ひそか)」
密香「ええ。昨夜、とても素敵なプレゼントを頂いたので・・・」
優貴「ふーん?」
私の返事など興味がないかのように、こちらを振り向かず、兄さんはそのまま幸せな外の世界へ出て行ってしまいました。
はやく、帰ってきてね
〇教室
人生百点満点に幸せかと聞かれても即答は出来ないが、採点方法が減点式だったら、俺は間違いなくトップレベルの高得点だろう。
顔を合わせれば明るく挨拶してくれるクラスメート達。中高ずっと一緒のお茶目な親友。
大人しくて優しい妹に、面倒見の良い居候先の叔父さん。そして、幼馴染で近所のお姉さんという誰もが羨む理想の恋人。
今は亡き両親に紹介したら泣いて喜ぶくらい完璧な日常だ。
俺に『ユキ』なんて可愛らしい名前をつけてくれた天国の親父たちは
どんな笑顔で高校二年生になった俺のことを見守ってくれているのだろうか。
優貴「おはよー」
教室の扉を開けながらの気だるい挨拶。
親友が朝の不意打ちイタズラを仕掛けてくる可能性があるので少しだけ緊張してみたりする。
「あっ・・・」
誰かの声で、全員が一斉にこちらに振り向く。だが、挨拶を返してくれる奴は一人もいない。
優貴「なんだよ、ジロジロ見て……」
イタズラ、というわけでも無さそうだ。何かがおかしい。
優貴「よう、健吾、おはよ」
健吾「・・・・・・」
親友の名を呼んでみる。しかし、期待するリアクションは来ず、代わりに健吾の真っ黒く濁った瞳が俺を刺した。
なんだろう、ゴミ、いや、まるで犯罪者を見るような蔑んだ眼だ。
まわりを良く見たら他の友達も似たような眼で俺を見ていた。
普段一緒にふざける仲間は軽蔑の眼差しを向け、そんな俺達を笑顔で見ていた女子たちは猛獣でも見ているような怯えた顔をしている
もう一度声をかけようと一歩前に出した足がくしゃりと音を立てた。
何か踏んだみたいだ。
優貴「なにこれ、新聞? …………えっ?」
一際、目を引く大きさで書かれたタイトル。
『高梨 優貴は犯罪者』
タカナシ ユキ。
俺の、名前だよな? 何故?犯罪者って何のことだ
足を退けて続きを読む。気が動転しているのか、想うように文章が頭の中に入ってこない。
『高梨 優貴は階段から身内の男性を突き落とした』
『遺体には何箇所も殴打された跡が』
『優貴は自分の欲望の為に人を殺す犯罪者である』
『人殺し男子高校生の歪んだ素顔』
『犯人は花瓶で男性を死ぬまで殴り続けた』
そこには、全く覚えのない罪がまるで真実であるかの様に詳細に書かれていた。
優貴「お、おい、誰だよこんな悪趣味なイタズラした奴」
身に覚えがない。声が震えるのを抑え、精いっぱいにいつもの笑顔をつくり、必死に言葉を繋いだ。
優貴「大体こんな誰が作ったかわからないただの紙切れ信じるなよ。俺が人殺しとかありえないから、嘘の記事に惑わされてんじゃねぇよ」
大丈夫、みんな動揺してるだけだ。俺は無実だ。直ぐに犯人を捕まえて晒し挙げてやる。
優貴「なぁ? 健吾。お前とは長い付き合いだ……こんなのあり得ないって、俺は無実だって信じてくれるよな?」
手を伸ばす。助けが欲しくて、こいつだけは信じてくれると、受け入れてくれると。
親友のこいつならどんな時でも俺の味方でいてくれる。俺達の絆と信頼関係はこんなわけのわからない、嘘で崩れたりしないはずだ。
優貴「健吾、なぁ、俺、こんなの嘘だから、信じろ、な? 俺はやって無い、なぁ!」
掴もうと、伸ばした手を、健吾は冷たい目で追う。
俺の手が届く前に、健吾の言葉がそれを遮った。
健吾「……悪い、お前の事信じられない」
助けを求めた俺の手は、留まる場所を見つけられずに空中でかたまってしまった。
教室の後ろの黒板には、身に覚えの無い出来事が激写された写真が大量にはってあった。
それは何も知らない第三者を説得させるのに十分なほどに鮮明なものだった。