読切(脚本)
〇安アパートの台所
「ただいまー」
いつも通り、誰の気配も無い暗闇に向かって挨拶する。
もう長いこと父とは二人暮らしだが、研究職の父は帰りが遅いのだ。
電気をつけよう、そう思って手を伸ばした瞬間──
ガタッ
(誰かいる──!?)
途端、ぐるり、と視界が反転した。
「なにっ!?」
ドンッ
床に背中がぶつかる感触がした。誰かに押し倒された、そのうえ手首まで拘束されている──!?
「なに、誰!?」
怖い怖い──
私はパニックになった。
佐藤くん「やあ、委員長、怖がらないで」
佐藤くん「こんばんは。同じクラスの佐藤だよ、わかる?」
「佐藤・・・くん?」
何で佐藤くんがうちに・・・?
余計訳がわからなかった。
「えっと・・・どうして・・・?」
佐藤くん「急に驚かせてごめんね。時間が無いから手短に言うね、実は俺、殺し屋なんだ」
佐藤くん「君のお父さんを殺しにきた。居場所を教えて欲しい」
「えっ?!えっ!!」
予想していなかった内容に、思わず言葉に詰まる。
佐藤くん「時間が無いって言ったよね。俺、物分かりの悪い子は嫌いなんだ」
少しイラついたようにそう言うと、佐藤くんは首元に何かを当ててきた。
「痛っ!?」
「ご、ごめんなさい・・・」
首筋に痛みが走る。ほんとに殺されるかも、そう思うと私は急激に怖くなった。
「おとうさん、お父さん・・・多分研究所にいる・・・」
命が惜しくて、うっかり父の居場所を吐いた。
(これで解放される──?)
そう思いホッとしたのも束の間、佐藤くんは信じられないことを言った。
佐藤くん「研究所にはさっき行ったよ。でも、もぬけの殻だった」
「えっ!?」
佐藤くん「お父さん逃げちゃったみたい。そっか、委員長も知らされてないんだね」
佐藤くん「可哀想に。委員長たぶん捨てられちゃったよ」
「嘘っ!?」
佐藤くん「嘘じゃ無いよ、君のお父さんは昔からそういう人だよ」
まるで私よりも父を知っているかのような口ぶりに、訝しまずにはいられなかった。
佐藤くん「嘘だと思うならいまここで電話してごらん。ほら」
そう言って佐藤くんはようやく私の手を解放した。ただし、馬乗りになったままだ。
私は言われた通りにスマホを取り出し、恐る恐る父に電話をかける。
「ツーっ。 おかけになった電話は、現在使われておりません。番号をお確かめのうえ、おかけ直しください」
電話は一度も繋がらなかった。番号が無いというのだ。
佐藤くんの言っていることの信憑性が増してきた。
「佐藤くんは、お父さんのことを知ってるの──?」
佐藤くん「知ってるよ、少なくとも君よりはずっとね」
「どうしよう・・・どうしたらいいの」
暗闇に目が慣れてきて、しだいに部屋の中の様子が分かってきた。
心なしか、荷物が減ってガランとしている。
(佐藤くんの言っていることは本当なんだ)
私は、そう信じざるを得なかった。
「佐藤くんどうしよう。私どうしたらいいの・・・」
段々と不安になってきた。
「私、物心ついたときからお父さんしか家族が居なくって、親戚も居なければ、面倒をかけられる友達も居ないよ・・・」
「私まだ未成年だし、これからどうやって生きていけばいいの」
佐藤くんに聞いてもどうしようも無いと、分かっていても、聞かずにはいられなかった。
目の前の佐藤くんしか、今は頼れる人が居なかった。
佐藤くん「へえ・・・。委員長天涯孤独になっちゃったんだ。可哀想」
可哀想。その言葉を聞いて、急激に悲しくなる。
「お父さん、優しいお父さんだったんだよ、普通の。忙しくて沢山かまってはもらえなかったけど」
「何で、たった一人の家族なのに私を置いてったの──」
意図せず涙が溢れてきた。今まで、人前で泣いたことなんか無かったのに。
「うっ・・・」
唇を強く噛み、なんとか涙を堪えようとする。
佐藤くん「・・・」
ふと、佐藤くんのほうを見ると、何故か驚いたような顔でこちらを見ていた。
「なに──」
ドンッ!!
どうしたの、と聞こうとした瞬間、また手首を掴まれ、手荒に押し倒される。
佐藤くん「委員長、すっごくかわいいね!」
佐藤くん「普段一匹狼で誰にも頼らない委員長が、そうやって子供みたいに泣いてるの、俺すっごくタイプ!」
佐藤くんは興奮したかのようにまくしたてる。
佐藤くん「可哀想、可哀想でほんとに可愛いよ、委員長・・・」
私はびっくりしすぎて何も言えなくなる、涙もいつの間にか止まった。
言い終わると、佐藤くんの、端正な顔がゆっくりと近づいてきた。
「な、なに──!?」
なにせ自分はまだ高校生、クラスの男子とこんな密着していたら意識せざるを得ない。
「ぐっ・・・!?」
何とか抵抗しようとするが、びくともしない。
佐藤くん「・・・」
鼻先が、ツンっと触れた瞬間、思わず顔を背けた。
佐藤くん「べろりっ」
「痛ッ!」
さっき少し切れた首の傷を、舐められる感触がした。
「!?」
傷がジクジクと痛む。訳がわからなくて顔が熱くなる。
佐藤くん「いいよ、委員長」
ゆっくりと顔を離し、佐藤くんは言った。
佐藤くん「俺が委員長の面倒をみてあげる。大丈夫、その辺の大人よりはよっぽど稼いでるよ」
佐藤くん「その代わり、俺のお世話係になってよ」
「お世話係・・・?」
よく分からなくて、オウム返しに聞き返す。
佐藤くん「そう、お世話係。 実は俺も天涯孤独なんだ、お揃いでしょ?」
佐藤くん「だから、俺が委員長を飼ってあげる。その代わりなんでも言うこと聞いてね」
「何でも!?」
こうして私は、同じクラスの殺し屋と住むことになった──
リメイク前の作品も読ませてもらったと思うのですが、今回の佐藤君からは狂気さよりも最終的に同情心のようなものを感じました。彼も孤独で誰かそばにいてくれる相手ができて嬉しいのでは。
狂気じみた彼ではあるけれど、その背景に愛があるならこういうスリルも悪くはないかも。孤独な者同士一緒にいたらいつかお互いにわかりあえたりしないかな。
ドキドキしました(笑)もし自分が彼女だったらどういう対応するかなとか考えました。彼女としてはとても複雑ですよね、、、これから二人がどんな風になるのか気になります。