文豪は遠い地平の夢を見るか

澤井 軽野

散文(脚本)

文豪は遠い地平の夢を見るか

澤井 軽野

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梶井 文吾(かじい ぶんご)「この世に永遠があるならば」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「それは夏の中にある」

〇山間の田舎道
梶井 文吾(かじい ぶんご)「閃光のように駆け抜けていく刹那の季節が 無限を宿しているという」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「そんな矛盾に満ちた想念を しかし私は長年振り払えずにいた」

〇田舎のバス停
梶井 文吾(かじい ぶんご)「誰しも刺すような日射しの夏の道を 蝉時雨を浴びながら彷徨っていると」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「ふとそこの角から麦わら帽を被った幼い頃の自分が駆け出して来るような──」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「そんな幻想に囚われがちなものである」

〇洋館の一室
梶井 文吾(かじい ぶんご)「どう?」
章(あきら)「──」
章(あきら)「ふぁ~ぁ」
章(あきら)「完全に寝てた!」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「そりゃよかった!」
章(あきら)「やっぱ先生の文章が一番よく寝れるね」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「光栄だね♪」
章(あきら)「困ったらまた来てもいい?」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「もちろん」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「いつでもおいで」
  私と先生のこの奇妙な関係が始まったのは半年前──

〇お化け屋敷
章(あきら)「うう──」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「大丈夫?」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「ここ、僕の家なんだけど」
章(あきら)「あ── す、すみません」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「ちょ、待って待って!」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「顔真っ青じゃん ちょっと休んでいきなよ」
章(あきら)「でも」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「いいから入って入って」

〇洋館の一室
梶井 文吾(かじい ぶんご)「温まった?」
章(あきら)「はい」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「不眠症ぎみで3日寝てないって」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「病院は?」
章(あきら)「薬があまり合わなくて」
章(あきら)「好きな本があれば寝れるんですけど」
章(あきら)「今、両親が揉めてて家に居たくなくて」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「寝れる本てどんなの?」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「本なら沢山あるよ」
章(あきら)「えと」
章(あきら)「大正から昭和初期頃までの日本純文学で」
章(あきら)「情景描写多めの」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「あちゃ~ 僕の好みビンゴだ」
章(あきら)「え、じゃあ──」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「好みすぎてそれだけ無いの」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「僕、小説家なんだけど」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「恥ずかしい話スランプでさ」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「好きな作品に引っぱられすぎて書けないんじゃないかって」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「全部手放しちゃった」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「こんな事なら──」
章(あきら)「いいんです、すみません」
章(あきら)「どうせ最近本に頼りすぎて効かなくなってたので」
章(あきら)「それに温まって少し楽になりましたから」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「じゃあ、もう少し休んでて せめて雪が止むまででもさ」
章(あきら)「ありがとうございます」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「じゃあ僕、向こうで仕事してるけど どの部屋でも自由に使って」

〇洋館の一室
章(あきら)(あ、ペンの音──)
章(あきら)(迷ってる)
章(あきら)(苦しんで絞り出すような音)
章(あきら)(でも、真摯に言葉と向き合ってる人の音だ)
章(あきら)(心地いい──)
章(あきら)(本の好みも私と同じみたいだし、もしかしたら)

〇屋敷の書斎
章(あきら)「あの」
章(あきら)「良かったら貴方の文章、読ませてもらえませんか」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「さっき僕、書けないって言ったでしょ」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「これはリハビリみたいなものでさ」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「こんなの読んでも仕方ないと思うけど」
章(あきら)「ペンのリズムが心地よかったので」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「う~ん」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「字、汚いから恥ずかしいんだよね」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「読んで聞かせるのなら──」

〇荒廃した遊園地
梶井 文吾(かじい ぶんご)「いつからか私は朽ちゆく物、崩れゆく物を愛するようになった」

〇荒廃した教会
梶井 文吾(かじい ぶんご)「打ち捨てられた聖堂の破れた窓から迷い込んだ月光が」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「叶わなかった祈りのように蒼く静寂に沈んでいる」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「そんないかにも荒涼とした滅びの美しさが」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「私の孤独と呼応するのだ」

〇洋館の一室
章(あきら)「スースー」
梶井 文吾(かじい ぶんご)(本当に寝ちゃった)
梶井 文吾(かじい ぶんご)「フフ おやすみ」
  それ以来私は眠れなくなると
  先生の文を読み聞かせてもらうようになった

〇洋館の一室
章(あきら)「初めて会った頃は先生がこんな冗談言うとは思わなかったな」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「あの頃の僕、暗かったもんね」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「今は君のおかげで楽しいよ」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「じゃあ僕向こう行くけど、ゆっくりしてって」

〇洋館の一室
章(あきら)(ペンの音──)
章(あきら)(確かに先生明るくなったけど)
章(あきら)(あの頃より悩んでるような音)
章(あきら)(私、先生の邪魔になってないかな)
章(あきら)(──)
章(あきら)(今日は帰ろう)

〇屋敷の書斎
梶井 文吾(かじい ぶんご)「──」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「クソッ」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「駄目だ」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「こんなんじゃ、全然届かない──!」
章(あきら)(先生──)


梶井 文吾(かじい ぶんご)「秋になって、風が空の高い所を渡るようになった」

〇銀杏並木道
梶井 文吾(かじい ぶんご)「梢の金色の葉を掻き鳴らして過ぎていく風よ」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「私をさらってはくれまいか」

〇草原
梶井 文吾(かじい ぶんご)「まだ見ぬ地平、誰も知らぬ場所へ」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「抜けるように晴れ渡った秋の日には」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「そんな事を願わずにはおれないのだ」

〇洋館の一室
章(あきら)「よく寝た!」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「おはよ」
章(あきら)「あ、もう大学行かないと」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「行ってらっしゃい」

〇大教室
文芸サークル民2「梶井文吾、完全に消えたね」
文芸サークル民1「そらそうでしょ あんなアイドルまがいのニセ作家」
文芸サークル民2「新刊5年出てないし」
文芸サークル民1「顔だけでやっていけるほど甘くはないって事ですな」
章(あきら)「先生は本物だよ!」
章(あきら)「文芸サークルか」
章(あきら)「あんた達の本読んだけど、自意識過剰で酷かったよ」
章(あきら)「あんな文で寝れるか!」

〇女の子の一人部屋
章(あきら)(先生は美しい物を沢山知っていて)
章(あきら)(でもそれが次の瞬間には消えてしまいそうで)
章(あきら)(必死に描きとめようとして)
章(あきら)(それでも芸術に手が届かなくて苦しんでるんだ──)

〇黒
章(あきら)「先生、どこ?」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「もう行くよ」
章(あきら)「どこへ?」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「君の居ない所」
章(あきら)「先生!」

〇洋館の一室
章(あきら)「ハッ」
章(あきら)(夢──)
章(あきら)(置き手紙?)
  冷蔵庫好きに食べて
  プリンあるよ
  文吾
章(あきら)「フフ」
章(あきら)「なんで手紙は下手なのよ──」

〇お化け屋敷
章(あきら)「芸能記者──?」

〇女の子の一人部屋
章(あきら)(あの記者、私を撮ってた)
章(あきら)(苦しんでる先生にこれ以上迷惑かけられない)
章(あきら)「あーあ」
章(あきら)「変な人好きになっちゃったな」
章(あきら)(さよなら、先生──)

〇洋館の一室
梶井 文吾(かじい ぶんご)「──」

〇整頓された部屋(ハット、靴無し)
  3ヶ月後
イズ「章さぁ」
イズ「うち泊まるのはいいけど、例の男どうなった?」
章(あきら)「どうもならないよ」
章(あきら)「元々違う世界の人だし」
イズ「そりゃ私も反対したけどさ」
イズ「ボロい洋館に住む書けない小説家とか、殿堂入り付き合っちゃダメな男だし」
イズ「でもあんた最近全然寝てないじゃん」
章(あきら)「私は大丈夫」
イズ「頑固だねぇ~」
テレビのアナウンサー「梶井先生、5年振りの新刊ですが──」

〇テレビスタジオ
アナウンサー「タイトルは『手紙』なのに散文詩のような内容で」
アナウンサー「珍しい試みですね」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「や、元々手紙のつもりで書き溜めてたのを編集者に見つかって」
アナウンサー「これが手紙?」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「そ」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「ある人に、君とこんな風景が見たいなって読み聞かせてたの」
アナウンサー「ある人?」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「ずっと書けなかった僕を救ってくれた人」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「芸術は手の届かない遠い地平にあるものじゃないって教えてくれた人」
アナウンサー「それって──」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「僕の片想い」
アナウンサー「先生、大丈夫ですか!?ファンが──」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「章ちゃん、眠れない時はまた来てよ」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「君への手紙いっぱい溜まってるんだ」

〇整頓された部屋(ハット、靴無し)
イズ「書けない小説家って梶井文吾!?」
イズ「芥沢賞作家じゃねーか!」
イズ「今すぐ行けバカモン!」

〇空
梶井 文吾(かじい ぶんご)「僕は今日もペンを執る」
梶井 文吾(かじい ぶんご)「君に届いて欲しいから──」

コメント

  • 改めてタップノベルの背景画ってキレイだなーと思いました。
    そう感じられたのも先生のお手紙あればこそ!
    お幸せにー!

  • ロマンチックでいいですね!

  • 先生の紡ぐ文が美しい……!
    これはすごく朗読してもらいたい感じですね。
    最後あれはキュンしてしまう💕

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