エピソード1(脚本)
〇コンビニのレジ
ある日の出勤前のこと。
愛煙しているタバコが切れそうなので、コンビニに行き買うことにした。
「ケントの9カートンで」
店員「あいにくケント9はハイバンになりまして・・・」
「ハイバン?」
店員「えー、廃番です。もう仕入れることが出来ません」
「・・・」
ケント9を吸い始めて10年以上になる。祖母が亡くなってからも10年以上ってことか・・・
〇部屋のベッド
カマタばあちゃん「ゆたか、そこのタンスの2番目の引き出しを開けてくれるかい」
引き出しを開けてみるとケント9が2箱入っていた。
ゆたか「おばあちゃん、こんな所にタバコを隠していたのかよ。ハハハ」
カマタばあちゃん「今までトモコに隠れてたまに吸っていたんだけど、もうタバコもおいしくないからアンタにあげるわ」
ゆたか「あ、ああ。ありがとう」
トモコは祖母と一緒に暮らす叔母だ。たまにタバコを吸っては叔母に説教されていたらしい。
祖母は小学生の頃からの愛煙家だ。だが、そのタバコももう卒業らしい。
そんなことがあったその翌年。年明け早々の未明・・。祖母を介護してる母に電話をかけた。
ゆたか「よお、元気か?」
カマタばあちゃん「うん・・・」
おばあちゃんは黙って俺の前に右手を差し出した。
ゆたか「おばあちゃん、早く元気になれよ。また麻雀しようぜ」
俺はおばあちゃんの手を握り返した。おばあちゃんと握手するの初めてだ。そして・・・
それが最後の握手となった。
その夜
母「ゆたか、アタシこれからおばあちゃんの所に行ってくるわ。ちょっと心配だし」
ゆたか「俺も行ってやってもいいよ」
母「いいよ、来なくて。アンタがいても邪魔になるだけっておばあちゃんが言ってたから」
ゆたか「ふざけんなよ。何が邪魔になる、だよ。俺だって役に立つぞ。多分」
母「いいのよ、本当に。ウチにいて。ね、何かあったらすぐに電話するから」
ちょうど深夜1時になろうとした時だった。
電話が鳴った。母だった。
ゆたか「あ、もしもし。おばあちゃん大丈夫そう?」
母「それが苦しそうなのよ。私おばあちゃんの家に泊まっていくわ」
ゆたか「分かった。俺もこれから行くよ」
母「うん、じゃあ来てちょうだい。 あ、お母さん大丈夫?お母さん、お母さん!」
母「お母さん!お疲れ様。今までよく頑張ったわね。やっとラクになったわね。良かったわね」
母「あ、ゆたか。あのね・・・」
ゆたか「あ、うん、分かった。これからすぐ行く」
カマタばあちゃん
20xx年1月某日未明永眠。
享年94歳。大往生である。
〇住宅街
ゆたか「終電終わったな。歩いて行こう」
ゆたか「あ〜あ、おばあちゃん、最期のツラは俺に見せたくなかったのかよ・・・苦しんでいる姿、見せたくなかったんだな」
祖母とは雀友、いわゆる麻雀仲間だった。
父、おばあちゃん、叔母、俺とでたまに麻雀をした。
ゆたか「最初は半年に一回位だったけど、最近では月イチになったよな」
ゆたか「俺、けっこうおばあちゃん孝行だったろ。なぁ、おばあちゃん」
ゆたか「最後に麻雀したの去年の年末だっけ?」
リーチのみの手を一発でツモり、マンガンのアガリ。
何の変哲もないアガリ。だけど俺はその時凄まじい迫力と力強さを感じたんだ。
その直後だった。
カマタばあちゃん「もう終わりにしていいかしら。これ以上はムリだわ」
これが俺達の最後の麻雀だった。
そして去年まだ比較的元気だった頃、彼女と一緒におばあちゃんの家に行った時のことを思い出す。
〇おしゃれなリビングダイニング
アツコ「こんばんは」
カマタばあちゃん「いらっしゃい。来てくれてありがとう。お口に合うか分かりませんが夕食をどうぞー」
「ありがとうございま〜す」
夕食が終わるとアツコは飲み終えたコーヒーカップを持ち上げたんだ。
アツコ「このコーヒーカップのブランド、xxですね。私好きです」
カマタばあちゃん「あら、そうですか。私も好きなの」
カマタばあちゃん「こっちの棚にも同じブランドのお皿があってね〜」
その後30分位2人は盛り上がっていた。この俺を取り残して・・・
でも心地よい空間だった。あんなに心地よい思い出深い1時間はなかったなぁ。自分が取り残されても居心地の良い空間だった。
アツコのことを気に入ったおばあちゃんは、アツコを叔母に会わせろと言う。
〇部屋のベッド
その後ちょっとしたいざこざがあり、俺は彼女と別れることにした。
5年以上付き合っていたが、別れようと思ったのは初めてだ。
ゆたか「おばあちゃん、あの時アイツに会っておいて良かったね。もう会えないよ。俺達、別れることにした」
カマタばあちゃん「あの人と別れたらきっと後悔するわよ、きっと。彼女は素敵な方よ。彼女と一緒に幸せになりなさい」
もしかすると遺言代わりの言葉だったのかもしれない。これが祖母と二人きりの時の最後の会話だった。
今まで何万回と祖母から大声で説教されてきた。
その一言は静かに冷静に言われた一言。でもものすごく迫力ある一言だった。結婚するよう神から命じられたような・・・
〇ホテルのレストラン
アツコ「これからも私達をよろしくお願いします」
おばあちゃんが亡くなった翌年俺達は結婚式を挙げた。
ゆたか「アツコが良い嫁になってくれるかどうかは、実際に結婚してみないと分かんねーもんな?そうだろ、おばあちゃん」
ケント9が廃番になっても、おばあちゃんは俺達の中で生き続ける。
カマタばあちゃんよ、永遠なれ・・・・・・
ゆたかさんとおばあさまの間にしかない特別な愛情を感じます。あとがきでより一層感動しました。おばあさまからの素敵なアドバイスが、いつまでもゆたかさんのあたたかいご家庭を支えていくことを祈っています。
祖母がくれた言葉やアドバイスって母親から受け取るのと違う次元なんだと思います。読みながら自分の祖母と会話した時間を思い出しました。おばあちゃんのお眼鏡にかなったお嫁さんときっと幸せになれる気がします。
タバコであったり、麻雀であったり。
吸う人や打つ人ではないとわからないこともありますし、伝わらないこともありますよね…。そんな感じが伝わってきました。