〇総合病院
　　──桜の季節。とある病院にて。

〇病室のベッド
明日香「・・・でね、先生に聞いたら、今年はミホちゃんもユキちゃんも、明日香と同じクラスなんだって！」
大和「そうか、そりゃあ良かったな。 また一緒に登校できる日が楽しみだ！」
明日香「勉強が遅れちゃったぶん、お兄ちゃんにもしっかり助けてもらわないとね！」
大和「おう、明日香が退院したら、ビシバシいくから、覚悟しとけよー！」
明日香「・・・あのね、そういえば明日香、お兄ちゃんにひとつ、謝らなきゃいけない事があるの」
大和「あ、謝らなきゃいけない事？」
明日香「今年の桜、お兄ちゃんと一緒に見に行こうねって約束してたのに、明日香が入院したせいで、行けなくなっちゃった・・・」
大和「な、何だ、そんな事か。 ・・・大丈夫だよ。元気になってから、来年また一緒に見に行こう。な？」
明日香「うん・・・ごめんね。 明日香、約束破っちゃった・・・」
大和「・・・そ、そんな事ないよ！ それに、明日香が元気になったら、兄ちゃんがもっと楽しい所にたくさん連れてってやるからさ！」
葛城医師「・・・失礼します」
大和「・・・そろそろ、時間ですか？」
看護師「・・・はい。そろそろ、オペの準備に入りますので、申し訳ありませんがご家族の方は、このあたりで」
大和「・・・わかりました」
大和「明日香！頑張れよ！ 兄ちゃんは明日香が元気になってくれたら、それだけで最高に幸せだからな！ お前は本当に、自慢の妹だよ！」
明日香「・・・うん。明日香、頑張るよ。 だから、お兄ちゃんもお絵描きのコンテスト、頑張ってね！」
大和「おう！もちろん！ 明日香が応援してくれるなら、兄ちゃんは一等賞間違いなしだ！」
明日香「ふふっ。 ・・・それじゃあ、行ってくるね」
　　そして明日香はナースに手を引かれながら、病室を出て手術室へと向かう。
　　去り際、明日香は大和の方を振り返り、ピースサインをした。
　　そして扉が閉まる瞬間まで、大和は満面の笑顔をしてみせた。
　　続いて葛城医師が病室を出ようと、無言で大和に一礼をする。
　　だがその時には既に、大和の目には大粒の涙が浮かんでいた。
　　それに気付いた葛城医師ははっとして、ドアノブを握る手が止まる。
大和「先生、お願いします！ どうか明日香を助けてやってください！ あの子は心根の優しい、友達想いの本当に良い子なんです・・・！」
葛城医師「・・・明日香さんの手術は、確かに簡単なものではありません。 ですが私は医者の誇りにかけて、最善を尽くす事をお約束します」
大和「僕は大事な妹に、今年の桜を一緒に見る約束を守れなかった事を、謝らせてしまいました」
大和「だからせめて僕に、来年の桜を明日香と一緒に見させて下さい！ 先生、どうか、どうかよろしくお願い致します・・・！」
葛城医師「・・・お兄さんは確か、絵画を学んでおられるのでしたかな？」
大和「は、はい。そうです。 妹から聞いたんですか？」
葛城医師「随分と、兄想いの妹さんですからね。 私の診察の時も、大和さんの話ばかりしていましたよ」
大和「そ、それはどうも・・・ お恥ずかしい限りです」
葛城医師「・・・来年の桜は、私が全力を尽くしましょう。 しかし、今年の桜も、ひょっとして貴方ならまだ間に合うのではないですか？」
大和「今年の桜？それは一体どういう・・・」
葛城医師「・・・色は匂へど、散りぬるを。 ですが貴方なら、散らない花を創る事が出来るのでは？」
大和「・・・!!」
葛城医師「・・・では、これから私は私の、精一杯の仕事を行います。失礼いたします」
　　そう言い残し、葛城医師は病室を去った。
　　部屋で一人になった大和は、未だ体温の残るベッドに腰掛けながら、とある決意をする。
　　──そして、家に戻った彼が取り出したのは、一枚のキャンバスであった。

〇病室のベッド
　　──翌日、同病室にて。
葛城医師「術後経過は良好・・・意識は次第に・・・ ・・・テーテルはまだ抜けていませんので、・・・しばらくは安静に・・・」
大和「本当・・・りがとうございます・・・一体何とお礼を・・・」
明日香「う、うーん・・・」
大和「あ、明日香!?」
明日香「あれ、お兄ちゃん・・・それに葛城先生？」
大和「明日香！明日香！ 良かった！手術は大成功だぞ!!」
明日香「え、手術・・・？わたし、いま確か手術台で酸素マスクをつけて、点滴をして・・・」
明日香「な、何か、体中に管がひっついてて、頭もぼんやりする・・・ お兄ちゃん、喉かわいた・・・」
葛城医師「術後６時間が経過していますから、お水も飲んで大丈夫ですよ。 ただし、少しずつゆっくり飲むようにね」
大和「明日香、ほら、お水！ ゆっくり飲めるか？」
明日香「・・・ん。 おいしい！」
大和「明日香、良かった・・・本当に・・・」
明日香「・・・あれ？ あの、窓のところ・・・」
葛城医師「おっと、どうやら早速お気づきのようですね？」
大和「どうだ？ 本当はもう少し時間をかけたかったけど、俺なりには結構良い出来だと思うぜ？」
明日香「ええっ、ひょっとして・・・！ これって・・・！」

〇桜並木

〇病室のベッド
明日香「お兄ちゃんと見に行きたかった、桜並木・・・！」
大和「それに、本物の花びらも持ってきてやったぞ。ほら！」
大和「これで、今年の桜、一緒に見れたぞ？ 明日香は約束、ちゃーんと守ったよな？」
明日香「・・・うん！ありがとう！ あのね、それじゃあ今度は明日香から、約束して欲しい事があるの！」
大和「ん？何だ？何でも言ってみな！」
明日香「あのね、うんとね・・・」
明日香「・・・来年の桜も、明日香と一緒に見に行って欲しいの！」