読切(脚本)
〇綺麗な港町
スラム街で育ったジルコは、綺麗なペンダントを拾った。
ジルコ「高そうだな。売り飛ばせば良い金になりそうだ」
ウィリアムズ「君、それは私のペンダントだ。昔、母がくれたものでね。とても大切な物なんだ。拾ってくれてありがとう」
そこにいたのは、上質なコートを着た良い身なりをした品のある大人の男だった。
ジルコ「これおっさんのか?拾ったのは俺だ。落としたおっさんが悪い」
ジルコ「今は、これは俺の物だ。どうしても返して欲しいのなら、このペンダントを買い取ってくれよ」
ウィリアムズ「ふむ・・・。金に困っているのか。よし、ならばこうしよう」
ウィリアムズ「うちの屋敷で使用人の仕事をしないか?一度だけの収入を得るよりも継続して収入が入る方がいいだろう?部屋も用意してやろう」
ウィリアムズ「どうだ?見たところどうせ、ろくな仕事をしていないのだろう?君、名前は?」
ジルコ「俺はジルコだ。いいよ。おっさんのとこで働いてやるよ」
ウィリアムズ「なら交渉成立だな。私の名前はウィリアムズだ。さあペンダントを返してくれ」
ウィリアムズは、ペンダントを受け取った。
ウィリアムズ「ふむ・・・。ジルコ、ついてきたまえ」
こうしてスラム街出身の少年ジルコと大富豪ウィリアムズは出会った。
ジルコを屋敷に連れてきたウィリアムズは、使用人のローズに世話を任せた。
ウィリアムズ「やあローズ。今日から彼は、ここの使用人として働く。彼はジルコだ」
ウィリアムズ「彼に空き部屋をひとつ与えてやってくれ。ジルコの部屋にする」
ウィリアムズ「それからローズ、君にジルコの世話係を頼むよ。色々と屋敷での仕事を教えてやってくれ」
ローズ「かしこまりました、旦那様」
ローズ「ジルコ、ついてきて」
ジルコは、ローズに部屋へと案内された。
〇豪華な客間
ローズ「ジルコ。今日からここがあなたの部屋よ」
ジルコ「わお!!マジかよ。屋根がある。雨に当たらなくて済む。おい、ベッドまであるぜ」
ローズ「その下品な言葉遣いはやめなさい。旦那様の使用人らしく、気品ある振舞いをしなさい」
ジルコ「これは俺の癖みたいなもんだ。そう簡単に言葉遣いなんて治らねぇよ」
ローズ「はぁ・・・。こんな調子でやっていけるのかしら」
ローズ「ジルコ。早く着替えなさい。仕事をしてもらいます。働いてもらいますよ」
ジルコ「へいへい」
こうしてジルコは、使用人として働き始めた。
〇広い厨房
ローズ「私が洗った食器をタオルで拭きなさい」
ジルコは、近くにあったタオルで皿を拭いた。
ローズ「ちょっと!!それは雑巾よ!!」
ジルコ「何だよ。タオルってこれの事じゃないのかよ。それに濡れたのが拭けたら雑巾でも何でもいいじゃねぇか」
ローズ「汚いでしょう!!また洗い直さなければならないじゃない!!」
ローズ「・・・もういいわ。私がやります。あなたは、庭の手入れでもしてきなさい」
〇華やかな裏庭
ジルコが庭に行くと、スーツ姿の紳士がやってきた。
フラン「すみません。あなた使用人の方?」
ジルコ「ああ、そうだよ。ジルコだ。よろしく」
フラン「ああ、よろしく。ジルコ。ウィリアムさんと会う約束をしていたんだけど、案内してもらえるかな?」
ジルコ「いいよ。チップは?弾んでくれる?」
フラン「・・・んんっ?あ、ああ・・・」
そこに血相を変えたローズが走ってきた。
ローズ「フラン様。ようこそお越しくださいました」
フラン「やあローズ。ウィリアムさんと会う約束をしていてね。いるかな?」
ローズ「ええ。ご案内します」
フランを客室に案内した後、ローズは、ジルコを𠮟りつけた。
ローズ「全く・・・。ウィリアム様の大事なお客様にあんな無礼な態度をとって」
ジルコ「無礼?チップを頼んだだけだろ?」
ローズ「使用人がチップを貰うなんてあり得ません。私達は、旦那様から十分な報酬を頂いているのですから」
初めはこんな調子でジルコは、怒られっぱなしだった。
しかし使用人として働いているうちに、少しずつだがローズにも認められるようになって褒めてもらう事もあった。
次第にジルコは、使用人の仕事に対して責任感と誇りを持って仕事をしていくようになった。
そんな中、事件は突然起こった。ウィリアムズが食事中に倒れたのである。
医者に診てもらったウィリアムズの命は、もう長くない事を告げられた。
〇洋館の一室
ウィリアムズ「そうか・・・・・・。私はもう長くはもたないか。いや、倒れる瞬間にそんな気はしていたさ」
ウィリアムズ「私はもうダメなのかもしれないってね。そう思ったさ」
ジルコ「なぁ。嘘だろ。あんた、自分がもうすぐ死ぬって分かってるのに、なんでそんなに冷静でいられるんだよ」
ウィリアムズ「ジルコ。人はね、いつかは皆死ぬんだ。どれだけ善行を重ねた者でも、どれだけ悪行を重ねた者でも、死は平等に訪れる」
ウィリアムズ「それが早いか遅いかは、人それぞれだ。運次第なんだよ。だが私は運の良い方だ。この歳まで生きてこられた」
ウィリアムズ「好きな事もやって生きてきた。もう思い残す事なんて何もないのだよ」
ジルコ「俺は?俺の行く末を見ろよ。俺はスラム街で生きてきて、あんたに拾ってもらって人生をやり直せたんだ」
ジルコ「あんたは俺を拾った責任として、俺の行く末を見守る義務がある。だから思い残すことがないなんて言うなよ。生きようとしろよ」
ウィリアムズ「なあ、ジルコ。私には、使いきれない程の財産がある。私は、この財を持て余しているんだ」
ウィリアムズ「・・・もしもお前ならこれをどう使う?」
ジルコ「俺は・・・」
ウィリアムズ「どうした?」
ジルコ「俺は、俺のような親もいない孤児を救いたいと考えている。孤児院を建てたい」
ジルコ「そこで俺は、ガキ達と毎日全力で遊んで騒ぎたい。ガキ共の笑ってる明るい顔を見て過ごしたい」
ウィリアムズ「ふふっ・・・。ふはははは・・・。あははは・・・」
ジルコ「なっ、何がそんなにおかしいんだよ」
ウィリアムズ「ジルコ。お前の口からそんな言葉が出てくるなんて思わなかった」
ウィリアムズ「・・・初めて会った時と比べて変わったな」
ジルコ「そうか?」
ウィリアムズ「ああ、変わったさ。良い顔つきになった」
ジルコ「俺が良い顔なのは、元々だろ?」
ウィリアムズ「ふふっ・・・。そうだったな」
ジルコ「何だよ。病気のくせに笑う元気あるんだな」
ウィリアムズ「私には家族がいない。結婚はしていたが、妻は子供を作る事ができなかった。だから子供はいない」
ウィリアムズ「そして妻も三年前に先立たれてしまった。親しい友人もいない」
ウィリアムズ「私は・・・孤独だったのだよ。ジルコ、お前と出会うまではな」
ジルコ「そうかよ」
ウィリアムズ「なぁ。ジルコ。私が亡くなったら私の財産を相続しないか?」
ジルコ「何だって?今なんつった?俺の聞き間違いか?」
ウィリアムズ「私が亡くなったら私の財産を相続しないかと言ったんだ。お前は孤児院を建てたいという夢があるんだろう?」
ウィリアムズ「だったらその夢を私の財産を使って叶えればいい」
ジルコ「・・・マジかよ。本当にそれでいいのか?もっとあんたが使いたいように使えばいいじゃないか」
ウィリアムズ「いいんだ。ジルコ。お前と一緒に過ごしていくうちに、お前は私にとって息子のような存在に思えてきた」
ウィリアムズ「だからお前の夢を叶える手伝いをさせてくれないか」
ジルコ「・・・なら、ひとつだけ。俺もあんたに頼みがあるんだ」
ウィリアムズ「なんだ?言ってみろ」
ジルコ「その建てた孤児院の名前なんだけどな。ウィリアムズ孤児院って名前にしたい」
ジルコ「あんたの名前を借りたいんだ。ダメか?」
ウィリアムズ「かまわないさ。好きにするといい」
その翌日、ウィリアムズは亡くなった。
ウィリアムズの顔は、最期までとても穏やかな顔をしていたという。
この世に未練など全くない。悔いなどないという表情だったという。
ウィリアムズ享年、六十三歳。
〇養護施設の庭
それから二年が経った。
ジルコは、ウィリアムズ孤児院を建てた。
ウィリアムズ孤児院には、沢山の親のいない孤児達が暮らしている。
子供達の笑顔と明るい声が聞こえる。
ウィリアムズ孤児院の敷地の一角には、ウィリアムズの墓が建てられている。
ジルコは、ウィリアムズの墓の前に立っていた。
ジルコは、ウィリアムズの墓に白くて美しい花を供えた。
ジルコ「・・・なぁ。おっさん。聞こえるか?子供達の声だ。ウィリアムズ孤児院は、順調だ」
ジルコ「俺の描いていた夢のとおり、毎日ガキ共の声がうるさいよ」
ジルコ「・・・あんたにもガキ共のうるさい声を聞かせてやりたくてな。だからここにあんたの墓を建てたんだ」
ジルコ「そうしたらうるせぇって思ったあんたも目を覚ますかもしれねぇからな」
ジルコ「・・・うっ・・・ううっ・・・。・・・ち、違うぞ。・・・こ、これはな。泣いてるんじゃねぇ。目にゴミが入っただけだ」
ジルコ「俺は泣いちゃいねぇぞ。おっさんの為になんか泣くわけねぇだろ・・・」
ジルコ「うっ・・・ううっ・・・へへっ・・・ゴミがよ。目に入ったゴミがよ。なかなか取れねぇんだ。うっ・・・ううっ・・・」
そこにボールが転がって来た。
子供「ジルコさん!!ボール取ってー!!」
子供の声が聞こえ、子供が近づいてきた。
ジルコは泣いている姿を子供に見られないように、平然を保つ。
子供「ジルコさん。泣いてるの?」
ジルコ「な、泣いてねぇよ」
子供「このお墓、ウィリアムさんのお墓なんだよね?」
ジルコ「ああ、そうだ」
子供「ウィリアムさんは、この中にいるの?」
ジルコ「いや、この中にはいねぇ。天使に天国に連れて行かれちまった」
子供「天国はどこにあるの?」
ジルコ「高い高いところだ。空よりも高いところさ」
子供「じゃあウィリアム孤児院が見えてるのかな?」
ジルコ「ああ、きっと見えてるさ。空に手を振ってみな」
子供は、空に向かって手を振った。
子供「手振り返してくれたかな?」
ジルコ「ああ、きっと手を振ってくれてたさ。あのおっさん、目が良いからな」
子供「そっか。ウィリアムさんは凄いんだね」
ジルコ「ああ、そうだな」
ジルコ(天使って奴がいたら、俺はぶん殴りたい)
ジルコ(おっさんを連れていった天使の野郎に、俺は一撃喰らわせてやりたい)
ジルコ(天使に一撃を)
とてもきれいなストーリーで最後まで一気に読ませて頂きました。人の心が通うい合う感じすっと入ってきました。心が温かくなれるお話しでよかったです。
なんて美しい継承のストーリーでしょう、感動しました。財産や名誉は一般的に身内で継いでいくものですが、信用・信頼で成し得た義理の縁によってその富を引き継ぐことは人の心を打ちますね・・。
ウィリアムさんに拾われた彼は、やっぱりいい人でしたね。
自分の私欲ではなく孤児院の設立に使いたい…って、そう思えるようになったのは、お屋敷での生活のおかげもあるんでしょうね。
温かい心に触れたら、人は優しくなれるんでしょう。