彼の歌は私が奏でる。内気少女と口パクイケメンの物語(脚本)
〇見晴らしのいい公園
奏(かなで)「気持ちいい風」
奏(かなで)「──さあ、今日も歌おう」
〇見晴らしのいい公園
奏(かなで)「ふう、今日もたくさん歌っちゃった」
紫苑(しおん)「君、すごくうまいね」
奏(かなで)「わっ」
紫苑(しおん)「驚かせてごめん」
紫苑(しおん)「散歩してたら素敵な歌が聞こえてさ」
紫苑(しおん)「つい声をかけたくなったんだ」
奏(かなで)「はあ」
紫苑(しおん)「僕は紫苑っていう」
紫苑(しおん)「よろしく」
奏(かなで)「しおん?」
紫苑(しおん)「淡い紫色の花の名前さ」
紫苑(しおん)「親がとても花が好きでね」
紫苑(しおん)「花言葉は「優美」」
紫苑(しおん)「僕にぴったりだろ?」
奏(かなで)(キザで変なヒト)
奏(かなで)(でも、誰かに歌を褒められたのは初めて)
奏(かなで)(なんだか嬉しい)
奏(かなで)「私は奏」
奏(かなで)「ここはあまり人が来ないから、」
奏(かなで)「歌の練習に使ってるんです」
紫苑(しおん)「へえ」
紫苑(しおん)「歌手を目指してるの?」
奏(かなで)「いえ、歌が好きなだけです」
奏(かなで)「私、見た目も冴えないし、」
奏(かなで)「人前で歌う勇気もないし・・・」
紫苑(しおん)「・・・」
紫苑(しおん)「それならSNSに投稿してみたらどうかな?」
奏(かなで)「そういうのが流行ってるとは聞くけど、」
奏(かなで)「よく分からなくて」
紫苑(しおん)「実は僕、」
紫苑(しおん)「SNSで動画を配信してるんだ」
紫苑(しおん)「ただ見た目しか取り柄がなくてね」
紫苑(しおん)「最近、再生数が伸びないんだ」
奏(かなで)(見た目だけって、自分で言うんだ)
紫苑(しおん)「そこで提案なんだけど、」
紫苑(しおん)「君の歌を使わせてもらえないかな?」
紫苑(しおん)「君の歌声に合わせ、」
紫苑(しおん)「僕が口パクしている動画を配信するんだ」
奏(かなで)「え!」
紫苑(しおん)「君の透き通るような低めの声、」
紫苑(しおん)「僕みたいなイケメンにぴったりなはずさ」
奏(かなで)(映画のアフレコみたいなものか)
奏(かなで)(みんなに歌を聞かれるのは少し怖いけど、)
奏(かなで)(私とバレないならいいかも)
奏(かなで)「まあ、それぐらいなら」
紫苑(しおん)「よし、決まり!」
紫苑(しおん)「それじゃあ連絡先を交換しよう」
奏(かなで)「え、はい」
紫苑(しおん)「明日、今メッセージした場所に集合ね」
奏(かなで)「ちょ、ちょっと!」
〇音楽スタジオ
奏(かなで)「うう、来てしまった・・・」
紫苑(しおん)「やあ、奏」
紫苑(しおん)「早速ここでレコーディングするよ」
奏(かなで)「え!」
奏(かなで)「結構お金かかるんじゃないですか」
紫苑(しおん)「大丈夫、心配ないよ」
紫苑(しおん)「僕が出すから」
紫苑(しおん)「ただし、動画の売り上げは半分こね」
奏(かなで)「はあ」
紫苑(しおん)「それじゃあ早速始めよう」
〇音楽スタジオ
〇音楽スタジオ
紫苑(しおん)「本当に素敵な歌声だ」
紫苑(しおん)「ほれぼれするよ」
奏(かなで)「もう、」
奏(かなで)「おだてないでください」
紫苑(しおん)「あとは僕の口パク動画を合成っと・・・」
奏(かなで)(公園で歌うのもいいけど、)
奏(かなで)(こういう場所で歌うのも新鮮だな)
紫苑(しおん)「ねえ、」
紫苑(しおん)「僕たちのユニット名を決めておかない?」
奏(かなで)「ユニット名ですか・・・」
奏(かなで)(全然思いつかない)
奏(かなで)「えっと、紫苑さんが決めてください」
紫苑(しおん)「そうだな・・・」
紫苑(しおん)「「月見草」なんてどうかな?」
奏(かなで)「月見草・・・」
奏(かなで)(たしか、人目を避けるように夜に咲く花)
奏(かなで)(私にぴったりかもしれない)
奏(かなで)「いいと思います」
紫苑(しおん)「じゃあ決まりだ」
〇女の子の一人部屋
紫苑(しおん)「僕だよ」
奏(かなで)「あ、紫苑さん」
紫苑(しおん)「僕たちの動画、結構評判になってるよ」
奏(かなで)「安心しました」
紫苑(しおん)「投稿した動画、本当に見ないのかい?」
奏(かなで)「はい、恥ずかしいですし」
奏(かなで)「よく悪い感想を書かれると聞くし」
紫苑(しおん)「心配し過ぎだと思うけどな」
奏(かなで)「こういう性分なんです」
紫苑(しおん)「まあ、プロデュースは僕に任せて」
紫苑(しおん)「この調子で新曲の準備だ!」
紫苑(しおん)「明日、この前のスタジオに集合ね」
奏(かなで)「待ってください!」
奏(かなで)「私にだって予定が──」
紫苑(しおん)「あるの?」
奏(かなで)「ないです」
奏(かなで)「どうせ暇なので、付き合いますよ」
〇見晴らしのいい公園
紫苑(しおん)「奏、」
紫苑(しおん)「大事な話がある」
奏(かなで)(何だろう?)
奏(かなで)(新曲、ダメだったのかな・・・)
紫苑(しおん)「実は──」
紫苑(しおん)「バズってライブのオファーが来たんだ!」
奏(かなで)「それならよかった──」
奏(かなで)「ってライブ!?」
奏(かなで)「私たちには無理じゃないですか」
紫苑(しおん)「いや、無理と決まったわけじゃない」
紫苑(しおん)「奏がステージ裏で歌い、」
紫苑(しおん)「僕がリアルタイムで完璧に口パクする」
紫苑(しおん)「きっと誰も気づかないよ」
奏(かなで)「いやいや、バレますから!」
紫苑(しおん)「ライブは一か月後!」
紫苑(しおん)「今から猛特訓し、完璧にシンクロさせよう」
奏(かなで)(本当、この人は強引だな)
奏(かなで)(ん、待てよ)
奏(かなで)「ねえ、紫苑さん」
紫苑(しおん)「何だい?」
奏(かなで)「ライブのオファーでいくらもらったんですか?」
紫苑(しおん)「・・・」
奏(かなで)「おい」
〇音楽スタジオ
〇見晴らしのいい公園
〇ビルの地下通路
紫苑(しおん)「ついにこの日が来たね」
奏(かなで)「はい」
奏(かなで)(すごい)
奏(かなで)(ここまでお客さんの声が聞こえる)
奏(かなで)「それじゃあステージはお願いしますね」
奏(かなで)「・・・私は裏で頑張ります」
紫苑(しおん)「・・・ねえ」
紫苑(しおん)「なんで寂しそうな顔をしてるの?」
奏(かなで)「この声援は私でなく、」
奏(かなで)「紫苑さんを待ってる声なんだと思って」
紫苑(しおん)「そんなことはない」
紫苑(しおん)「みんな、奏の歌を聞きにきたんだよ」
奏(かなで)「紫苑さんの見た目のおかげですよ」
紫苑(しおん)「・・・」
紫苑(しおん)「君が歌っていたあの公園、」
紫苑(しおん)「実は僕の家からよく見えるんだ」
奏(かなで)「え?」
紫苑(しおん)「もう随分前になるかな」
紫苑(しおん)「ある日窓を開けると、」
紫苑(しおん)「風に乗って美しい歌が聞こえてきた」
〇見晴らしのいい公園
〇ビルの地下通路
紫苑(しおん)「あの子は将来素敵な歌手になる」
紫苑(しおん)「そう思ってた」
奏(かなで)(ずっと前から見られてたなんて・・・)
紫苑(しおん)「でも、奏は一人ぼっちで歌うだけ」
紫苑(しおん)「だから僕はみんなに奏の歌を届けたくて、」
紫苑(しおん)「あの日、声をかけたんだ」
奏(かなで)「紫苑さん・・・」
紫苑(しおん)「奏の歌には力がある」
紫苑(しおん)「もっと自信を持っていい」
奏(かなで)「でも私は月見草です」
奏(かなで)「人目を避けるように夜に咲く花」
紫苑(しおん)「そんなことはない」
紫苑(しおん)「僕にとっても、」
紫苑(しおん)「この先で待つみんなにとってもね」
奏(かなで)「え?」
紫苑(しおん)「月見草で検索してみるといい」
紫苑(しおん)「それじゃあ、待ってるよ」
奏(かなで)「ちょっと紫苑さん!」
奏(かなで)「行っちゃった」
奏(かなで)「・・・どういう意味だろう」
奏(かなで)「「つ・き・み・そ・う」と」
奏(かなで)「あ、私たちの動画がたくさん出てくる」
奏(かなで)「でも、これ──」
〇SNSの画面
奏(かなで)(紫苑さんじゃない)
奏(かなで)(全部私が歌う姿を撮影した動画だ)
女性ファン「いつも元気をもらってます!」
男性ファン「今回の新曲、最高でした!」
女性ファン「初ライブ、必ず参加しますね」
〇ビルの地下通路
奏(かなで)「私の歌、」
奏(かなで)「楽しみにしてる人がこんなにいるんだ」
奏(かなで)(公園で歌ってるだけだった私)
奏(かなで)(それを紫苑さんが連れ出してくれた)
奏(かなで)「まったく!」
奏(かなで)「黙ってこんなことするなんて!!」
奏(かなで)「あ、月見草の花言葉も載ってる」
奏(かなで)「意味は──」
奏(かなで)「え」
〇ホールの舞台袖
紫苑(しおん)「準備はできたようだね」
奏(かなで)「はい」
奏(かなで)「月見草──それは私でなく」
奏(かなで)「あなたのことだったんですね」
紫苑(しおん)「えっと・・・」
奏(かなで)(いつも大事なことは言わないんだから)
奏(かなで)「ライブが終わったら、」
奏(かなで)「本当のことを教えてください」
奏(かなで)(月見草の花言葉、)
奏(かなで)(それは──)
「 無 言 の 愛 情 」
〇コンサート会場
奏(かなで)「気持ちいい風」
奏(かなで)「──さあ、今日も歌おう」
人の心の琴線にふれたような心に響く歌声のアーティストさんっていますね。歌声を聞くだけで心が震えるんですよね。奏さんの歌聴いてみたいなぁ。花言葉の意味もとっても好きでキュンとしました。
歌うことだけで勝負できる歌手が減ってきている中、奏ちゃんのような存在は貴重ですね。その才能を見出し、素晴らしい企画力で彼女のステージに登場させた彼の愛情に感動しました。
歌って人の感情を揺さぶりますよね。
彼女の歌声も、きっと彼の心を揺さぶったのだと思います。
内気な彼女の歌声をもっと多くの人に聞いて欲しい…から始まったプロジェクトだったんだと思いました。