読切(脚本)
〇川沿いの公園
2022年4月某日
仕事で神奈川を訪れた私は形容し難い緊張感の中、肌を粟立てながら、横浜の街を歩いていた。
それは、仕事の憂鬱のためでも、降り続く雨のためでもない。
そう
私は今日この日、ついにあの店に行くと決めているからだ──
あの、ラーメン二郎に・・・
『ラーメン二郎に魅せられて』
〇展示場の入口
その日の仕事を終えた私は、足早に仕事場を後にして、雨の横浜を歩いていた。
そして私はある人物と合流した。
友人「よっ、久しぶり!! いよいよだな!!」
彼は私の同期だった男。転職して神奈川に住んでおり、会うのは数年ぶりだ。
そして、生粋のジロリアンでもある男だ。
そもそも此度のラーメン二郎訪問計画についても、彼の提案であった。
心強い味方である。
友人「いやー、腹減ったなぁ。 とりあえず関内向かおう!!」
今回、我々が向かうのはラーメン二郎関内店である。
〇超高層ビル
関内までの道中、久しぶりに会う友人と多くのことを話した。
だが、どこか集中しきれず、上の空になっていた。
それはもちろん二郎が控えているからである。
期待、不安、緊張、様々な感情が渦巻き、それはまるでその日の空模様のようだった。
友人「お、ついた!!ここ!!ここ!!」
ラーメン二郎関内店は大通り沿いに店を構えており、駅から徒歩5分程度で見つけやすい場所にあった。
店もわかりやすい場所にあるのだが、それ以上に目を引くのは長蛇の行列である。
平日18時頃でかつ雨模様の天候にもかかわらず、多くの人が集っている。
二郎に惹きつけられし大食漢達が静かに自分の番を待ちながら列をなしていた。
私は列の最後尾に並び、友人に二郎の作法の確認をとっていた。
友人「ニンニクはマシマシじゃなかったら、そんなに多くないから」
友人「基本アリで問題ないと思う」
友人「ヤサイとカラメは実質セットみたいなもんで、ヤサイ増やすと味が薄くなるからカラメもいった方がいい」
友人「アブラは好みにもよるけど、俺は頼まない派かな」
初心者の私には、音に聞こえた二郎の作法を頭に叩き込む必要があった。
事前情報を頭に入れ、食券を買いに行く。
だが、初来店の私が大ラーメンや関内店名物の汁なしを選ぶなどの無粋なことはしない。
私は小ラーメンを選択し、列に戻った。
しばらく列が進むと赤いコーンが2本立っている場所に来た。
不審に思いながらも、そのまま並んでいると──。
二郎を愛する者「お兄ちゃん達!! そこのコーンの間に並んでると怒られちゃうよ!!」
友人「あ、そうなんすね!? すいません、ありがとうございます!!」
どうやらコーンの場所は不動産屋の前にあたることから、その場所を避けて並ぶのが礼儀のようだ。
教えてくれたのは、二郎の常連だった。
なぜ常連とわかったかというと・・・
ラーメン二郎と書かれた帽子を着用していたからである。
間違いなく、ジロリアンの中でもトップランカーであることは疑いの余地はない。
漏れ聞こえた話だと、本日3食目の二郎のようだ。時刻は19時。一体どういうことなのか、私の頭では理解できない
そこまで人を惹きつける二郎という存在に対して畏敬の念を改めて抱いた。
約40分ほどの待ち時間を経て、いよいよその時は訪れた。
店員「はい!お客さん! 空いてる席入って」
友人「じゃあ、行ってくるわ。 終わったら店の外で」
二郎は原則空いている席に順次着席していくシステムのため、先に友人が着席した。
私の胸の鼓動は否が応にも速まっていく。
店員「はい!! じゃあ奥の席入って!!」
いよいよ二郎の店内に入る時が来た。
〇ラーメン屋のカウンター
二郎の店内はずらっと厨房側に並んだカウンター席と、逆の壁側にある3つのカウンター席からなっていた。
狭くはあるが、決して汚くはなかった。
私は友人とは離れた壁側の席の1番奥に案内された。
そして早速問題が発生した。
食券(プレート)をどう渡せばいいのかが分からないのである。
案内されながら観察した限りではカウンター席では、目の前にプレートを置いていた。
だが、この壁側の席での正しい作法が全くわからない。
私は祈る気持ちで壁や机に手順が書いていないか探したが、無情にも手がかりはなかった。
すると、厨房から声がした。
店員「お客さん!! 注文のやつこっちに置いて!!」
どうやら、カウンター席のあえて一個だけ空けている箇所に置くのが正しい作法だったようだ。
テープで3つのエリアに仕切られており、自分の席に該当する箇所にプレートを置けばよかった。
シンプルな仕組みなのだが気付けなかった、やはり気負いからか思考が鈍っているように思う。
しばらくして、私の隣の席が空いた。
二郎を愛する者「ふぅー。腹が減ったぁ。楽しみだぁ」
まさかの二郎愛の強い常連が隣となった。
これでより下手を打てなくなった。身体がこわばっていくのを感じた。
店員「ニンニク入れますか?」
私は友人との打ち合わせで、ニンニクヤサイカラメで行くと決めていた。
決めていた──はずだった・・・。
わらやま「・・・ニンニク・・・」
店員「えっ!?」
わらやま「ニンニクありで!!」
万が一・・・万が一でもオプションを頼んで残すわけにはいかない。そう思い日和ってヤサイとカラメをやめてしまった。
これでいいのだと自己を納得させようとしていた際に・・・。
店員「ニンニク入れますか?」
二郎を愛する者「AKBスペシャル!!」
それは知らないオーダー方法だった。
そもそもあるオーダーなのか、常連だからできるのか、私には分からないほどの圧倒的な彼我差を見せつけられた。
そして、しばらくして──。
店員「はい!!小らーめんの人!!」
わらやま「あ、はいっ」
私の小ラーメンがやってきた。
わらやま(・・・これが二郎か!!)
他の客が食べている姿を見てなんとなく想像はついていたが、凄まじいボリュームだった。
カロリー取得という目的に特化した一品だ。一種の芸術品のような機能美を感じた。
極太の麺を持ち上げ、一口目を口に運ぶ。
わらやま(これは・・・!?)
わらやま(うまいっ!!)
私は二郎のインスパイア系には何度か足を運んでいたが
文字通りインスパイア系とは一味違った。
濃厚な豚骨スープと極太麺が食欲を刺激し、身体が次の一口を欲しているのを感じた。
私は本能のままに貪りついた。
すると暫くして、常連の元にも汁なしラーメンが運ばれてきた。
AKBスペシャルである。
二郎を愛する者「うっしゃ!!いただきまーす」
二郎を愛する者「う・・・」
二郎を愛する者「うんめーーー!! うんめーわ!!」
歓喜の言葉を上げた彼はそのまま一気に食べ続け
私の後に来たにも関わらず5分足らずで完食した。
二郎を愛する者「ごちそうさま!!美味しかった!!」
満面の笑顔で彼は店を後にした。
その後私も黙々と食べ進め
しっかりと完食することができた
お腹はもちろんいっぱいだ。だが、アドレナリンが出ているのか決して限界ではなかった。
心地よい満腹感である。
私は精一杯元気よく・・・
わらやま「ごちそうさま!!」
と言って店を出た。
〇超高層ビル
友人「お疲れ!!どうだった?」
友人は当然のように私より早く店を出ていた。
わらやま「なんか・・・すごかった」
私はこの短時間であまりに多くの事を経験しすぎたがゆえに、咄嗟に言葉が出なかった。
わらやま「でも、結構好きかも」
友人「おお!!それは良かった!!」
それは嘘偽りない本心からの言葉だった。
わらやま「これで明日の仕事も頑張れるよ」
友人「あ、そういや明日も仕事だったね」
こうして私の初体験の二郎は幕を閉じた。
〇川沿いの公園
翌日、改めて二郎について考えてみた。
二郎はまるで誘虫灯のようである。
本能を直接刺激するストレートな味わい
独特な作法や雰囲気
それらの要素に多くのジロリアン達が抗えないまま吸い寄せられていく。
かく言う私もその1人になるかもしれない。
だが、仮に何度足を運ぶことになったとしても
あの常連の彼ように
うんめーーー!!と思えるように
この気持ちを忘れないで生きていきたい。
わらやま「さあ!!仕事、頑張るぞ!!」
連日の仕事ではあったが、足取りは軽かった。
私の糧となったブタ、ヤサイ、ニンニク、麺達が、背中を押してくれているかのようだった。
私もインスパイア系のお店に行ったことは何度かあるのですが、本店に行ったことがないので、大変参考になります。
貴重な体験談をありがとうございました!
初二郎のドキドキする心情や情景描写に引き付けられました。注文が難しい、行列が、などの前情報がある分、達成感もひとしおですよね!
大学の近くにあった二郎インスパイアしか食べたことがなかったのですが、本物を食べてみたくなりました。もう食べきれないだろうけど。。。