灰色のカルテジア

八木羊

第20話 終幕、そして、カーテンコール(脚本)

灰色のカルテジア

八木羊

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〇劇場の舞台
  燃える劇場。
  舞台上から、観客席の最前列に
  倒れているウツホを見下ろす
  その翼も手も足も、
  大部分がすでに火に巻かれていた
ウツホ「綺麗な色・・・」
キリエ「綺麗?」
ウツホ「夕焼けと同じ色。そして血も同じ。 私が最後にこの目で見た色よ」
ウツホ「目を突いた瞬間、一瞬見えたの。 あんまり綺麗で、だから私は、 この手を止めてしまった」
  ウツホが燃える手で、そっと左目を指す。空っぽの右目と違い、瞳がある
  瞼の裏は少しひび割れているかも
  しれないが
ウツホ「私を殺す? それともこの眼球を壊す? どのみち貴方はこの世界を壊すんでしょ?」
ウツホ「6年前もそう。 いつだってあなたは私の世界の破壊者ね」
キリエ「ウツホ・・・」
ウツホ「でも、これでいいの。 ホントは私だって気づいてた。 こんな世界望んだって仕方ないって」
ウツホ「なのに、もう自分では止められなかった。 だから、こんな結末も、本当は私自身が 望んだものだったのかもしれない」
ウツホ「さあ、あなたの手で 愚かなアッシュマンを殺して。 そして生焼けの灰色の夢に終止符を」
キリエ「・・・違う」
ウツホ「え?」
キリエ「この物語にピリオドを打つのは 私じゃない、あなた自身のはず」
ウツホ「私、自身?」
キリエ「有名な話だけど、白鳥の湖のヒロイン オディットと黒鳥オディールを 同じ人が演じるの」
キリエ「言ってみれば、聖女と悪女は表裏一体」
キリエ「そして聖女の愛が勝つか、 悪女の情熱が勝つか、あの作品の ラストは、いくつかパターンがある」
キリエ「現実を捨て、カルテジアの神様に なろうとしたのも、現実に思いを馳せ、」
キリエ「幻の教師として現れたのも、 どちらもあなた・・・」
キリエ「どのエンディングを選ぶかは、 ウツホ、あなた次第じゃない?」
キリエ「あなたの行先は、 あなた自身の足で決めるべきじゃない?」
ウツホ「・・・ムカつくぐらい正論ね」
ウツホ「・・・ねえ、 私長らく病室から出てないの。 リハビリってキツイ?」
キリエ「脚が折れてないなら、余裕でしょ。 私も手ぐらいは貸すし」
  舞台上からウツホに手を伸ばす。
  ウツホも燃えかけの体を起こし、
  その焼け焦げの手を伸ばす。その時だ
イツキ「灰瀬っ!」
  萱沼の鋭い叫びとともに、
  天井から緞帳(どんちょう)が落ちてくる
  分厚い緞帳だけでなく、
  それを支えていたワイヤーも一緒だ
  焼け落ちた資材が
  客席と舞台を完全に分断した
カオル「キリエ、これ以上は!」
キリエ「でも、ウツホが・・・」
ウツホ「行って! そして、どうか私の目を覚まして」
  ウツホはそう言って、
  自らの左目を抉って、私に放り投げた。
  小さなガラス玉を慌ててキャッチする
キリエ「ウツホ!?」
  ガラガラと燃える資材が客席に降り注ぐ。
  襲い来る熱波と轟音。
  私は思わず目を閉じ、耳を塞いだ

〇綺麗な病室
  再び目を開けると、そこは白黒の病室。
  どうも私たちは戻ってきたらしかった
ウツホ「・・・・・・」
キリエ「あっちのウツホは、『私の目を覚まして』 って言ってたけど・・・」
カオル「ゆすってみるか?」
キリエ「こういう時は、王子様のキスじゃない?」
イツキ「冗談言ってる場合?」
キリエ「わかってるって。 私たちには託されたこれがある」
  ずっと握りしめていた手を開く。
  そこには、
  少し欠けた小さなガラスの眼球があった
キリエ「これを完成させよう」
イツキ「Uの眼? でも、 それじゃカルテジアが完成するんじゃ?」
キリエ「それはUの渇望が カルテジアの完成だったから」
キリエ「でも、Uはこの眼を自ら手放して 代わりに、彼女の目を覚ますことを望んだ」
キリエ「Uもここに眠るウツホも、 今は同じことを望んでる」
キリエ「この瞳は、 その望みに応える幻肢になるはず」
カオル「夢じゃなく現実を見るための目か。 たしかに目を覚ますためには、 そもそもその目が必要だもんな」
イツキ「でも、この目、 やっぱり少し欠けてる・・・」
  最後の遺灰を得られず、
  球体は不完全なままだった
キリエ「八十島先輩、万年筆持ってる?」
カオル「ああ、これか?」
キリエ「・・・前にUが言ってた。 幻肢も灰も、元は同じものだって。 だったらさ・・・」
  八十島先輩から受け取った万年筆。その
  ペン先を自分のダイヤの左脚に叩きつけた
イツキ「万年筆を壊す気?」
キリエ「知ってる? ダイヤモンドは硬いけど、 ある方向の衝撃には弱くて、 ハンマーで砕けたりもする」
キリエ「まして、万年筆の先端の金属は、 ダイヤに並ぶ硬さ。 だから、こうして叩きつければ・・・」
  ダイヤの脚に大きく亀裂が走る。それが
  本当の物理法則の結果かはわからない
  ただ、今の私はダイヤの脚を渇望して
  いなかった。代わりに望むのは・・・
キリエ「ダイヤモンドってよく燃えるのね」
カオル「まあ、炭素だからな」
  左脚を失い、
  支えを探す私の肩を八十島先輩が支える
  砕けたダイヤは瞬く間に燃え、
  小さな欠片になった
  カルテジアは今なお
  私の渇望に応えてくれるらしかった
イツキ「なるほど。幻肢を遺灰の代わりにするのか」
カオル「でも、そんな量じゃ足りないだろ」
  八十島先輩が歌う。
  今まで聞いた歌の中で、
  最も美しく、優しいハミングだ
  すると、パキリと呆気なく
  その黒い嘴は根元から折れた
  燃える劇場で照明が割れたのと
  同じ原理だろうか
  あとは私と同じで、
  砕けた嘴は燃えて小さな欠片になった
イツキ「顔に似合わず器用ですね」
  イツキは少し手荒とも思える手つきで
  ぶちぶちと腕の茨を引き千切った。
  切り離された花は燃え、欠片になる
  カオルとイツキから欠片を受け取る
  私のも合わせて3人分の小さな欠片は、
  示し合わせたように
  ガラスの眼球の割れ目にはまった
イツキ「ヒビだらけだ」
カオル「でも、ぴったりだな」
  イツキとカオルに支えられ、
  ウツホに近づく。閉じた瞼。
  膨らみのない右目
  その下の空っぽの眼窩に
  ガラス玉を押し込む
  ゴーン、ゴーン・・・
キリエ「カルテジアの鐘・・・?」

〇綺麗な病室
  遠く聞こえる鐘の音。
  と同時に、病室に日差しが差し込む
  思わず、そこにいるみんな、
  窓の方を向いた
イツキ「彼女が・・・」
巨大な少女「・・・・・・」

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