本編(脚本)
〇映画館の座席
楽しみにしていた映画の鑑賞日。
いつもより少しオシャレして、うきうきと映画館に向かった。
ドリンクを片手にシアターに入り、予約した座席に着く。
スマートフォンの電源を切る前に、SNSの知り合いgrassさんにDMを送った。
わたし「『いよいよはじまるよー!』」
わたし「『ドキドキしちゃうね』」
grassさんも同じく今日鑑賞にいくらしく、興奮した文面が返ってきた。
grassさん「『楽しみすぎて昨日の夜、八時間しか寝てない!』」
わたし「『めちゃくちゃ寝てるじゃん!』」
実際に会ったことはないけど、どうやら同年代の男性だということはわかる。
普段は落ち着いているけど、映画の話になるといきなり饒舌に語ってくれる。
お互いオタク気質だから気兼ねもないし、映画の好みも合う。
「あのー・・・」
返信を書いていると、ふいに声をかけられた。
メガネをかけたおとなしそうな男性が、困り顔でこちらを見下ろしている。
わたし「はい?」
奥の座席の人かな。
端の座席に座っていたわたしは、身を引いて幅をつくった。
わたし「通ります?」
メガネさん「い、いえ・・・」
どこか気まずそうな面持ちで、目の前の男性は言った。
メガネさん「ここ、僕の席なんですが」
わたし「・・・はい?」
メガネさん「この席、僕が予約したんです」
メガネさん「もしかして、お間違いじゃないですか?」
わたし「・・・」
わたし「・・・いえ、そんなはずありません」
わたし「あなたの勘違いでは・・・?」
メガネさん「いや、僕もそう思って確認したんですけど・・・」
わたし「でもわたしもチケットを買う時、この列の端を選んだんです」
わたし「いつも終わったらすぐに出られるように、端以外は買わないようにしてるので」
彼は困ったような顔で笑った。
メガネさん「それについては同意見なんですが、現に僕の半券はこの座席で・・・」
メガネさん「良ければ、もう一度あなたの座席を確認してもらっても?」
わたし「わかりました」
わたし「でもわたし、絶対この席で合ってると──」
取り出した半券を見て言葉が途切れた。
そこに書かれた座席は、今座っている席の一個右隣・・・
彼の言った通り、間違えているのはわたしの方だった。
わたし「ご、ごめんなさい!」
羞恥から大声を出してしまい、周囲に見られて倍恥ずかしかった。
顔に熱が集まるのを感じつつ、バッグを持って隣に移る。
けれど腰をおろす直前、自分の不運を呪った。
ちょうど前の席に座っている人が大柄で、
その影でスクリーンが一部覆われていたのだ。
わたし「(こればかりは誰のせいでもない)」
仕方なくそこに座ろうとした時、再び横から声をかけられた。
メガネさん「良ければ、席交換しませんか?」
わたし「え?」
わたし「でも・・・」
メガネさん「ちょうど今日のは、より中央に近いスクリーンで観たいって考えてたところです」
お隣の彼の自然な笑みを見ていると、わたしも少し頬が緩んだ。
わたし「では、お言葉に甘えて」
〇映画館の座席
映画が終わり、場内に明かりが点くと、周囲は一気ににぎやかになった。
一度ふうっと息をついてから、早めに荷物を持って立ち上がった。
隣では先ほどのメガネさんも、同じように支度をはじめている。
目が合うと、彼はまた柔和な笑みをこちらに向けた。
メガネさん「集中できました?」
わたし「はい、おかげ様で」
メガネさん「それは良かったです」
メガネさん「あの監督の作品は名作揃いですからね」
メガネさん「ベストな状態で観ないと!」
どこか熱のこもった口調で言われ、まるで誰かさんみたいだと思ってしまった。
〇映画館のロビー
通路を歩きながら、なんとなく会話が続いた。
メガネさん「お一人で来たんですか?」
わたし「毎月、一人で映画鑑賞するのが楽しみで」
わたし「感想戦はしない主義だから、一人の方が気楽なんですよね」
メガネさん「あー、わかります」
メガネさん「僕も映画は大体一人なんで」
ドリンクのカップをゴミ箱に入れ、そこで彼とは別れた。
丁寧に頭を下げる彼に手を振りながら、ぼんやり考えた。
わたし「(同じ映画館に通っているなら、また会うこともあるかな)」
わたし「あ、そうだ! 返事来てるかも」
スマートフォンの電源を入れ直して、新着のメッセージを確認する。
思った通り、彼からメッセージが来ていた。
grassさん「『観終わったよー!』」
grassさん「『やっぱ今回のも秀逸』」
grassさん「『あの監督天才だな』」
わたし「(相変わらずテンション高いな)」
笑っていると、次のメッセージが送られてきた。
grassさん「『そういえば今日、面白い人がいたよ』」
grassさん「『俺の席と自分の席を勘違いしててさ』」
わたし「・・・ん?」
grassさん「『それを指摘したら、最初はすごい警戒されたんだけど』」
grassさん「『すぐに気づいて謝ってくれて』」
grassさん「『でも結局自分が買った席じゃ、ろくにスクリーン見れないって気づいたみたいで』」
わたし「んん?」
grassさん「『気まぐれで席交換してあげたら』」
grassさん「『すごい喜んでくれたんだよね』」
震えそうな指でメッセージを送る。
わたし「『そっか』」
わたし「『優しいね』」
grassさん「『まあね』」
grassさん「『俺がイメージするキミに、ちょっとだけ近かったかも』」
grassさん「『だから助けちゃったのかもね』」
わたし「『そうなんだ・・・』」
grassさん「『毎月来るって言ってたし、また会えるかなー』」
grassさん「『なんてね』」
冗談めかしたメッセージに息を飲む。
思わずあたりを見渡した。
覚えのあるうしろ姿が、通路を曲がっていくのが見える。
その手にはスマートフォンが握られていた。
まだそうと決まったわけじゃないのに、
気づくとその背に向かって、駆け出していた──。
キャー、まさに運命の出会い!これは思わずヒロイン同様私も駆け出しちゃうな~とラストに共感しまくりでした!二人の今後を想像してはニマニマしてしまう、希望のある読了感。素敵です!
こんな出会い、私もしてみたい!と思わず思ってしまいました(^^)
すごく素敵なお話でした!現実に起こったら正気でいられないかもしれませんね!
SNSの彼がまさか彼だったとは。
運命を感じちゃいますね。