彼との時間は、ケーキより甘い(脚本)
〇女の子の部屋(グッズ無し)
真希「はい、ブラックで良かったよね?」
陽介「うん、ありがとう」
コーヒーを手渡して、
陽介君の向かいに座る。
真希「・・・並べてみると、すごい量だね」
陽介「なかなかインパクトある光景だよね」
ふたりの間にあるテーブルの上には、
ケーキやシュークリームといった
甘いデザートがたくさん並んでいる。
陽介「実家が洋菓子店の共演者の方がいて、 差し入れしてくれたんだ」
陽介「甘いもの好きだけど、 量は食べられないから、 真希にも手伝ってほしくて・・・」
陽介君は少しばつが悪そうに、
お菓子の量について説明をしてくれた。
舞台役者の陽介君は、
時折こうして差し入れを分けてくれる。
日持ちしない食べ物のお裾分けは、
今回が初めてだ。
真希「たしかに、この量のクリーム類は、 一人じゃ消化しきれないよね」
(お裾分けの連絡をもらったときは、
気楽に了承したけど、)
(まさかこんなに大量だったとは・・・)
陽介「お願いしたのは俺だけど、 あんまり無理して食べないでね」
陽介「残ったら俺が全部食べるから、 真希は美味しく食べられる分を食べて」
申し訳なさそうに眉を下げる陽介君に、
明るく笑ってみせる。
真希「甘いもの大好きだから、嬉しいよ!」
真希「デザートバイキングみたいで、 わくわくする!」
陽介「真希・・・」
陽介「・・・うん、ありがとう」
陽介「一緒にいっぱい食べよう!」
真希「うん!」
気が楽になったのか、
陽介君はようやくケーキを口に入れた。
柔らかくなった陽介君の表情に、
ホッとしながら、私もケーキを食べる。
陽介「うまい!!」
真希「おいしい!!」
陽介「はは、被った」
ふたりで笑いながら、
デザートバイキングを楽しむ。
味の感想を言い合う途中、
話題は陽介君が出演した舞台に移った。
真希「今回の舞台も楽しかったよ」
真希「終盤で親友を失って、 泣き叫びながら敵陣に突撃するシーン 迫力がすごかった!」
陽介「あそこのラストシーン、 実は立ち位置だけ確認して、 ほとんど練習してないんだよね」
陽介「慣れた状態にしたくないからって理由で、 監督からそう指示が出てたんだ」
真希「そうだったんだ!」
陽介「真希がそう感じてくれたなら、 監督の指示は正解だったね」
嬉しそうに目尻を下げて、
陽介君が微笑む。
(・・・よかった。いつもの陽介君だ)
〇劇場の舞台
陽介君は憑依型と呼ばれるタイプで、
深く役に入り込む演技を得意としている。
だから、陽介君は舞台中、
話し方や仕草だけでなく、
顔つきすら変わった状態になる。
(実力がある証拠だよね。
でも・・・)
時折どうしようもなく、
不安になるときがある。
〇黒背景
私の知っている陽介君が、
戻ってこないんじゃないかって・・・
〇女の子の部屋(グッズ無し)
陽介「・・・真希。 今、考え事してなかった?」
真希「・・・っ」
千秋楽を迎えた後に、
毎回二人きりになれる場所で
陽介君は会ってくれる。
もしかしたら、
私の不安に気付いているのかもしれない。
(陽介君の負担にならないように、
気を付けないと・・・)
真希「次は何を食べようかなーって、 考え込んでただけ!」
真希「あ、モンブラン美味しそう!」
(不安を態度に出さないように、
自然に振舞わなくちゃ)
陽介「・・・・・・」
陽介「・・・ははっ」
陽介「真希は演技が下手だなー」
真希「え?」
陽介「言葉に抑揚がないし、 そもそも感情が乗っていない」
陽介「この演技力だと、 役者の俺は騙せないよ?」
陽介君が手を伸ばして、
私の手に触れた。
そのまま、ぎゅっと手を握られる。
陽介「だから観念して、 真希が今考えていること、 俺に教えて?」
あたたかい体温と優しい眼差しに、
恥ずかしくなって俯く。
(心臓の音がうるさい・・・)
陽介「ねぇ、真希」
やさしい声と一緒に、
手が持ち上げられる。
――ちゅ。
真希「!!」
(今、手に触れたのって・・・!)
柔らかい感触に驚いて、
顔を上げて陽介君を見つめる。
陽介「やっとこっち見た」
私の手に触れた陽介君の唇が、
ゆるく弧を描く。
陽介「真希のことだから、 俺が無理に会いに来てるって 思ってるでしょ?」
陽介「言っておくけど、 気を遣って会いに来ているわけじゃないよ」
陽介「俺が、真希に会いたいんだよ」
真希「陽介君・・・」
陽介「舞台は楽しいけど、役に入り込むほど、 現実世界が遠く感じるときがある」
陽介「自分が自分じゃなくなる感覚が、 はっきりあるんだ」
陽介「・・・たまに自分の意思だけだと、 戻れなくなるときがある」
真希「そんな・・・」
恐れていた事実に、
頭が真っ白になりかけたとき──
陽介君がにっこりと笑った。
やさしい笑みに、
動揺しかけた気持ちが落ち着いていく。
陽介「そんなときに思い出すのは、 真希なんだ」
陽介「真希がいる世界が、 間違いなく俺の現実」
陽介「だから実際に会って、 今みたいに触れていると、 すごく安心する」
触れた手を通じて、
お互いの熱が混ざり合う。
(触れて安心するのは、
私も一緒だ・・・)
まっすぐな気持ちに応えたいと、
私も笑顔を陽介君に向ける。
真希「会いに来てくれてありがとう。 すごく嬉しい!」
陽介「・・・うん! 俺も、真希に会えて嬉しい」
陽介君が照れたように頷いて、
また笑ってくれた。
しばらくふたりで一緒に笑い合う。
陽介「・・・真希」
陽介「好きだよ」
真希「うん・・・。 私も陽介君のこと好き」
コーヒーをお供に、
ふたりきりの甘い時間を、
私たちはゆっくり過ごした――。
ドキドキし過ぎて、コーヒータイムどころじゃありません...!
陽介君が真希の手を握った瞬間、めっちゃキュンとしました!きっと真希自身もドキッとしたと思うのですが、その手の温もりが最後には安心感に変わる。
心の移り変わりが丁寧に描かれていて、お互い心配事が溶けてなくなっていく感覚にとても共感しました。
真希がいつまでも陽介君をこの世界に引き止め続けられる存在でありますように。
言葉以上に表情や仕草って相手に伝わるものですよね。
それが特に長い間一緒にいた人とか、好きな人なら。
でも疑り深い私は、これも演技なのでは…とも思ってしまいました…。