第16話 ラストピース(脚本)
〇女の子の部屋
萱沼に事故の真相をぶちまけてしばらく、
ベッドに仰向けになったまま、
窓の外の雨音にじっと耳を澄ましていた
キリエ(そうだ。私は、壊れるぐらいなら、 いっそ、この手で壊してやろうと、 自分から車に・・・)
腹部から太腿にかけてを
スカート越しにそっと手で撫ぜる
この下にバレリーナである
私の武器がある・・・
それも諸刃のだ
キリエ(二重関節・・・)
正式名称は関節過度可動性
柔軟性の問題ではなく、
骨の作りとして人より可動域が広い
先天的体質、私はそれだった
バレリーナとしては理想的な体質。だが、
可動域が広ければ、その分、筋肉を使い、
関節を擦り減らし消耗が起こる
私の股関節の軟骨もすでに擦り減っている
今は炎症だが、このままいけば転位、
脱臼といよいよ治療が困難になる
という話だ
キリエ(昔から私にはそういうリスクがあると コーチに聞かされていた)
キリエ(綺麗だけど脆いガラスのようなものだ、と)
キリエ(なのに傲慢で臆病な私は、 この脚はガラスじゃなくダイヤなのだと、 思い込んだ)
キリエ(でも結局、偽物のダイヤはひび割れた。 その事実に耐えられず、私は・・・)
ピコン、とスマホの通知。萱沼からだ
イツキ「下手に慰めても仕方ないとは思うけど、 自棄にはならないでよ」
萱沼なりに気を遣っているのだろう。
思わずフっと笑いが漏れた
キリエ「・・・5分考えて、それかよ」
キリエ「もう大丈夫」
左脚に触れる。雨で芯まで冷えた脚は、
でも手のぬくもりを
しっかり感じることができた
結局マネキンにもジャンクにも、
したくなどなかった
だから、私は幻肢に目覚め、
ここまで足掻いてきたのだろう
U「もっと取り乱すかと思った」
ベッドに転がっていたUが言った
キリエ「どうせ全部知ってたんでしょ? けど、あんたの千里眼は 今に始まったことじゃない」
U「ほう?」
キリエ「問題は私。自分の事なのに、 どうしてこんな大切なこと、 忘れてたんだろう」
U「忘却は人の偉大な能力さ。時に自ら 欠落し、その欠落を都合よく埋める。 現実もカルテジアもやってることは同じさ」
キリエ「似たようなこと、誰かにも言われた 気がする・・・日常は切って貼って 編集したフィルムだって」
ふと、私と萱沼と八十島先輩が同じ劇場で
同じ映画を見ているイメージが浮かんだ。
一瞬、フィルムが切れ、コマが飛ぶ
でも途切れたのは長い映画のわずかな
時間。銘々飛んだシーンを頭で補完する
キリエ(そう、私たちはあの日、 同じものを見聞きしたはず)
キリエ(なのに、何かが決定的にずれてる。 ・・・まさか)
キリエ「6年前、花の日の慰問会で、私の脚を ダイヤみたいって言ったのは萱沼?」
萱沼が私の公演を観てるとしたら、
花の日の慰問会ぐらいだ
だから、あの言葉も言われたとしたら、
慰問会のはずだが・・・
イツキ「少なくとも僕自身に、その記憶はない」
イツキ「どうして今そんなことを?」
キリエ「八十島先輩は、私が先輩に悪魔の声の インスピレーションを与えたと思ってる」
キリエ「けど、私も言った記憶がない」
同じ日に似たような記憶の掛け違い。
ただの偶然だろうか?
キリエ(もし、私の勘が正しければ・・・)
イツキ「僕も野薔薇のイメージをくれたのは、 ずっとカオル先輩だと思ってた」
イツキ「でも、先輩は記憶にないって言っていた」
キリエ(やっぱり・・・)
キリエ「明日、またカオル先輩と屋上で話そう」
〇学校の屋上
カオル「・・・つまり俺たちは全員、 お互いを幻肢のインスピレーションを 与えた人間だと思い違いをしていた、と?」
キリエ「はい。私はイツキから、ダイヤの脚だと 言われたと思っていて・・・」
イツキ「僕は先輩から野薔薇の話をされたと 思っていた」
カオル「そして俺は、キリエから悪魔の歌声の話を 聞いたつもりだった・・・」
カオル「が、実際は誰もそんなことを 言った覚えはない、か」
キリエ「言った記憶はないのに、 言われた記憶だけ、 みんなあるなんて・・・」
イツキ「それも全員6年前の花の日の慰問会でね。 すごい偶然だね・・・ なんてあり得ないか」
カオル「一人の思い違いならともかく、 三人だからな」
カオル「でも。悪魔の話、言われてみれば キリエじゃなくて、キリエみたいな 強めの女の子だったかもしれない・・・」
キリエ「強めって・・・」
イツキ「どうしてだろう。僕も今になって 思い出すと妙にあやふやだ・・・」
イツキ「僕もひょっとしたら、 カオル先輩じゃなくて、年上の落ち着いた 感じの人に言われただけだったのかも」
キリエ「・・・私は、きれいな人に言われたって ことがすごく印象的だった」
キリエ「まあ、私の知ってる顔のいい人間って 言うと・・・ね」
自分で言っていて気恥ずかしいが、
ここに来て明らかになったことがある
イツキ「僕たちは幻肢のインスピレーションを 与えてくれた『誰か』を、 近い印象の人物に当てはめていた?」
キリエ「ひょっとしたら、私たちは 同じ穴を覗き込んでいるのかも・・・」
イツキ「同じ穴?」
カオル「俺たちがそれぞれ出会った『誰か』は、 別々の三人じゃなくて、 同一のひとりだってことだろ?」
カオル「何となくだけど、俺もそんな気がしてる」
イツキ「同一のひとり・・・」
イツキ「僕たちの話を整理するなら、 そのひとりは、 年上で落ち着きがあって、」
イツキ「でもどこか気の強い、 美しい女性・・・そんな感じか」
時に野薔薇の美しさを説き、
ダイヤの硬さを称え、
そして悪魔に堕ちてもいいと囁く・・・
そんな女神とも魔女ともつかない女性に、
私たちは6年前の花の日に
会ったらしかった
キリエ「言われてみれば、 そんな人に会った気もする・・・ なのに、だめ。思い出せない」
イツキ「・・・僕も。まるでパズルの最後の ピースだけ見つからないみたい」
カオル「けど、ピースが抜けてることは思い出せた」
カオル「ピースの輪郭も、なんとなくだけど、 わかった。それだけでも前進じゃないか?」
カオル「今日はまた夕立が来るって 予報もあったし、いったん解散だ。 すぐに結論が必要な話でもないだろ」
イツキ「そうですね。 その不明な誰かも気になるけど、そろそろ アッシュマンも出るかもしれないし」
キリエ「U曰く、必要な遺灰はあと一つ。 次がきっと最後・・・」
〇学校の廊下
鈴木先生「あ、ごめんなさい!」
キリエ「いえ、こちらこそボンヤリしてて・・・ あれ? 鈴木先生、目、どうしたんですか?」
鈴木先生の右目には眼帯が付けられている
鈴木先生「ああ、これ? 実は、 ガラスの破片が刺さっちゃって・・・」
キリエ「え!?」
鈴木先生「なーんて、冗談。ただのものもらい。 疲れてくると、 たまになるんだよねー・・・」
キリエ「もう驚かさないでくださいよ」
鈴木先生「ごめんごめん。今日で実習最後だから、 ちょっと爪痕残しときたくて」
キリエ「実習期間って、ちょうど合唱コンクール 終わる頃までですもんね。 もう、そんな時期か・・・」
鈴木先生「寂しがってくれてるみたいで何より」
鈴木先生「まあ、そう思ったことも私のこと共々、 すぐに忘れちゃうとは思うけど」
キリエ「また、すぐそんなこと言う・・・ 私は先生が思うほど薄情じゃないですよ」
鈴木先生「ふふ・・・そうなのかもね。 じゃあ、そんな情に厚いキリエさんに とっておきのプレゼント」
掌に押し付けられたのは
黒いクラシカルな万年筆
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