第17話 デカルトの劇場(脚本)
〇学校の屋上
カオル「Uの奴、どこにもいないな・・・」
イツキ「そもそも、カルテジアじゃなきゃ、 ただの人形の生首でしょ?」
イツキ「自分勝手にどこかに行けるとは 思えないけど」
キリエ「うーん、諦めて家を探すか・・・ でも、たしかにリュックに 突っ込んできたんだよね」
教室を騒がす巨大少女について
話し合うべく集まった私たちだが、
少女の手がかりもなく、
Uもおらず、早々に手詰まりに
仕方なくUを探してみたが、
これも徒労に終わりそうだった
カオル「もうすぐ18時か・・・」
キリエ「うん・・・」
ゴーン、ゴーン・・・
〇学校の屋上
U探しというのは口実で、
きっと三人ともこの時間になるのを待って
いたのだと思う。誰も口にはしなかったが
イツキ「巨大な少女・・・本当にいたんだ・・・」
巨大な少女「・・・・・・」
カオル「どこも白黒だな。 まさかこの街全部カルテジアなのか?」
キリエ「先輩の口も私の脚も、 『これ』ですからね。 たぶんあっちの世界だと思いますが・・・」
白黒のオフィス街で高層ビルの合間に
膝を抱えて眠る制服の少女。
閉じた瞼からは絶えず黒い涙が流れている
やがて睫毛が震えてその左目が
ゆっくりと開いた
キリエ「・・・穴?」
その左目はどこかで見かけたガラス玉の
ように、一部が割れたように欠け、
黒い穴がのぞいていた
キリエ「Uの左目と・・・カルテジアの穴と同じ?」
イツキ「たしかに、Uの目と似てるけれど、 なんで彼女が?」
カオル「あの女もアッシュマンなのか?」
白い頬を黒い涙が伝う。どこか人形めいた美しい貌。こんな女子生徒は知らない。
けれど、この面影はどこかで・・・
キリエ「・・・鈴木先生?」
イツキ「鈴木先生? 灰瀬の知ってる人?」
キリエ「教育実習生にいたでしょ? あの巨大な 女の子 、先生よりは若いけど、 ほら、顔立ちがそっくり・・・」
イツキ「そっくりも何も、 僕はそんな先生知らない」
イツキ「そもそも今年、うちの学校は 教育実習生を取っていないはずだよ」
キリエ「え?」
カオル「俺もそう記憶してる。鈴木先生なんて 実習生はウチにいないはずだ」
キリエ「そんな・・・」
とっさに制服のポケットをまさぐる。
硬質な万年筆の感触。
とすれば、あの人は夢でも幻でもない
カオル「でも、俺もあの顔には見覚えがある」
イツキ「・・・僕も、 はじめは気づかなかったけど、 少しずつ、思い出してきた」
私たちはあの少女の顔を知っている。
私はそれに鈴木先生というラベルを貼って
しまったけれど、それは間違いだった
偽のラベルが剥がれた今、
口をついて出てきた名前は・・・
キリエ「・・・ウツホ。マホロ・・・ウツホ・・・」
イツキ「灰瀬!?」
気が付いた時には駆け出していた
キリエ(あの人に、会わなきゃ。 会って話を聞かなきゃ!)
キリエ「きゃっ・・・!」
カオル「馬鹿野郎。そんな脚で駆け出すからだ」
イツキ「行先は理事長室?」
キリエ「うん。理事長なら、 彼女のことを知ってるはずだから」
〇校長室
イツキ「ここが理事長室・・・」
カオル「前を通り過ぎることはあっても、 中に入るのは俺も初めてだ」
そんなに広くない部屋の両サイドには
所狭しと本が並んでいる。主は不在だった
キリエ「神経科学概論、ニューロンうんたら、 心理学大全・・・頭が痛くなりそう」
カオル「・・・医学と心理学、 あと哲学関係が多いな」
カオル「そういやあの理事長、脳科学だかの分野で 博士号取ってるとか・・・」
キリエ「・・・ん? 『幻肢とブレインマシン インターフェイス』? 幻肢ってたしか医学用語なんだっけ」
イツキ「こっちにも面白そうな本があるよ。 『カルテジアン劇場とクオリア』って」
キリエ「カルテジアン? それって・・・」
???「カルテジアン劇場とは、 直訳すれば、デカルト劇場」
???「とは言え、デカルト本人が 提唱した言葉ではありません」
???「『我思うゆえに我あり』という彼の 実体二元論に基づく、人間の意識の 在り方を劇場だとするたとえ話です」
キリエ「理事長・・・」
眞秀理事長「頭の中には、 意識の主体を司る小人がいて、」
眞秀理事長「それが私たちの経験を 『まるで映画でも見ているように』 鑑賞している・・・」
眞秀理事長「それが意識の正体だというたとえ。 正確に言えば、その考えはおかしいと 否定するためのたとえ話なのですが」
イツキ「おかしい?」
眞秀理事長「私たちの頭の中に意識の主体である小人が いるなら、その小人の頭の中にも小人の 意識の主体になる小人がいるかもしれない」
眞秀理事長「さらにその小人の中にも小人がいて・・・ と、いわゆる無限後退に なってしまうんです」
カオル「マトリョーシカだな。きりがない」
眞秀理事長「その通り」
キリエ「カルテジアン劇場とカルテジア・・・ 名前が似ているのは 単なる偶然じゃないですよね?」
眞秀理事長「この世界の神様は、きっと世界を『劇場』とする考え方がお気に召したのでしょう」
キリエ「神様・・・それはあなたの娘、 眞秀ウツホさんのこと?」
理事長はうなずく代わりに、
デスクの上の写真立てをこちらに向けた
そこには、見慣れた人形を抱えたあの
巨大な少女と、その横に並ぶ、小学生の
私と萱沼、そして八十島先輩が映っていた
眞秀理事長「ウツホは当時15歳。ちょうど今の君たちと 同じ高校1年生・・・とは言え、病弱で ほとんど学校には通っていませんでしたが」
眞秀理事長「昔から不思議な子でした。 先天的に色がほとんど見えない代わりに、 彼女には超常的なものが見えていたんです」
カオル「超常的? 霊とかオーラか?」
眞秀理事長「いや・・・人の欠落、喪失・・・ そういったものが形として見える、 と言っていました」
眞秀理事長「初めは何のことかと悩みましたが、 ある日気づいたんです」
眞秀理事長「彼女の目には『物事の真の形(イデア)』 が見えているのだと」
眞秀理事長「だからこそ、 逆に何が欠けているかが分かるのだと」
キリエ「イデア?」
カオル「プラトンだな。あらゆる物事の本質とか、 原型とかそんな意味だっけか」
カオル「現実の物質はそのイデアの模倣に すぎない。不完全なものって考え方だ」
カオル「まさか、 そんなもんが本当に見えていたのか?」
眞秀理事長「それが本物のイデアなのかは 私にはわかりません」
眞秀理事長「でも少なくとも、彼女の目は、現実とは 別次元のレイヤーが見えているようでした」
キリエ「イデアだのプラトンだのは わからないけど、」
キリエ「つまり彼女は、色が見えない代わりに、 この不可思議な世界が 見えていたってこと?」
眞秀理事長「ええ。そして、欠けたものが 満たされた人は、きらきら色づいて 見えるとも言っていました」
眞秀理事長「単調な世界でそれはとても美しいと」
イツキ「きらきらと美しい・・・」
眞秀理事長「そしてある時から、彼女の周囲・・・ たとえば病院の関係者や、」
眞秀理事長「見舞いに来た友達の中で、 不安や悩みが解消される人が現れました」
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