読切(脚本)
〇電車の中
ガタガタと大きな音を唸りの様に出して、多くの人を乗せたまま、街の上を電車が悠々と走っていく。
目の前を早送りするみたいに過ぎていく景色は、私の眼にレーザービームみたいな光だけを映す。
光の線が段々と短くつれて、私の知ってる景色が見えてくる。毎日見ている同じ景色が、窓に映る雨粒で煌めきを増している。
だけど、そんな光景がいくら見えても、私の疲れが休まるわけでもなく・・・
琉花((はぁ〜・・・))
思わず溜息が出てしまう、昔はこんな事はなかったのに。右に左に電車が揺れる度に、自分の脚もふらついてしまう。
琉花((いつからこんなに疲れるようになっちゃぅたんだろう、足も腰も肩も))
ふと、このまま何処かへ行ってしまおうかな。と頭によぎる。学生の頃あれだけ行っていた旅行も、就職してから全く行けていない。
琉花((沖縄・・・北海道・・・金沢も良いなぁ))
ボーッと考えている内に、最近同居を始めた一人の顔がふと思い浮かぶ。
琉花((置いては・・・行けないよねぇ))
行くなら一緒になるだろうな。なんて事を考えていると、〇〇駅──というアナウンスが耳に木霊する。
琉花(今日は甘いものでも買って、おとなしく帰ろう・・・)
扉が開いて春の夜の涼しい空気が飛び込むと、スゥっと現実へ引き戻される。
そんな感覚を抱きながら、私は駅のホームへいつものように降り立った。
〇広い改札
カッカッカッと小気味よい音を立てながら階段を降りていく。床は雨のせいか少し濡れていて、嫌な湿気が身体にまとわりつく。
暫く歩いて改札までいくと、見知った背中が改札の向こう側に見えた。黒いパーカーに、あの髪型・・・
琉花「裕翔!?なにしてんの!!」
そこには家に居るはずの、3個下で、この春から何故か同居を始めた幼馴染の裕翔が待っていた・・・ビショ濡れで。
裕翔「ちょうど俺も色々終わったから迎えに来ようと思ってさ、おかえり琉花ねぇ」
琉花「てか、あんたなんでこんなビショビショなの!?風邪ひいちゃうよ」
裕翔「迎えに来ようと思って出た瞬間は晴れてたんだけど、途中で大雨になっちゃって」
笑顔でそう言われると何かを言う気もなくしてしまい、とりあえず彼を拭くために鞄からハンカチを取り出す。
裕翔「そんな良いハンカチ勿体無い!!びしょ濡れになっちゃうじゃん。そのうち乾くから大丈夫だよ!?」
琉花「・・・こんなにビショ濡れで何が大丈夫なの。拭くからね」
有無を言わさないまま裕翔の頭をゴシゴシと拭う。
裕翔「くすぐったいよ、琉花ねぇ」
無心で聞き流しながら拭き続けると、拭かれている彼の顔が子供のようにも犬のようにも見えて少し笑いそうになる。
琉花「ハァ・・・・・・傘買って帰るよ」
ハンカチを歩きながら仕舞うと、裕翔がゆっくり後ろをついてくる。本当に犬みたいだ。
裕翔「フフッ・・・・・・ありがと。コンビニ?」
琉花「・・・そ、コンビニ」
どうせ傘を買うついでに、後ろでニコニコしてる彼の分の何かを買う自分が容易に想像出来て、また溜息が漏れ出てしまった。
〇街中の道路
裕翔「ありがと〜琉花ねぇ♪」
琉花「・・・次はもう買わないからね」
結局予想通りに、裕翔にあれやそれやと買ってしまった。彼は何も言ってないのに・・・財布の中身を見ると泣けてくる。
だけどまぁ・・・楽しそうな裕翔の顔を見るとまぁ良いか。という気持ちになってしまう。
それに彼は、いつもみたくその内何かでこの散財の埋め合わせをしてくれることだろう。
裕翔「雨やんだね、通り雨だったのかな」
裕翔「傘持つよ?」
琉花「え!?イヤ、いいよ。これぐらい持てるし」
コンビニで買った袋まで持ってもらってる彼に、傘まで渡すのは少し気が引ける。
裕翔「この位なんてことないから」
琉花「じゃあ・・・・・・」
傘を手渡すと裕翔は嬉しそうに鼻歌を歌いながら歩きだす。
琉花「何がそんなに嬉しいの?」
裕翔「琉花ねぇと帰れるのが嬉しいんだよ?」
琉花「またそんなことばっかり言って、私になら良いけど他の人にまでいってると・・・」
地面を見ながらそう言って歩いてると、裕翔がふと立ち止まっている事に気づいた。真剣な表情。
琉花「どうしたの?置いてっちゃうよ?」
裕翔「琉花ねぇにだけだよ、こんな事言うの」
はぐらかす様に笑う私と対象的に、裕翔の顔はどんどん真剣味を増していく
裕翔「本気だよ、冗談じゃない」
裕翔「好きだよ、大好き。いっつもはぐらかされてたけど。俺本気だから」
唐突に何も言えなくなる、嬉しいような。嫌じゃない気持ちが胸に溢れ出るけど、なんて答えたら良いのか分からずに。顔が俯くと
裕翔が覗き込むように下から私の顔を見る。大きな目が、緊張して涙ぐんだのか。キラキラと輝いている。
裕翔「琉花ねぇ・・・」
不安そうな裕翔の目が私をじっくりと見てくる、さっきまで気にもならなかった雨の匂いが急に気になりだす。
心臓の音が大きくなる、ずっと待ってたような。今日初めて気づいたような。
琉花「良いよ、裕翔・・・」
ゆっくりと彼の唇に触れる、柔らかくて、緊張したのか少し乾燥した唇。
琉花「付き合おっか、私達」
嬉しいのをこらえたせいか、裕翔の瞼からゆっくり流れる涙を手で拭う。
裕翔「嬉しいよ・・・ありがとう」
裕翔「ねぇ初めてのデートは・・・どこいこっか?」
fin
これから雨がふるたびにこの日のことを思い出してしまいそうな瞬間でしたね。普段は可愛い感じの年下の彼がいつもと違う真剣な表情でまっすぐな想いを伝える言葉、こちらも読んでいて気持ちよく、微笑ましかったです。
雨の匂いってロマンチックですよね、雨の中だからこそ感じる思いや、感じることがあってそれがうまく表現されていて素敵なお話しでした。
この二人の会話が雨降る中でか、そうでないかで印象がかなり変わると思うので、素敵な演出だったと思います。年下の彼を単なる恋愛感情でなく母性からも好きになっていく彼女の心情もとてもよく伝わりました。